第29話

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「じゃーねー」


「おう。赤鬼によろしくな!」


挨拶をし、冒険者達と別れる。

これでお使い完了だ。


リーゼルの依頼を終え数日、今一やる気が出ずダンジョンへは行っていなかった。

別に単にだらけていた訳では無い。

ワンミスで最悪死ぬわけだし、万全の状態になるのを待っていたのだ。


と、自分に言い訳をしてダラダラしていたのだが、アレクからお使いを頼まれた。

彼は順調に王都で有力冒険者達と顔を繋いでおり、ダンジョン探索も順調だ。

そんな彼だが、本来の役割はセリアーナの護衛だ。

今日は探索の報酬分配があったのだが、護衛の用が急遽入り、代わりに俺が報酬の受け取りに出向いたわけだ。


ちなみに赤鬼とはアレクの二つ名だ。


魔人の遺した棍棒と盾。

盾は王家に献上し、棍棒はルバン達が辞退したこともあり、ミュラー家の物となった。

あまり記憶に無いが倒したのは俺だが、あんなデカくて重たい物使えないから俺も断り、アレクが使っている。

【赤の盾】とオーガが使うような棍棒を振るう事から、赤鬼だ。

あまり表情を変えないし口数も少ないが、実はそのことを喜んでいるのを知っている。


「む?」


今度アレクをからかってやろうかと考えながら、屋敷に戻る道を【浮き玉】でふよふよと戻っている途中、貴族街の手前で視線では無いが、何かを感じた。


嫌な感じはしないが…ついに俺も気配を察することが出来るようになったんだろうか?

無視してもいいが…気になるし少し探ってみるか。


高度を上げ、何となく気になる方向へ進むと、商業地区の端にある大きな建物に辿り着いた。

ぐるりと塀を廻らせ、表と裏にあまりやる気は無さそうだが警備の人間がいる。

塀の上から覗いてみると、馬車が数台止まっている。

倉庫か何かだろうか?

勝手に入る訳にはいかないが…。


「ん?」


気にはなるが、どうしたものかと思案していると雨樋から垂れている黒いロープの様なものが見えた。


…アレな気がする。


辺りを見回すと、隣接する建物は壁側で窓は無し。

この倉庫らしき建物も同じく壁側で、門前の警備員の死角にある。

通行人もいない。


いける!


塀を一気に越え、そのまま壁を這うように上昇し屋根に登る。

そのまま外から見えないように低い体勢で、目標に近づく。


「何だこれ?」


雨樋に垂れ下がる黒いロープ。

1メートル程の長さだが、何なんだろうか?

これから妙な感じがするのだが…。


「ゎっ⁉」


セーフ…!

何とか声を飲み込んだ。


よく見るため、摘まみ上げようと手を伸ばしたら、急に動き出し一気に俺の影に潜り込んだ。

風に吹かれてとかでなく、明らかに意思を持っている。

生き物なんだろうが、こんな変なのは魔物だろうけど嫌な感じは全くしない。

本当に何なんだろうか?


体の下に広がる影を覗き込むが姿は見えない。

ただ、何故かはわからないがそこに居るのはわかる。

ペシペシ叩いてみるが、特に変わりは無い。


「うーむ……ひぇっ⁉」


何の感触も無かったが、屋根に付いた手に黒い影が這っている。

それに気づき、今度は声を上げてしまった。



見つかりはしなかったものの、あのまま屋根に張り付いているわけにもいかなかったので、ギルドと迷ったが屋敷へ移動をした。

危険かどうかわからないので中には入らず裏庭に降り、上着の袖をまくり肌を露出する。


「蛇だよな…?」


蛇の様な姿の影が腕にしっかりと巻き付いているが、痛みは無い。

試しに触れてみるが、自分の肌だ。

腕も触れられた感触がある。

蛇は触られている感触はあるんだろうか、もぞもぞ動いている。


…蛇は嫌いでは無いけど好きでも無いんだが、嫌な気はしない。

不思議だ。


「セラ」


「⁉」


後ろからエレナが声をかけてきた。

裏庭の、それも端にいるのになぜ気づかれたんだろう?


「お嬢様が呼んでいるよ。おいで」


あー…そういやあの人レーダーみたいなスキル持っていた。

この蛇の事もバレてるな…。


70


エレナの後に付いてセリアーナの部屋へ行くと、アレクも居た。

護衛とは言え一応男性の為あまり入らないようにしているのに、珍しい。


「丁度良かった。はい、アレク」


忘れたりはしないが、先に渡しておこう。


「ああ…助かったよ」


お使いは完了だ。

さぁ来いっ!


「それで、何を拾ってきたの?敵意は無いようだけれど…魔物よね?」


難しい質問だ。


「…多分魔物なんだけど、何かはわかんないんだよね」


袖をまくり見せようとしたが…いない。

反対の腕もまくるが…いない。


「【浮き玉】から降りて、後ろを向きなさい」


どこだ?とあちこち自分の体を見ていると、そう言われた。

背中にでもいるんだろうか?

まぁいいかと、【浮き玉】から降り、背中を向ける。


「……ねぇ」


セリアーナがスカートと、下に着ているシャツもまくり背中を露出させる。

そうだよなー…俺ワンピース着てんだよなー…。


「ああ、いるわね。コレは何かしら?2人はわかる?」


抗議を無視し、3人で俺の背中を見ている。

照れるじゃないか…。


「アレク、これは…」


「ああ、潜り蛇だな…。セラ、手に移動するよう命じるんだ」


潜り蛇っていうのがこれの名前なのかな?まぁ、やってみよう。


「手に来い手に来い手に来い……ぉ?」


体を移動している感触は全くなかったが、シュルシュルと左腕を伝い手のひらに現れた。

20センチ程だが、手から離れ蛇の姿を見せている。

赤い目で中々愛らしい。

こちらは俺に巻き付いている部分と違って、丁度ロープの様な太さがある。

見つけた時と同じだ。


「蛇ね…不思議だわ」


手のひらに現れた蛇を不思議そうに眺めている。

このお嬢様は蛇は平気な様だ。

簡単な指示を出すとちゃんと言うことを聞いて、面白い。

中々賢いんじゃなかろうか?


「それで、どこで拾ったの?」


そういえばあの建物は倉庫でいいんだろうか?

それなら誰か持ち主がいるはずだが…。

流石に貴族じゃ無いよな?


「ふむ…」


経緯を説明したところ、アレクとエレナが考え込んでいる。

ちょっと深刻な顔しているけど、何かおかしなところでもあったんだろうか?

セリアーナは変わりないが…。


「潜り蛇自体は問題無いはずです。セラの言う事を聞きますし、拾った経緯といい、テイム出来ているはずです。後で騎士団本部に申請に行けば許可も下りるでしょう」


エレナが気になることを説明し始めた。


なんでも潜り蛇ってのは生き物の魔力に潜り込み、その状態で周囲の魔素を取り込む事で生きていくそうだ。

俺が拾った時は魔素を取り込む事が出来なくて弱っていたのだろう。


そして、俺がテイム出来たのは、【影の剣】と潜り蛇の相性が良かったからだ。

通常は捕らえてから餌付けをし、最終的に魔道具やら何やらを使って契約するようだが、ガチャ産のアイテムを持っていると稀に魔物側から近づいてくることがあるらしい。


今回が正にそれだ。

干からびかけていた時に自分に似た力を持つ者を発見し、呼びかけを行った。

あの妙な感覚はそれだったのだろう。


…何か俺運いいなー。


「それで?」


セリアーナが先を促す。

確かにこれだけだと何も問題無い、で終わるな。


「潜り蛇は深い山や森に生息し、そこを縄張りにする魔物や獣と共生するんです。そして、そこから滅多に移動しません」


「王都に居るのはおかしいってことね?例えば猟師や冒険者に付いていたのがはぐれたっていう事は考えられないの?」


「絶対に無いとは言えませんが、死にでもしない限り共生相手を変えることは無いと言われています。拾った建物が何かはともかく、人が出入りしているのに衰弱していた以上それは考えにくいです」


「アレク、貴方はどうなの?」


「俺も妙だと思います。考えすぎかもしれませんが、御館様に伝えた方がいいでしょう」


「まだ戻って来ていないわね…戻って来次第伝えるわ。貴方達も同席して頂戴」


じーさんにまで話が行くって事は…もしかして大事なんだろうか?


困ったね?


そう首を傾げながら蛇を見ると、向こうも同じく首を傾げている。


良い子じゃないか!


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「セラ、朝だよ。起きなさい」


エレナの声だ。

でももう少し寝たい…。


「ほら、アカメももう起きているよ?」


起きずにいると、体を揺すってくる。

ぅぅ…仕方ない。


「……おきた」


「はい。おはよう。顔を洗って寝癖を直して来なさい」


「……はーい」


胸元から体を伸ばしている潜り蛇のアカメと目が合った。

今日も元気そうで何より。


ここ数日エレナも【隠れ家】内で寝起きをしている。


アカメとは契約も済ませ、問題無いとは言えそれでも魔物は魔物。

念の為の監視も兼ねての事だ。


最近少し早起きできるようになったとはいえ、それよりさらに早く起こされるのが辛い…。



アカメを拾いセリアーナの部屋で話をした日、帰って来たじーさんに相談に行った。

怒涛の展開というべきだろうか?

一気に進展し、そして大事になった。


まず、潜り蛇の契約・申請は滞りなく済んだ。


王都内に生きた魔物を持ち込むことは違法で、テイムされた魔物の事を従魔と呼ぶのだが、従魔も連れ歩く為には騎士団への申請がいる。

それをせずにいると、最悪の場合主は捕まり従魔は殺されるらしい。


その為すぐに騎士団本部へ連れていかれ、俺の髪の毛と血を使ったインクで、契約印を主と従魔両方に押す。

場所はどこでもいいそうだが、俺は左の二の腕にし、アカメは頭部だ。

前世でのハンコ注射を彷彿させるが、痛みも何もなかった。


これをすることで、互いの居場所が何となくわかるようになるらしい。

言うことを聞くとは言え、魔物である以上所在を把握できる状態にしておかなければいけないのだろう。


そして、契約の際にだが名前を付ける必要があった。


迷った。


蛇に相応しい名前って何なんだろう…と。


蛇の名前なんて、オロチとか、ヨルムンガンド、ウロボロスなんかもあったな。

精々それ位しか俺は思いつかない。

名前負けもいい所だ…。

もっと神話とか読んでおくべきだった。


結果、赤い目だから「アカメ」にした。

少々微妙な空気にはなったが、最終的にわかり易くて良いじゃないかとなった。


従魔の件は一段落し、問題の倉庫らしき建物だ。


まず翌日、案内する為にじーさんを始め数人の騎士と共に馬車に乗ったのだが、おっさんばかりの中に女の子1人では心細かろうと、女性騎士を付けてくれた。


女性騎士とは、女性の王族の護衛が基本任務で、腕前はエレナ級で、家格は高位貴族という精鋭だ。

わざわざそんな人を付けてくれて親切だなーと暢気な事を考えていたが、お偉いさんはそれだけこの事態を重く見ていたのだろう。


その翌日、一気に踏み込み、調査・鎮圧をしたらしい。

その建物は地下2階・地上2階で、西側のいくつかの国で商いをする中々の大商会の倉庫で、また、国内で仕入れた商品を西側貴族相手に紹介・販売するオークションハウスの様な存在だった。


だが、それはあくまで表向きで、裏ではメサリア内で捕らえた魔物を王都に持ち込み、西側貴族に販売・契約するための施設でもあった。

もちろん違法だ。

建物内に大小様々な魔物は多数いたが、中にはすでに死んでいるのもいたらしい。

アカメはその中の一体に付いていたのだろう。


更に、検問をパスする手段として、王都の外に広がる奴隷や傭兵等が寝泊まりする下町にある宿から、街壁の下を通る穴を掘り、建物の地下にまで繋げていた。

あまりにもストレートな力技だったので、今まで気づかなかったらしい。


元々いくつかの国の貴族が、出国時に従魔を得ている割合が他国より多いとは言われていたようで、今回動いたそうだが、騎士団でも思った以上の事態に驚いていたそうだ。


メサリアだけでなく、同盟諸国でも同様の事が起こっているかもと、すでに各国に連絡を済ませている。

西側諸国との関係に、なにかしら変化が出るかもしれない。


いやはや、アレクのお使いの帰りのちょっとした寄り道から、国際問題にまで発展する事態になるとは思いもしなかった。

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