第32話

76


「…むぐっ⁉」


何かガツンと来た気がする。

脇腹が痛いしぶつけたかもしれない。

ベッドから落ちたんだろうか?


いつ寝た…?


いやまて、んなはずないぞ?


「むー」


これ、猿轡か?

もしかして手足も縛られてる?

それにこの感触…袋に入れられているんじゃ…。


ちょ…ちょっと何があったか思い出そう。


セリアーナの招待されたパーティーにアレクとエレナも一緒について行ったんだよな。

北の外国人居住地区にある、貴族の屋敷だった。

教会もあるしそっちには近づくなって言われていたから、今まで遠くから眺める程度だったけれど、初めて行ったが、大きい建物だらけだった。

他国の王都に屋敷を構えるんだから、貴族はもちろん平民も富裕層なんだろうと考えれば納得できる。

で、肝心のパーティーはルード王国の王家が所有する屋敷で行われた。


会場で最初は何組かに紹介されたけれど、それが終わったら控室でぼーっとしていた。

ただ座ってるだけってのも退屈だったから、最近身に着けたアカメの能力のオン・オフを切り替える練習をしていて…。


確か屋敷の使用人に呼ばれたんだよな。

アレクが呼んでいるって。

それで、その人について行って…。


あれ?

これ…誘拐?

ガタゴトしているし、馬車か何かか?


どっ…どうしよう⁉

外国の貴族の屋敷へ行くから、とアイテムなにも身に着けていないし、ピンチ⁉


「むぐっ⁉」


い…痛い。

脇腹がズキズキ痛む。

これ折れてるんじゃなかろうか?


【隠れ家】にはポーションとか置いて……。


えーと…。


オフにしていたアカメの能力をオンにし、周りの様子を探るが、馬車を操っている人も含めて5人いるが、皆少し離れた所で馬に乗っている。

馬車の中にはいないのか。

まぁ、むぐむぐ言ってても何もなかったから、そんな気はしたが…。


それなら気兼ねなく【隠れ家】を使える。



【隠れ家】を発動し中に無事逃げ込むことが出来た。

ついでに【祈り】も発動する。

このレベルの怪我だと気休め程度だろうが、やらないよりはずっとましなはずだ。


「むぐ~…」


とりあえず、拘束をどうにかしないといかんね。

さっきからアカメに指示を出しているが、どうにもうまくいかない。

魔力が通っていないと触れる事は出来ないらしいし、仕方がないか。


魔力は硬いものは通しやすく、柔らかいものは難しい。

俺も金属なら時間はかかるが何とか出来るようになったが、どうせ何を食らっても致命傷だし、と地味な訓練をサボっていたのが仇になったか。


「んぐ」


目に力を込め部屋の奥を見ると、魔力のこもったアイテムが見える。

ブックスタンドにしている魔鋼まで見えた…あれ魔力こもってんのか。


「んぐっんぐ…ぐっ⁉」


アイテムを置いてある棚は部屋の奥だ。

何とかそこまで行こうと、芋虫みたくズリズリ這ったが…これは脇腹に響く。

それに袋が滑っているのか全然進まない。


…転がるか。


「んぐぐぐぐっ…」


ゴロゴロ部屋の奥を目指し転がっているが、これは痛い。

手足を縛られているから上手く衝撃を殺せないし、顔は打つし…。


「むふー」


鼻から冷たい何かが垂れているが、気にしない。

何とか棚の前に辿り着けた。


アカメ君、咥えて持って来てくれよ…!


アイテムなら魔力がこもっているしいけるはず、と念じる。

これが駄目ならキッチンまで転がって包丁にチャレンジしないといけない。


「‼」


上手くいった!


【影の剣】を咥えたアカメが手元に戻って来て、そのまま指にはめようとしている。


凄いぞ、アカメ!


はまったことを確認し、危ないからアカメを影の中に隠れさせる。


【影の剣】は魔力に潜り込んで断ち切る。

ただ、魔力抜きでもやたら切れる刃だ。


【影の剣】を伸ばし、スパンッ!スパスパスパッ!と袋と縛っているロープを切る。


「わっはははははっ‼」


猿轡を切る時はちょっと怖かったが、自由の身だ!

脇腹に響くが思わず高笑いをしてしまう。


「は~…痛い痛い……なるほど」


自分の格好を見るが、パンツは履いているが、それだけだ。

珍しく履いていた靴下すらない。

アイテムでも探していたのかな…?


しかし…メイド服駄目にするの、王都に来てからこれで3着目か。

俺に非はないと思うが、流石に申し訳なくなってくるな。


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「うわーぉ…」


殴られたであろう、右の脇腹を見るが、見事に紫色だ。

確か肝臓がこの辺だったし、やっぱ殴られて気を失ったんだな。


これってどうやったらいいんだろう。

万が一に備えて、ちょっといいポーションは冷蔵庫に揃えてあるけれど…。

かけるだけでいいんだろうか?


「冷たっ⁉」


ストックはあるし、とりあえずバシャっとやってみたのだが、何だこの冷たさ。

冷蔵庫に入れていたから、とかそんなんじゃない。

注射の時にする、アルコール消毒と似た感じだが、冷たさがその比じゃない。


…何かが気化してるんだろうか?

「ラギュオラの牙」に魔法で撃ち落とされた時は、冷たさとか感じる余裕なかったし、魔人の時は寝てたらしいし…わからん。

ちゃんと効いてるよな?

不安になったので、恐る恐る紫色のままの患部を指で触れてみる。


「…ぉぉぅ」


まだ少し痛みが残っているが、骨折は治っているようだ。


「ふっ」


念を入れて【祈り】も発動。

完治とまでは行かないが怪我はこれで十分だろう。


後は…この状況をどうするかだ。

とりあえずモニターをつけて、外の監視だ!


キュルル~。


腹が鳴った。

ついでに腹ごしらえだ!



「ふむ…」


【隠れ家】に入ってかれこれ1時間ほど経つ。

保存食として用意していたクッキーと紅茶を味わいつつ、モニターの監視をしている。


俺が放り込まれていたのは幌付きの荷馬車で、周りに護衛が4人いてそれぞれ馬に乗っている。

結構な速度で走り続けているけどどこまで行くんだろうか?


もうすっかり夜になっている。

俺が気を失っていたのは1~2時間位だと思うが、このペースだと王都圏から出ているはずだ。

途中一度だけ魔物の襲撃があり、戦闘になっていた。


まぁ、一蹴していたのだが。

こいつら強いわ。

そして、1人だけ魔法を使う男がいた。


一目見た時から何となく見覚えがあった気がしたんだが、魔法を使う姿を見て何かがピンと来て、録画を見返したことで判明した。

俺がルトルの街から出る時に潜り込んだ、聖貨回収部隊の魔法使いだ。

他の4人は見憶えないが、教会絡みなんだろうか?


聞いた話だが、聖貨の回収は教会子飼いのエリート冒険者が行うらしい。

誘拐なんて汚れ仕事しているのは左遷でもされたんだろうか?

…俺のせいかな?


ごめんね?


と、心の中で謝りながら、モニターを見続けていると、灯りが映った。

村の様だがそこが目的地らしい。


ちょっとした小細工はしてあるが、上手くいくだろうか?

まぁ、いままでセリアーナ以外にはバレていないし、上手くいかなくてもこの中に居れば大丈夫か。



一行は村に入ったが中を通り抜け、村はずれの森のすぐ側にある大きな建物へ入って行った。

屋敷というには少々無骨だ。

見張りがいるし、使われてはいるんだろうが…。


「おいっ、いねぇぞ‼」


俺を運び出そうと馬車の荷台に乗り込んだ男が、俺がいないことに気づき声を上げる。


中に何が入ってるかわからないが、カモフラージュの為だろうか?

俺が入れられていたのと同じような袋がいくつもあったが、何か目印でもあったんだろうか?


それを聞き、二人三人とやって来るが、【隠れ家】は気づかれていない。


「…これを見ろ」


更にやって来たもう一人が、荷台の隅に置かれた底に穴の開いた袋と縛るのに使ったロープを見つけた。


「馬鹿な…刃物なんて持っていなかったぞ、魔法も使っちゃいねぇ」


服脱がせたのこいつか?

顔憶えたぞ。


「俺達の情報に無い加護を持っていたのかもしれん…馬を替えよう。捕まえに行くぞ」


「追えるのか⁉」


「全員の警戒が外れたのは戦闘があった時だけだ。あの場所なら飛ばせばすぐだ」


「そうか!あの辺りなら逃げ込む場所は無い。急ごう!」


「ああ。おいっ!」


方針が決まったのか、近くに寄って来ていた見張りの男を呼んだ。


「はっ、はい」


緊張しているし、上下関係でもあるんだろうか?


「俺達は捕まえに行くから、お前は中の連中に伝えておいてくれ。行くぞっ!」


そう言うなり、馬が繋がれた方へ向かいすぐに乗り、駆け出して行った。

そして言付かった男も建物の中に入って行った。


馬車の周りには誰もいない。


その事を確認し、【隠れ家】を出た。


「ふひひ…!」


こうも上手くいくと気分がいいな!


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「お邪魔しまーす」


【浮き玉】で2階の一番端にある窓から中へ入り込むことに成功した。

木製の開き戸で鍵はかかっていなかったし、警戒は浅いのかもしれない。

建付けが悪いのか、開けるとき少し音がしたが、2階には誰もいないから気づかれなかった。


「ふん!」


深呼吸をし、いつも以上に気合を入れ、魔力を探る。

2階には誰もいないが、1階には7人と、外の見張りが2人居る。

どれくらいの腕かはわからないが、俺を攫って来た連中と同じ位なら、逃げる事も難しいかもしれない。


それを考えると、今逃げるのが正解なんだろうが…。

折角入り込めたんだし、痛い思いもしたし、一発二発…三発四発、何か意趣返しをしておきたい。


というわけで、2階を漁るぞ!


ササっとドアから出て、薄暗い廊下を見る。

人がいないのはわかっているが念の為だ。


廊下とその左右に3部屋ずつ、階段を挟んで更に奥に数部屋か。

照明が無く【祈り】で視力を強化しても中々に厳しい。


床に所々穴が開いているが、この建物は何なんだろうか?

近くに森があるし、探索の拠点にでも使っているのかな?

浮いているから足音はしないが、ドアの開閉には気をつけないといけないな。



「うーむ」


既に9部屋を見て回った。

何も収穫は無しだ。

下にいる連中の荷物らしきものはあったが、そんなもの盗っても仕方が無い。


残るは最後の部屋。

と、いっても一番奥にある部屋ではない。

奥から2番目の部屋だ。


フフフ。


だが、ここは期待が出来るぜ。

何といっても鍵がかかっている。

シンプルな鍵だが、何の道具も無いし技術も無いからピッキングは無理だ。

てことで、鍵のボルト部分を切ろうと思う。


目を凝らし1階を見るが、2階に上がってくる気配はない。

外に行った連中が戻ってくる前に脱出したいし、時間はかけられないが、丁寧にやろう。


ドアに額を付け、ノブに手をかける。

深呼吸をし、心を落ち着かせながら魔力を送り込む。


「ふぬぬぬぬ……」


どうにもセンスが今一なようで、多少時間はかかってしまうが金属なら俺でも魔力を通すことが出来る。

5分程そうし続けただろうか?

自分とドアの金属部分とに繋がりが出来た事を感じた。


「ふっ」


【影の剣】を隙間に通し、気合を込め切断し、音を立てない様気をつけながらドアを開け、中に入り込む。


「おっと…これは当たりじゃないか?」


部屋に入り窓を開け星明りを入れると、地図と手紙らしきものが広げられているテーブルと、引き出しのある棚が2つ目に入った。


決めたこの部屋のをゴッソリ頂こう。


テーブルの上の紙類をかき集め、一気に【隠れ家】に放り込む。

そして棚の前に移動し、引き出しを下段から開け中身を物色する。


昔マンガで見た知識だ。

引き出しは下段から開けると、効率がいいと。


まさか異世界で役に立つとは思わなかった…。


「ん?」


1つ目の棚、その中段の引き出しに革袋があったのだが…。

いつも胸元に感じている感触だ。


「ふふふ…」


後で見ればいいと思いつつも気になり袋を開け中身を見ると、聖貨が4枚入っていた。

これは大当たりだ。

俺もう誘拐されたこと許せそう。


こうなってくると全部じっくり検めたくなるが、ぐっと我慢し部屋の物色に戻る。


「こんなもんかな?」


物色完了。

10分程かかっただろうか?

そろそろ脱出をしないと鉢合わせるかもしれない。


「んしょっんしょっ…」


ドアの手前にテーブルを動かし、バリケードにする。

逆効果かと少し迷ったが、どうせ部屋の中を見たら侵入者の存在はバレる。

これで少しは足止めを出来るかもしれない。


窓を開け外に出る。


月は出ているが、雲も多いしこれなら高度を取ればそうそう気づかれない。

ここがどこかはわからないが、まずは来た道を辿って行こう。


後はちょこちょこ方角を確認していけば多分王都に辿り着く!

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