第35話
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誘拐事件から3日が経った。
その間に判明したことがいくつかある。
まず俺を攫った連中が拠点にしていた建物と村。
村自体は関係ないものの、取引用の魔物を調達する狩場の一つだったらしい。
帰還したその朝に騎士団から1部隊出動し、その場で捕縛に成功した。
連中は、冒険者では無く西部の傭兵で、もともと春の入学シーズンに商人の護衛としてメサリアにやって来ていた。
その後いくつかの狩場で魔物の捕獲をし、王都に運び、さらに記念祭が終わった後にまた護衛として西部に帰還する予定だったらしいが、魔物を捕獲し王都に運んだまではよかったが、肝心の魔物の取引が潰される事態になり、予定が空いたところ、ラウド商会より俺の監禁を依頼されたそうだ。
魔物の捕獲自体は犯罪では無いが、王都への持ち込みや俺の件もあり、彼等も何らかの罪に問われるだろう。
バルゴ達はまだ見つかっていない。
やはり戻らずそのまま姿をくらました様だ。
【隠れ家】のことを明かして録画を見せれば証拠になるかもしれないが、それは止めておいた方がいいだろうとなった。
俺も中に入れたくないしそれでいいと思う。
恐らく教会経由で加わったのだろうが、この件には教会も乗り気ではなかったようで静観しているようだし、俺を狙ってくることは無いだろう。
そしてルード王国だ。
うん。
彼らは、まぁ…災難だとしか言えない。
俺の名前を記したのは、確かにラウド商会の息のかかった者がそそのかした様だが、セリアーナが俺を使い貴族と縁を深めている事を知り、その援護になるからと深く考えずにいたらしい。
第4王子の婚約相手はまだ公表していないので、既にセリアーナに決定している事は知られていないが、彼女が最有力候補なのは周知の事実だ。
仮にそうならなかったとしても、ミュラー家と繋がりを持つのは益になるって判断したのだろう。
まぁ、こんなことになるとは思いもしないよな…。
ルード王国としては、ミュラー家とはもちろんメサリア王国とも揉めたくない。
例えば俺の捜索や救出、犯人の捕縛等に協力できれば、まだ面目も立ったし挽回も出来ただろう。
しかし、俺は自力で帰還するし早朝には騎士団が出動するしで、何もできなかった。
なら後は平謝りしかない。
「どうぞ、お納めください」
長い謝罪の言葉に飽きてきたが、ようやく終わった。
ちらりとじーさんを見ると頷いている。
受け取って問題無いらしい。
「はい。ありがたく頂戴します」
じーさんの執務室の応接スペース。
そこの机に広げられた俺への謝罪の品。
ドレスに宝石にお菓子に、デカい絵。
…現金は無いのか。
「我が国も貴国と事を構える気は無い。調査にはまだまだ協力してもらうが、まあ悪いようにはならんだろう」
鷹揚に構えているじーさん。
「ありがとうございます。協力は一切惜しみません」
頭を下げ即答える、相手。
平身低頭というやつだ。
この人、大使なのか外交官なのかどれに該当するのかわからないが、本国ではかなりの地位にいる人らしいんだけど…、前当主とは言えじーさんの今の爵位は男爵なんだよね。
にもかかわらず、この腰の低さ。
国力の差が出ている。
逆に俺が申し訳なくなって来る。
早く終わってくれないかなぁ~…。
◇
「堅苦しいのは苦手か?」
「どうにもねぇ…」
謝罪が終わり相手は帰って行った。
俺達は見送りもせず、そのまま部屋に。
上下というか、白黒を明確につけるためらしいが、どうにもこういうのは…。
孤児院の院長とかみたいに、明確に敵意を持てれば気にならないのだが…お腹痛い。
俺、意外と小者なんだな。
「なに、そうそうあることでは無い。しかし、随分な品だな。ルードも話が国同士になる前に終わらせたかったのだろうな」
「大人は大変だねぇ~…お菓子はみんなで食べるとして、後どうしよう?」
ごそごそ謝罪の品を漁りながら利用法を考える。
「腐る物でも無い。【隠れ家】か?あそこに収納しておけばいい。酒があれば私がもらってやるのだがな」
箪笥ならぬ【隠れ家】の肥やしか…。
あげる人もいないしどうすっかな。
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「あら、これは「ミラの選択」ね」
「ほ?」
夜、謝罪の品を皆に見せていたのだが、絵を見るなりセリアーナはタイトルがわかったようだ。
「有名な絵なの?」
赤いドレスを着た女性に、左から王子様っぽい男と煌びやかな恰好のおっさんと裸のマッチョが跪いている絵だ。
何じゃこりゃ?
以外の感想は持てなかったが…お高いのかな?
「そのモチーフが、よ。成人した女性に家族から贈られることが多いわ。権力や財力に惑わされないようにって意味ね」
「ほうほう」
なるほど。
教訓めいたものなのか。
この右のマッチョは何なんだろう?
わざわざ言わなかったって事は、不貞とか?
「でも、なんで俺に?」
「絵画としても有名だし、【ミラの祝福】の事を聞いたからじゃない?お前相手に、それも謝罪の品で意味を込めるほど馬鹿ではないでしょう」
中々辛辣だが、まぁ確かに。
「そういえば明日からの記念祭はお前はどうするの?私とエレナは城へ行くけれど」
「ん?部屋でゴロゴロしとくよ?」
「…平民は祭りを楽しみにするものじゃないの?」
まぁ、王都全体がちょっと華やいだ雰囲気だよね。
ルトルの街にいた頃もそんな感じだった。
でも…。
「この時期っていつも酒場で朝から晩まで皿洗いさせられてたんだよね。全然客足は減らないし…こいつら死なねぇかなっていつも思ってた」
何か思い出したらムカついてきたな…。
「…アレク、貴方明日連れて行ってあげなさい」
「わかりました。酒は飲めませんね…」
肩を竦めつつも頷くアレク。
「来年にはゼルキスに戻るんだし、王都の記念祭を見るのはもしかしたら最後の機会かもしれないわ。連れて行ってもらうといいよ」
嫌そうな顔をしている俺にエレナが諭すように言ってくる。
まぁ、最近やらかしたばかりだし、ここは大人しく聞いておくか。
「ああそれと」
祭りに行くことを了承しようとしたら、何かを思い出したようにセリアーナが話し始めた。
「明日はドレスを着ていきなさい。謝罪の品なのだからちゃんと使わないと駄目よ?」
「……は?」
◇
正式名称は知らないが、要は建国記念のお祭りだ。
全部で3日間あり、王城では国宝である神剣が披露されたり、色々なイベントがある。
が、それを見るのは貴族や外国の要人、後は何か功績をあげ招待された者のみ。
あくまで貴族のイベントだ。
では、平民は?
そちらのフォローもしっかりある。
この3日間、普段は何回かの審査を経ての許可を取る必要があるが、この期間は申請するだけで露店を出せるようになる。
さらに、これは露店だけでなくすべての店が適用されるそうだが、この期間の売り上げは税金が免除されるらしい。
どんな徴税システムなのかわからないが、1つ分かったことがある。
俺が忙しかった理由はこれか。
「どうかしたか?」
ぐぬぬ…と唸っていたのが聞こえたのかアレクが声をかけてきた。
「いや、人が多いなって」
貴族街から出て商業地区に来ているが、普段食事を出している店はもちろん、そうでない店も軒先で何かしら広げている。
それを目当てに、まだ昼前なのに凄い人通りだ。
「流石に他所の領地からは来ないだろうが、王都圏から集まるからな。降りるなよ?はぐれたら見つけられない」
「はいよ」
ちなみに俺はアレクの肩に乗っている。
赤いドレスに赤い帽子、赤い靴。
ご令嬢スタイルだ。
昨晩聞いたのだが、ミラは大体赤い服で描かれているらしい。
今俺が着ているのはどれも頂き物だが、そこらへんも絡めているのかもしれない。
短い時間でよく用意出来たものだ。
彼らの誠意は伝わった。
とは言え全身赤尽くめ。
ド派手だ。
いつも以上に人が多い中でこの格好での【浮き玉】の使用は目立ち過ぎるからと、許可が出なかった。
結果、【浮き玉】を抱えてアレクの肩に座る事になった。
【浮き玉】で重さは無いから負担は無いと思うが、世話をかけてしまう。
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「アレク、あっち」
適当に屋台で食べ物をつまんでいたのだが、どれも味が濃く、酒と合わせると丁度いい様なものが多かった。
最初はアレクも我慢していたが、悪いし飲んでもらっている。
ワインに何かの果汁を絞ったものだが、美味しいんだろうか?
「向こうか?」
肩の上から俺が差したのは、商業地区の中ほどにある広場の端。
その一角は露店が連なっている。
雑多な雰囲気でフリーマーケットといった風情だ。
「お小遣い貰ったしね。ちょっと使いたい」
祭用に使ってこいと金貨1枚をお小遣いとして貰った。
食べ物はそんなに入らないし、酒は飲めない。
ギャンブルはあるかもしれないが流石に参加できないだろう。
そこで何かセリアーナとエレナに土産でも買おうかと思ったのだが…。
何が良いのかわからない。
一応装飾品等を覗いてみたのだが、彼女達が普段身につけている物の方がずっと質がいい。
それならいっそネタになる様な物にしようと考えた。
ここならいいのが見つかるかもしれない。
◇
「アレク。…オレってどんな風に見られてると思う?」
フリマエリアと勝手に名付けたけれど、そこに来て色々覗いていたのだが、少し気になる事が有る。
「あ?ああ…どこか他所の国の商会か何かの我儘令嬢って所だな」
「なるほど…」
なんか顔をそらされるとは思ったんだよな。
面倒な客と思われていたのか。
「メサリアはそれほどでも無いが、他所の国なんかだと平民の金持ちなんかでも揉めると面倒になる場合があるんだ。普段から店をやっているんならそこまで気負いはしないんだろうが、ここらで物を売っている連中は素人だろうからな。外国の人間とはあまり関わりたくないんだろうよ」
ふむ。
まぁ気持ちはわからんでもない。
「ん~…ん?あそこ。あそこ行って」
歓迎されていないみたいだし雰囲気悪くするのも申し訳ないし、退散しようかと考えていたが、絵に彫刻等が並べられている店が目に留まった。
店主らしき男がいるが、商品の整理をしていて背を向けている。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃ……いらっしゃいませ」
うーむ…。
「な…何かお探しでしょうか?」
「俺もこいつもこの国の者だ、そんなに構えなくていいぞ?」
見かねたのかアレクが口を開く。
ナイスだ。
その甲斐あってか、少し店主の表情が和らいだ。
「この絵ってミラですか?」
チャンスと気になった絵について質問する。
裸の女性が赤いドレスを体に当てて、装飾品や美術品に囲まれて小躍りしている絵だ。
凄くミーハーっぽい。
「ああ、そうですよ」
「買います」
「え?えーと…これは大銀貨5枚で出しているんだけど…」
「買います。あ、そうだ…」
他に並んでいる物を見る。
絵やちょっとした装飾品が多いが、木彫りの彫刻もある。
「コレとコレも下さい」
金貨を渡すついでに俺が指したのは、上手くも下手でも無いオオカミと竜の彫刻だ。
10センチ位の大きさで1個銀貨5枚。
安くはないがこれなら邪魔にもならないだろう。
「気に入ったのか?」
「いや、土産にする。アレクもいる?」
「あ~…俺はいらねぇな…」
残念。
「あの、包んだけれど持って帰りますか?何でしたら後で届けますけど…」
多少は距離が縮まったかと思ったけれど、また遠のいたね。
「このまま持って帰るから大丈夫です」
「持つのは俺だけどな」
そう言いつつも受け取るアレク。
頭を下げ礼をする店主に軽く手を振り、広場を離れる。
さて、とりあえず…。
「あ、あそこの店の陰に行って」
「ん?ああ。小便か?」
何てことを…。
「ちげーよ。【隠れ家】に入れてくる」
それほど重たくは無いだろうが、邪魔にはなるだろうしね。
「…便利だな」
だろう?
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