第40話

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「「閃光」は話を受けるそうよ」


夜のいつもの報告会で、手紙の内容をセリアーナが話し始めた。


「私の専属になり、来年の帰還時に一緒にゼルキスに向かうんですって。アレク、セラ、お手柄ね。それと一度顔を合わせたいから、都合のいい日を教えて欲しいんですって。…明後日の夜でいいわ。セラ、朝にでも伝えて来て頂戴」


「すぐじゃなくていいの?」


「予定があるのよ。二つ名持ちとは言え、平民の為に予定を変えられないわ」


「ほほぅ…」


まぁ、確かに大物ではあるけれど、あくまで専属になるってだけだし、セリアーナにとっては他の予定を変える程じゃ無いのか。


マジかー…。


「そんな顔しなくても相手もわかっているはずよ。それよりも気になるのは、一人連れてきたいって書いてあるのよね。誰かしら…心当たりはある?」


首を振り、無いと言った。

まぁ、俺の知ってる事なんてやたら強くて一人であちこちに行ってるって位だ。

二人はどうだろう?


「「閃光」はサポートを雇ったり、現地で組んだりはするそうですが、基本的に一人で動くそうで、特定の誰かと組んでいるとは聞いたことがありません。ちょっと思いつきませんね…」


「私もです。…冒険者なのでしょうか?」


「ああ……確かにその可能性もあるわね。まあ考えても仕方ないわ。セラ、聞けるようなら明日聞いておいて頂戴」


「はーい」


それにしても誰が来るんだろう?

…奥さんとか?



「普通だな…」


冒険者地区の中央広場側にある3階建てのボロ…趣のある宿屋。

ここにジグハルトが泊まっている。


壁に値段の書かれた看板がかかっているが、一泊銀貨2枚とある。

日本円で約2千円。

サービスの差はあるだろうけど、仮にも一国の王都でこの値段。

冒険者ギルドから一つ先の通りに入ってすぐの所に立っているから、冒険者にとっては便利なんだろうけど、それだけって感じだ。


俺達が王都まで来た時は、馬車の中でこそ【隠れ家】を使っていたが、それ以外では宿を一軒借り切ったり、領主の館に泊まったりと、お大尽っぷりだった。

やろうと思えばできるだろうに、本当に贅沢に興味が無い人なんだな。


「ま、いっか。ごめんくださーい」


「ああ?ガキが何の用だ?」


「ぉぅ…」


中は1階が食堂になっており、入ってすぐの所にテーブルが並びその奥に階段が見える。

そこから先が宿泊エリアなんだろう。

割とありがちな作りだ

ゼルキスでのお使いでいった事のある宿屋もこんな感じだった。


ただ、強面のおっさんにガンつけられることは無かった。


酒とカビ臭さが漂う中に、席に着いたおっさん達が数組いるが…西部劇の酒場のシーンとでもいうべきか?

どうしよう…決闘でもする?


「ミュラー家か…。ジグハルトか?」


奥からお爺さんがのっそり出て来たが、俺のエプロンを見て用件をわかったようだ。

手紙は宿の子供が届けていたと言ってたし、この宿の主かな?


「はい。ジグハルトさんにセリアーナお嬢様から返事を言付かっています」


「ふん。3階の赤い札のかかっている部屋だ」


そう言うなりまた奥に戻って行った。


「あ、はい」


ジグハルトの名前が出たからかおっさん達がヒソヒソ話しているが、この人達は何も聞いていないんだろうか?

ならただの無関係の怖い人か…。



歩いて上ったら何回かこけてそうな階段を通過し3階に着いた。

2階の廊下で倒れている人がいたが、酒の臭いがしたし酔っ払いだろう。

この宿屋の方向性がちょっとわかった気がする。


それはさておき、ジグハルトが泊まっている赤い札の部屋は一番奥にあった。

角部屋…ちょっとプロっぽいな!


「入れ」


「ひょあっ⁉」


ノックを今まさにしようとしたところで、部屋の中からジグハルトの声がした。

じーさんも似たようなことをしていたが、やはり何かを感じているんだろう。

ビビらせおって…。


「お邪魔しまーす」


部屋にはいったが、窓を閉じているため薄暗い。


「おう。わざわざ朝早くに悪いな」


そう言いながらジグハルトが窓を開けた。

陽の光が入ったことで部屋の様子が見えた。

何でかパンツ一丁のジグハルトと…。


「ひゃっ⁉」


ベッドわきに置かれた椅子に座る、顔の左右半分が白と黒で分かれている凄いのがいた。


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「ジグ、貴方がそんな格好だから驚いているわよ?ちゃんと服を着なさい」


何か凄い見た目の人がジグハルトを窘めている。

声の感じから女の人だとわかったが、何なんだこの人は?


「ああ?ちげーよ。お前見てびびったんだろう」


「失礼なこと言わないで。あなたがセラね。私はフィオーラよ」


「あ、セラです」


近づいてきたことで、姿がはっきりと見えた。


髪の色はブラウンで、瞳も多分そう。

ジグハルトと一緒だ。


そして顔の右側は黒いんじゃなくて、刺青だ。

それも顔だけでなく、首や腕、丈の長いローブを着ているから少ししか見えないが、足にもだ。

読めないがびっしりと文字の様な物が描かれている。


もしかしたら右半身全部に入れてあるんだろうか?


「凄いだろ?」


「う…うん。奥さん?」


「違うわ。古い馴染みよ」


本当に何者なんだろうか?

この見た目少なくとも堅気じゃ無いだろうけど、フィオーラなんて冒険者知らないぞ?


「お前、手紙の中身は見たか?」


「うん。見たって言うか聞いた」


「一人連れていきたいってのはこいつだ。冒険者じゃなく魔導士協会に所属しているがな。ま、役に立つはずだぜ?」


魔導士協会か。

一応民間組織らしいけど、


「フンッ偉そうに…。まあそういう訳よ。あなたのご主人様に伝えておいて頂戴」


「はい…」


なんだろうか、この迫力は…。

セリアーナが歳食ったらこうなりそうだな…いかんいかん、ペースを持って行かれて肝心の用事を伝えてなかった。


「あぁそうだ。明日の夜に来てって言ってたけど、大丈夫かな?」


「問題無い。5時頃に向かうと伝えておいてくれ」


「はーい。んじゃ、オレはこれで…」


「窓から出た方がいいぞ。下のが五月蠅いからな」


やっぱお友達とかじゃなく無関係の人たちだったのか。



自身に魔法陣を刻むことで、大規模魔法を使う際、魔素の吸収の効率化が図れる。


今から100年近く前に西部で提唱され、研究者の間でもその説は常識とされていた。

更に50年程前に、東部でも魔導士協会に所属する著名な魔法研究家の主導で、その説の研究が進められた。

更に30年程前、当時魔導士協会の秘蔵っ子と言われていた少女にその研究の集大成ともいえる魔法陣を刺青として刻み込んだ。

魔素の高効率吸収と、魔法の発動の負担軽減を果たし、その結果少女は強大な魔法を操り、多くの強力な魔物を、攻め寄せる敵兵を焼き払った。

出くわさないだけで、たとえ竜種であろうとも撃ち落とせる。

そう言われ、いつしか「魔導姫」の二つ名で呼ばれるようになった。


騎士団と行動することが多く、活動の場も国境付近が多かったことから、メサリアの平民にはあまり知られていないが、貴族や外国の者には広く知られていたそうだ。


ところが、丁度西部の戦争が収まった20年程前からその常識に疑問の声が上がり始めた。

「魔導姫」に匹敵する魔導士ジグハルトの存在こそ知られていたが、彼程ではなくても魔法陣を刻むことなく強大な魔法を操る者が他にも世に知られ始めたのだ。


そこで本格的に調査を行った結果わかったことが、実は魔法陣を刻んでも効果が無いのでは?という事だ。


「要はそれまで大規模魔法なんて危なっかしい物を使おうとする機会が無かったって事だな。魔王災も騎士団が主に当たっていたが、そこに傭兵達も参加する中で、大規模魔法を試してみようってのが現れだした結果、実際に出来てしまったってわけだ」


以上でアレクによる近代魔法史講座は終了だ。


「…冒険者とかも使ってなかったの?」


「そうらしい。実際今だって大規模魔法を使うより速さを優先しているからな。エレナだってそうだろう?」


「確かに…」


エレナの戦い方を思い出すが、魔法は牽制程度で、本命は武器での一撃だ。


「まあ、だからこそポンポン使えるルバンや「閃光」が異常なんだがな…」


「あれ?結局効果が無いかどうかはわからないの?」


「効果は無いそうよ。でも、実際に使えてしまう者がいる以上それを言う事は出来ないのね。それと、今でも行き詰った魔導士が最後の最後に縋る手段としては残っているらしいわ。効果があるのかはわからないけど…」


「フィオーラさんが使えるのは?」


「彼女が単純に優秀なだけでしょう」


身も蓋も無い事を……。

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