第33話

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「…ぉぉぉぅ」


高い!風が強い!怖い!


村とついでに森も一望できる高さまで高度を上げたんだが…何メートル位だろう?

5~60メートル位かな?

気持ち的には100メートル以上ありそうだけど…。

付いて無いけど何かがヒュンとしそうだ。


さて、村はそんなに大きくない。

全部で20戸程だろうか?

村全体を木の柵で囲ってある。

近くに畑は無いし、狩猟が中心なんだろうか?


振り返り森の方を見てみる。

川で分断されているが中々の大きさの森だ。

見える範囲だと小動物と、鹿らしき動物がいる。

奥の方に魔物っぽいのがいるが…よくわからんな。


「よっし、出来た!」


上からの簡単な見取り図だが、何かの役に立つかもしれない。

あまり上手くは無いが、画材のせいにしておこう。


「んじゃ、行くか」


高さに慣れてきたし、大分落ち着いてきた。


村から伸びている道を辿り街道に出る。

来た時は右に曲がったから進路はその逆だ。


まだ俺を捕まえに行った連中は戻って来ていないようだけど、どこまで行ったんだろうか?

緩い傾斜はあるが遮蔽物の無い草原地帯だ。

にもかかわらず姿が見えない。


【隠れ家】の事は知られていないだろうし、【浮き玉】に乗っている事は気づかれないだろうから、上の警戒は薄いと思うが…。


もう少し高度上げるか…?



月や星の光はあっても、視界はほとんど黒一色。

そこに煌々と浮かぶ王都。


「ぉぉ…アレが文明の光……!」


脱出してから1時間半といったところか?

川を越えたり、森を迂回したりと、街道を辿るだけながら中々手間取ったが、途中でどこかは知らないが領都を発見してからは速かった。


領主の館の正門は、王城の反対側にある。


王都の屋敷で掃除を手伝っている最中に聞いた豆知識だが、そのお陰で20分程で無事王都に辿り着くことが出来た。

お礼にいいお酒でも用意しよう。


しかし、暗いね。

この世界は!


まぁ、灯りはお金かかるからね。

ここまで遅い時間だと、領都ですらほとんど灯りが落ちていた。

にもかかわらず、真夜中だってのに、王都のこの明るさ。


思わずアホなこと言ってしまう位、他所と格の違いを見せつけている。


さて、いざ王都に戻ってきたはいいがどうしたものか。

この時間だと門も閉じているだろうし、事情を話そうにも普段の格好ならともかく、今は甚平だし…。


……越えるか?


検問破りは罰せられるとは聞いたが、見逃しただけかもしれないが結局俺を捕まえに行った連中はここまで見かけなかった。

いくつか分かれ道もあったし、途中の村に拠点でもあってそこで休憩しているだけかもしれないが、捜索を諦めて、この下町での待ち伏せに切り替えられていたら、見つかってしまうかもしれない。


下町の方を見るとこの時間でも活動している人間の姿は少なくない。


「やるか」


どこから越えよう。


商業地区のある西側は本来なら一番警戒が緩いだろうけど、穴掘ってあったのここだし、今は警備が一番多い。


南の王宮や貴族街は論外。

詳しい事は知らないが、あの一帯は街壁や城壁に仕掛けた魔道具で警備システムが作られているそうだ。

俺もあそこの出入りはちゃんと門を使っているし、無理だ。


教会や外国人居住区のある北側も、要人が多いだろうし警備は厳重なはずだ。


となると、東の冒険者地区だろうか?


…マジで?

普通に見つかる気がするんだけど…。

見つかっても話せばわかってくれそうだけど、その前に撃ち落とされるかもしれない。


暗闇に王都を見た時はほっとしたけど、突破するとなるとこの明かりが憎いぜ…。


高度を上げればいけるかもしれないけれど、これ以上上げるのか…。

止め止め。

眠くなってきたし、一旦【隠れ家】で休んで明日にするかな。


早く戻るにこしたことは無いだろうけど、そこまでの無理をする事じゃない。


「ん?」


決してビビったわけでは無いが、突破を諦め、【隠れ家】を発動するのに良さそうな場所を見繕っていると、門が開き、馬車と護衛なのか騎馬が一騎が出てきた。


そして騎馬は迷うことなく浮いている俺のもとに走ってくる。

明かりを上に向けて振っているし、俺への合図だろうか?


「ん~…?ってアレクじゃん」


なるほど…俺がここまで来ていることに気づいたのか。

てことは、馬車に居るのはセリアーナかな?


80


「セラがいない?」


パーティーも中盤に差し掛かった頃、そろそろお暇するべくエレナに控室へ下がらせたセラを呼びに行かせた。

ルード王国の生徒主催のパーティーだが、セラの事はパーティー序盤に、数名に紹介しただけで後は話題に上らなかった。

むしろ縁談を始め、私に関する事の方が多かった。


わざわざ名前を記していたのにと、少々疑問に思うが余計な事に気を回さずに済んで良かった。

そう思っていたのだが…。


「席を外しているとかでは無くて?」


「はい。部屋にいた者に聞いたのですが、いつの間にか部屋から出ていて、そのまま戻って来ていない様です。会場にいると思っていたと言っていましたが…」


自由にさせているが、勝手に外に行くとは思えない。

何かがあったと考えるべきか。


【範囲識別】を使うが、あからさまに敵対意識を持っている者は見当たらない。


周りが友好的な者ばかりとは限らないし、この加護は神経を使うから、あまり範囲を広げないようにしている。

特にこういった外国の貴族と話すときは、失態を犯さないよう範囲を目が届く程度にまで狭めている。

それが仇になってしまったか。


範囲を庭を含め敷地全体まで広げるが、身内はエレナとアレクの2人のみだ。

セラが急遽私と敵対でもしない限り、もうここにはいない。


「アレクは?」


「馬車を呼びに行きました」


「そう。なら続きは屋敷に戻ってからね」


屋敷に居ない以上、ここで無駄に騒いでも意味が無い。

【ミラの祝福】は有用だけれど、それだけでセラに手を出すとは考えにくい。

恩恵品狙いか、それともミュラー家か。

狙いはわからないけれど、お祖父様にも話を通しておきましょう。



「話をしてきたぞ。だが、今の段階では精々巡回の兵を増やす程度しかできんそうだ」


「ええ、それで構いません」


ルードの貴族の下で起こったこととはいえ、それだけで犯人と決めつけるわけにはいかない。

セラが既に王都の外にいる以上証拠もない。

記念祭を控え、外国の王族貴族が多数いる中で揉め事を起こせばミュラー家の名に傷がつく。


…それが狙いだろうか?


「あの娘の主はお前だ。判断は任せるが、…構わんのか?」


「ええ。問題ありません。エレナ、アレク、貴方達はどう思う?」


「はい。私も問題無いと思います」


「同じく。あいつなら殺されない限り自分でどうにかするでしょう」


大変結構。

理由はわかっている。

お祖父様とは判断の前提が違うからだ。


「そうね…」


「む?」


同意は取っていないけれど、ここでお祖父様から評価を下げられても困るし、話しておこう。


「お祖父様、セラには【祈り】と【ミラの祝福】の他にもう一つ加護があります」


「なんだと?」


「【隠れ家】といって、吊るされるか、それこそアレクが先程言ったように殺されでもしない限り、いつでも逃げ込むことが出来ます。私が王都に来た時馬車1台で、荷物が少なかったことを覚えていますか?セラの【隠れ家】の中に収納してきました」


それを聞き、部屋の中を軽く見まわし納得したように頷いている。


「なるほど。商人を呼んだわけでも無いのに家具が増えているな」


「私の加護以外で気づかれたことは無いそうです。入る事さえできたら、安全になったら逃げてくるでしょう。あの娘は無謀ではありません」


偶に変なことをしているが、そこは信頼している。



お祖父様が自室に戻り、もう何時間経ったことか。

今はベッドに横になりながら、【範囲識別】を使う事だけに専念している。


王都全域に広げているが、慣れたゼルキス領都ならまだしも、慣れない上に、より広い王都全てとなるとこうまでしてもあまり精度が保てない。


北地区に私を快く思っていないのが多少いるが、その連中も変な動きをしていない。

他もそうだ。

王都内の人間は関与していないのだろうか?


「ふっ…」


「お嬢様?」


無駄に終わるのかと思ったが、本命を捕まえられたから良しとしよう。


「セラが戻って来たわ。正門を中心にウロウロしているし、大方壁を越えようかどうか迷っているのね。迎えに行きましょう」


「⁉わかりました。私は御館様に伝えてきます」


「ええ、お願い」

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