第38話

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結局上層入り口の手前まで進んだが、やはりどこも人だらけで一度も戦闘をすることは無かった。 

一応許可は出ているから探索届は上層までで出しているが、前行った時は強力な保護者が一緒だったが今日は一人。

どうしたものかと少々迷いはしたが、アカメの目があれば不意打ちを受ける事はそうそうないだろうし、気をつければ大丈夫なはずだ。


行ける行ける。


そう判断し、上層へ足を踏み入れた。

まぁ、浮いてるから踏まないんだけどね。


はっはっはっ……はぁ…。


【妖精の瞳】の検証としてはその判断は正しかったと思う。


生物の魔力や生命力だけでなく、魔法を発動する際の魔素まで見えるとは思わなかった。

上層に踏み入ってすぐの所で戦闘が行われていたが、そこで魔法が使われた事で気づくことが出来た。


魔法ってのは自身の魔力を使うが、より効率的に、かつ強力なものを使う場合は周辺の魔素を利用するらしい。

周辺の魔素を自身の魔力と同調させて、一気に吸い寄せ自身の魔力と混ぜ合わせ、魔法を発動する。

魔法が発動した後はまた魔素に分解されて辺りを漂うそうだ。

強力であればあるほどその規模は大きくなるそうだが、魔法を使える人でも難しく、発動に失敗するだけなら運がいい方で、場合によっては自爆することもあるらしい。


エレナも簡単には出来ないと言っていた。

それを連発できるルバンは凄いって話だが…。


上には上がいる。



上層に入った俺は、シカ2頭を倒しつつさらに先を目指しコソコソ進んだ。


そして、広間に一頭だけポツンといたイノシシを見つけ、それを倒そうと突っ込みかけた時、突如魔法発動前の魔素が広間を埋め尽くした。

【妖精の瞳】はこの魔素と魔力を同調させた段階で見えるようになる様だ。


事態を把握しようと高度を天井まで上げ周辺を見渡すと、広間全体がカメラのフラッシュの様に一瞬だけ光った。


「動くなっ‼」


一瞬とは言え強烈な光に目が眩み、思わず背を向けようとしたところ、男のバカでかい声が広間に響いた。

【妖精の瞳】は俺の目で見ているわけじゃないから、目が眩んでいようが関係ない。

声のした方に向けてみると、とんでもないのがいた。


赤と緑の膜が、数センチどころか30センチ位はある。

道中見かけた魔物でも一番厚いので10センチは無かったはずだ。


…マジで?


と戦慄いていると、さらに先程以上の魔素が集まっているのがわかった。


……マジで?


程なく視力が戻り、魔法を使おうとしている男の方を見ると、俺に向け手のひらを突き出している。

動くなって事だろう。

天井に張り付いているし、いざとなれば【隠れ家】に逃げ込める。

折角だし、どんな魔法を使うのか見させてもらおう。


そういえばさっきの魔法は何だったんだろうか?

閃光弾なんてのもある位だし、目くらましも意味が無いとは思わないが、その割にはもうすっかり視力が戻っているのに、次が来ない。

どういうことだと思い、俺が狙っていたイノシシへと目を向けると、何やら地面から鎖の様な物が生え、体に絡みついている。

目を凝らしその鎖を見ると、魔力を感じる。


これか?


足止めをして、次に止めの一撃を放つ。

なるほど。

でも、こんな離れた所にいる一体だけの為に、あれだけの魔力を使うとは考えにくい。

こいつだけじゃ無く、他の魔物にもかかっているのかもしれない。


他の魔物も探してみようと辺りを見回したその時、カッ!と先程以上の光が走った。

そして間髪入れず、轟音が鳴り響く。

丁度雷が近くに落ちた様な感じだ。


「ほぎゃぁぁぁああぁっ⁉」


もちろん俺の悲鳴のデカさも負けていない。


丁度あの男に目をやったタイミングだったから、モロに光を見てしまった。

アカメの目と【妖精の瞳】の両方を発動していたから、光だけでは無く魔力も感じてしまったのかもしれない。

これは強烈だ。


でも、お陰でこの男が何者かわかった。

こいつが「閃光」か。


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「おーう、大丈夫かー?」


まだ耳がキーンとしているが、その声は聞こえた。

低いが良く通る、中々いい声じゃないか。

まだ目は見えないが、攻撃してくるような素振りは無いし逃げなくても大丈夫だろう。


「目がチカチカするよー」


高度を下げながら近づき、適当に返事をする。


「はっはっ…悪かったな。まさか人間が空を飛んでいるとは思わなかった…驚かせちまったな。広間の魔物は今ので全て片付けた。処理が終わるまでのんびりしとけ」


気さくな感じだ。

俺を制止した時の剣呑さは感じられない。

感じられないが、近くに寄れば寄るほど化け物じみた強さがわかってしまう。

ただ、俺の聞いた感じでは、戦闘狂というかあまり人付き合いはしない世捨て人のようなイメージだったが、少し違うのかもしれない。


「その紋章は…確かミュラー家か。一人でここまで来れる様なガキ抱えてるのは流石だな」


俺のエプロンの胸元についている紋章を見て分かったらしい。

貴族の誘いは断っているようだが、全く興味が無いってわけじゃないのかもしれないな。


「ミュラー家のセラです。あなたは「閃光」さん?」


相手の人物像が掴めないし、無難な感じで行こう。


「まあ、そんな風に呼ばれているな…ジグハルトだ。目は大丈夫か?」


「ん。良くなってきました」


まだ多少チカチカするが何とか見えるようになってきた。

遠目からだと黒髪の男って事しかわからなかったが、「閃光」様のご尊顔を拝見させてもらおうじゃないか!

ちょっと楽しみになってきた。


背は結構大きい。

アレクほどじゃないが、ルバン位か?

大柄で厚手のジャケットを身に着けている。

鎧じゃないってあたりに自信を感じるね。


「…うん」


「…どうした?」


「いや…ひげ」


そして、顔は……。

ボサボサ髪のもっさり髭。

煤けてるね。

40半ばらしいが、これじゃよくわからん。


「ああ…10日間位か?ずっと潜っていたからな。水浴びはしたんだが…」


なるほど。

身だしなみは後回しになるのか。

しかし、10日もダンジョンで過ごすとか凄いな!


「10日もいたんですか?」


「今回は下層での採集だったからな。俺だけならともかく、サポート役でそこまで行ける奴はあまりいないから、ダンジョンの閉鎖中に一気に集めて潜るんだ」


「へー」


頷きつつ後ろに目をやると、リヤカーの様な台車が3台あるが、どれも荷物が満載だ。


遺物だけでなく、核を潰していない魔物の死体も乗っている。

確かにあんなのは一人で運ぶのは無理だが、浅瀬程度なら新人や14歳未満の見習いを連れていくこともあるそうだが。より強い魔物がいる下層には誰でも行けるわけでは無い。


それで閉鎖中にそこまで行ける冒険者をサポート役に雇うって寸法か。

閉鎖中は冒険者は休養に当ててると言っていたが、その位の無理を通せる力があるんだな。

このおっさんは。


「いっぱいですねー。凄いです!」


「あ?はっ…どうだかな」


何やら不満げな様子。

お世辞ってわけじゃないが、こういうのは聞き慣れてるのかな?


「ジグさん、終わったぜ」


他愛のない話を進めていると、処理を終えたのか冒険者達が戻ってきた。

サポート役とは言え、この人達も下層に滞在できる程度の力はあるんだな。


「おう。俺達は帰還するが、お前はどうする?ここから奥もこんな風に片づけて来たし、魔物はまだ少ないと思うが…」


ふむ…。

何かこのおっさんの化け物っぷりを見ちゃったし、…萎えた。

戦闘はほとんどできなかったが、肝心の【妖精の瞳】の性能は少しわかったし、今日はもう充分かな。


「それなら帰ります。ついて行っていいですか?」


「ああ。よし行くぞ」


時間はまだそれほど経っていないし、帰りも人だらけで戦闘は無さそうだが、もしかしたら魔法を見れるかもしれない。

一応あれも見たとは言えるが、何が何だかわからなかったしな…。


まぁ、あまり期待できないか?


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行きと同じくこれまた浅瀬では戦闘することなく、外に辿り着いた。

むしろすれ違う冒険者が率先して魔物を倒していた。

というよりも、排除していた。


「閃光」様の威光だろうか?


外に着いたら着いたで、彼の事を待ちわびていた人達が押し寄せて人だかりを作っている。

その中にアレクもいるがどうしようか…。


「セラっ⁉」


俺を見つけたアレクが人をかき分け走り寄ってくる。


「知り合いか?」


「はい。同じミュラー家で雇われている「赤鬼」のアレクシオさんです」


「ああ、そいつが…」


「「閃光」のジグハルト殿とお見受けします。自分はアレクシオと申します。お会いできて光栄です。うちのセラが世話になりました。」


俺達の会話に、というよりも俺の口調に驚いた顔をしているが、流石に察しがいい。

上手く合わせてきた。


「ああ気にするな。俺の方こそ魔法の余波に巻き込んじまったからな。っと、悪いなあまり話している暇は無いんだ」


ジグハルトはそう言うと受付の方を親指で指した。

その先には名前は知らないが、ギルドの偉い人と商人風の男達がいて、こちらを見ている。


「忙しそうですし、行きましょう。ジグハルトさん。いろいろお話して下さってありがとうございました」


「おう。「赤鬼」も機会があれば魔人の事でも聞かせてくれ」


それだけ言うと、振り向くことなく受付の方へと歩いて行った。


「アレク、出よう。今日は狩りにならないよ」


「お?あ…ああ…」


とりあえずさっさとここを抜け出そう。



「あ~……っと、あぶねー」


冒険者ギルドから出て少し進んだところで大きく伸びをしたのだが、グルんと1回転してしまった。

普段はそこまで行く前に止まれるが、疲れたんだなきっと。


「あれでよかったのか?」


対応の事かな?


「ばっちし」


「そうか。で、なんでまたあんな事態になったんだ?魔法の余波とか言っていたが、戦ったわけじゃ無いんだろう?」


「あ~、なんか光って目潰しされた」


見る事はかなわなかったが、意外にも魔法の事を色々教えてくれた。

ただ、どう説明したものか…。


「閃光か…なるほど。で?あの変な話し方は何だったんだ?お前らしくない」


自分でもらしくない真似したと思うが仕方ないだろ。


「バカタレッ!何の備えも無しにあんな猛獣に出くわしたんだ。ああなるわっ!」


ペシペシとアレクを蹴りながら思い返すが、少なくともあの対応は間違ってはいなかったはずだ。

それに、ちょっと引っかかる事もあった。

帰ったらそこのところを確認しよう。


「……それ程か?」


「それ程だよ…コレのおかげでわかり過ぎる位わかった」


左耳に付けた【妖精の瞳】を指すと、納得した様だ。


「ま、俺も挨拶できたし、上等って所か。どこか寄るか?」


「…寄る」


甘い物でも食べて気を落ち着かせよう。

奢らせてやる。



いつもの夜の報告会。


俺は基本聞き役だが、今日はしっかり発言した。

ジグハルトの事だ。

彼、勧誘できそうなんだ。


「「閃光」ジグハルトねぇ…私も名前は知っているけれど、あれは貴族に靡かないのでしょう?」


「そうらしいね」


「断られたら私の名前に傷がつくわ」


平民が貴族の誘いを断るのは相当無礼な事らしい。


それでも断るって事は、招待を受ける価値もない。

そして、平民に断られる程度。


周りからはそう受け止められる。

だから平民は貴族との付き合い方に気を遣う。


冒険者も同様だ。

貴族と距離を置いたり、アレクの様に直接雇われたり、それこそルバンの様に自身が貴族になったりと、色々するらしい。


ところがジグハルトは、西部、東部、国や爵位を問わず断る。

どんなにいい話でも断る。

例外は魔王災の様な魔物絡みの時だけと、彼は貴族にとってアンタッチャブルな存在だ。


ただ、俺はいける気がする。


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冒険者って職業にはゴールと呼べるものがいくつかある。


一つ目は、クランを作り拠点を決め、その土地の防衛を担い、顔役となる事。

セリアーナが引っこ抜いたけれど、「ラギュオラの牙」は恐らくこれを目指していたんだと思う。

ドンマイ!だ。

ただ、新領地での開拓でそれを達成できるかもしれないな。


二つ目は、貴族に専属として雇われること。

各地のダンジョンがフリーパスで、聖貨の徴収も優遇されている。


これは個人でも目指せることから競争率は高いと聞く。

アイテムやスキルといったアピールポイントがあると目に留まる可能性が上がるため、それを狙って聖貨を貯めこんでいる冒険者も多くはないがいるらしい。


三つ目は貴族になる事。

何らかの功績を上げ、叙爵される。

領地を得られるかは別にしても、子供も貴族になるのでこれを目指す者も多い。


ただ、これは難しい。

何と言っても、そもそもそんな功績を上げる事態に遭遇することが狙ってできることでは無いし、仮に遭遇しても、解決できるかもわからない。

命がけだ。


とはいえ、強大な敵を倒した先にあるというのはわかりやすいのだろう。

冒険者に憧れる平民の男の子が思い浮かべる冒険者ドリームは、大体これ。


西部ではこれに傭兵が加わるが、大体似たようなものだ。


では、やろうと思えばこの三つ、どれも達成できるジグハルトの目指すものは?


「強さ?」


「うん。まぁ、強さって言うよりかは極めたいんだと思う」


「…?」


理解できないって顔だ。

でも仕方が無いと思う。


例えば騎士団や魔導士協会等各国の特色はあっても、個人での流派というのは無いらしい。

王都に来てから気づいたが、訓練場はあっても、個人道場は無かった。

武術大会なんかはあっても、仕官へのアピールや賞金目当てだったりで、最強を目指すって感じではない。


ジグハルトの冒険者としての活動はここ14~5年の事で、元は西部の傭兵で既にその頃から最強とか呼ばれていて、二つ名もその時に付いたものだ。


西部の情勢が落ち着き、戦場が無くなった事で冒険者に転向し、それ以来特に贅沢をするでもなく、各地のダンジョンの下層、深層を探索したり、魔王種の噂を聞けば出向いたりしているらしい。


戦闘狂の可能性も無いとは言えないが、魔物の特性や下層の様子や、あまり公にすべきではない、魔法についても色々教えてくれたし、短時間だが話した印象では、違うと思う。


自身を強化することにはまっている。

求道者とか達人って呼び方をするとかっこいいだろうか?

そんな印象だ。


で、自身の強化が限界まで行ってしまったら?


ゲームならレベルも熟練度も限界まで育てたら、次は装備品の選別だ。

この世界でならアイテムやスキルがあるが、アレクの情報によると、彼がこれまでアイテムやスキルを使ったという話は無い。


下層の魔物や素材をごっそり取ってきても浮かない顔をし、聖貨のせの字も出さなかった。

きっと得られなかったんだろう。

じーさんから聞いた、弱い者の方が聖貨を得やすいって話が本当なら、あそこまで強くなってしまったら彼より強い魔物なんてそうそういないだろう。

魔王種や、それこそ魔境の魔物位だ。


その辺を考慮して話を持って行けばいけるはずだ。


「…そういうものなの?」


結構熱弁を振るったんだが、うちのお嬢様の反応は今一芳しくない。

この世界では、今は個人より集団での強さを優先している。


価値観の違いだろうか…おのれ異世界。


「俺は少しはわかりますね」


どう説得を続けるかを考えていたところ、アレクが加わってきた。


「大抵の奴は剣を習ったばかりの頃は漠然と最強を目指したりしますが、そのうち折り合いをつけるもんです。…確かに「閃光」ほど強ければ最強を目指せるのかもしれません」


元少年だけあってこっちは伝わったのか、感慨深げに語る。


それを聞いたセリアーナはチラっとエレナを見るが、彼女は首を傾げている。

男女の差か身分の差かはわからないが、理解してもらえないようだ。


「まあ…いいわ。でも話は出来るの?」


「魔人の事を聞きたがっていましたし、そこは上手くやります。な?」


グッドだ、アレク。

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