第31話

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「ふぬぬぬぬ……」


じーさんの部屋に行く前に着替えを、と【隠れ家】に行ったのだが、少し埃っぽかったのでついでにシャワーも浴びた。

そう、浴びてしまったのだ。


髪が乾かねぇ…。


さっきから【ミラの祝福】で何とかならないかと頑張っていたのだが、残念ながらドライヤー機能は無いようだ。

濡らしたまま放置するのは髪に良くないと聞いたことがあるので、もしかしたらいけるんじゃないかと思ったが、無理だった。

ドライヤーは確か、電熱線を熱してそれを後ろから風で送り出すっていうシンプルな仕組みだ。

冷暖房は存在するし、この世界でも頑張れば作れそうな気がするが、作られていないのは必要ないからなんだろうか?


…欲しい。

今度どこかの工房を紹介してもらおうかな?


まぁ、それはそれとして、頭にタオル巻いたまま行くのは埃っぽい格好よりまずいだろうし、乾くまで待つか。


そうと決まれば、今のうちにやれることを済ませておこう。

まずは洗濯だ!


【隠れ家】には備え付けの洗濯機と乾燥機がある。

洗濯機は活用しているが、どういう理屈か室内干しでも問題無く乾くため、未だ乾燥機の出番はない。

確か天然素材が駄目だったし、使わないにこしたことは無いか。



ついつい洗濯に時間をかけてしまったが、まだ部屋に居るだろうか?


「セラでーす」


じーさんの執務室のドアをノックする。


「入りなさい」


お!居た。


「お邪魔します」


「…なんだ?その格好は」


俺の格好が気になったようだ。


「作ってもらったんだ。楽でいいよ?」


今着ているのはメイド服では無く、日本にあった甚平。

外では駄目だが、屋敷の中では好きな恰好でいいと言われ、行きついたのがコレだ。


既製服が無いこの世界では、服はそこそこ高価で、皆大切にする。

平民の子供服は、お下がりにお下がりを重ねて、継ぎを当てたりした物がほとんどだ。

別に俺はそれでもかまわないんだが、屋敷の中とは言え流石にその格好でうろつくのは問題だという事で、用意されたのが簡素ではあるが、何というか…ドレスだった。


そもそも俺がメイド服以外を求めたのは、単にあの格好が夏には暑かったからだ。

更にかっちりした格好をする事態は避けたかった。

それなら自分で作るかと、布に針に糸を買い求め、家庭科の授業で作った記憶を頼りにハサミを借りて裁断した。

一つ誤算だったのは、ミシンが無かったこと。


諦めかけていたところ、助けてくれたのが屋敷のメイドさん達だ。

いやはや、日々の賄賂、もとい、付け届けの効果を感じたね。


そしてつい先日出来上がったのが、黒・灰・茶色の3着の甚平だ。


「なるほど…。屋敷の中なら構わんか」


子供とは言え、女性が肌を見せるのはあまり好ましくないようだが、下にシャツを着るし、この位なら問題は無いんだろう。


許可が出なかったら諦めていたが、良かった良かった。


「それで?今日はどうかしたのか?確かダンジョンへ行くと聞いていたが…」


そうだそうだ。

そっちが本題だ。


「うん。ダンジョンでどうも監視をされていたみたいなんだよね」


「監視?」


「そう。アカメの能力で気づけたんだけど、隠れながらこっちを見ていたんだ。それも1時間近く。人数も居たし、たまたま見ていたってのは考えにくいよね?それに、オレの戦い方というか動き方を知っているみたいだったよ」


ダンジョンでの様子を思い出しながら説明する。


「ふむ…。何か声をかけられたりとかの接触はあったか?」


「何も無し。帰る時もダンジョンの入口までは離れてついてきたけど、結局それだけだったし」


「自家に囲う為に腕の立つ冒険者に接触するという事はあるが、お前はもうミュラー家の紐付きだ。それは考えにくいが…。それに姿を隠す理由もないか…」


口元に手をやり何か考え込んでいる。


「お前の名前は出ないようにしてあるが、先の魔物の違法取引の件もある。セリアーナには私から言っておくから、しばらく一人でのダンジョンは控えておけ」


「はーい…」


むぅ…またしてもか。


ただ、前回はアンデッドと間違えられてだったけど、今回はちょっと目的が見えないのが気になるな。

俺なのか、ミュラー家なのか、勘違いなのか…。


75


「うむ…見事なものだな」


上半身裸の爺さんが、満足気な様子で鏡に映る自分の姿を見ている。


「文字通り、見違えるようだな」


「西の豚どもを威圧せねばならんからな。わしが豚では話にならんだろう」


じーさんの揶揄う様な言葉に言い返し、2人で笑い声をあげる。


じーさんの学院時代からの友人で、領地こそ持たないが、帝国を始めとする西側諸国との折衝を行う偉い人、外務卿のロバート・バーゼル伯爵だ。

丸い体型とその柔和な雰囲気で、普段は西側諸国とそれらに対して好戦的な態度を隠さない軍閥貴族達との調整役を務めているらしい。


もうじき始まる記念祭は、春の入学シーズンと違い、平民はさほど来ないが、式典に出席する外国の要人は多数来る。

それに合わせて条約の締結を始め様々な交渉が行われるのだが、今年は先の魔物の違法取引の件もあり、今までは調整役に回っていた彼も強気に、攻撃的な姿勢を見せる必要がある。

それを知ったじーさんが、俺のことを教えた。


王都のマダム方の間では、知る人ぞ知るって扱いだったが、ついにはおっさん共にまで知られたかと思ったぜ…。


全身をやるには時間が無いから胴体を中心に行ったが、顔や手足に肉が付いていなかったのも幸いだった。

逆三角形とまでは行かないが、最初のひょうたんみたいな体型を思えば大分すっきりした。


「満足頂けたよーで」


「助かったよ。ありがとう」


うむうむ。


「それじゃ、オレはこれで……」


「む?なんだ、菓子を用意させたのに、いらんのか?」


そういえばさっきメイドさんを呼んでいたな。


「お酒の臭いで酔っちゃうよ」


施療中も、水も飲まずにカパカパ空けては注いでを繰り返していたお酒。

琥珀色で一見ウィスキーっぽいが、香りは果物の様でブランデーっぽい。


どんな味か気になる。


流石にこの体で飲むとぶっ倒れそうだが、ちょっと舐める位はしてみたいんだが…。


「おお!それはセリアーナに叱られてしまうな。わかった下がっていいぞ」


「はーい」


じーさんの許可も出たし、さっさと退散だ。



「いやー、まいったね?」


【隠れ家】のリビングにあるソファで、だらしなく伸びている。


何がまいったって、最初は記念祭の式典に出席する来賓の話だったけれど、どこの国の某家が失脚しそうだだとか、どこどこと揉めているだとか、兵を集めているだとか…。

じーさん達の話の内容がどんどん物騒になって行ってたんだ。


別に機密めいた話をするのはいいんだ。

頼もしい。

でも、俺のいない所でして欲しい。

別に誰かに漏らすようなことはしないが、知らないで済むなら知りたくない。


「…ぁふっ」


でかいあくびが出た。

睡眠はしっかりとっているつもりだが…疲れたかな?


今は昼過ぎ。

セリアーナ達が帰って来るまでまだ少しあるし、ひと眠りするか。



「パーティー?」


夜、いつもの様に【隠れ家】内でダラダラ報告会をしている。


これは、セリアーナとエレナは一緒にいる事が多いが、俺とアレクはバラけているので、互いの情報をすり合わせるために設けている。

もっとも、最近は謎の監視の件もあって俺は屋敷に籠っているので、報告するようなことは特に無く専ら聞くのみだが。


「そう。ルード王国の生徒が主催のパーティーで、従者としてだけれど招待状にお前の名前もあるのよ」


「…オレだけ?」


「いいえ。エレナと、護衛でアレクの名前もあるわね。大方、記念祭に向けて本国からやって来た者がお前のことを聞いて、興味を持ったとかじゃないかしら?」


2人も一緒か。

ただ、お貴族様のパーティー……。


「名前が出されている以上、理由が無いのなら断れないわね。生徒主催でお酒も出ないし、遅くもならないからお前も来なさい」


行くしかないのか。


「はーい」


まぁ、どうせ控室とかはあるだろうし、そこで大人しくしておけばいいか。

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