第27話

65


夏の1月。


日本でいえば6月くらいだろうか?

雨は降るが梅雨は無く湿度もそれほど高くない。

日差しは強いが窓から入る風は涼しく、中々過ごしやすい季節だ。


外に生息する魔物にとってもそれは同じようで、この頃から活動が活発になり縄張りを拡大し始める。

それを目当てに冒険者達は開拓地にどんどん集まっていく。

孤児院にいた頃は怪我人の治療に駆り出され、忙しい日々だったが…。


結婚式の後、セリアーナが言っていたように俺への依頼がいくつかやって来た。

それに対しての彼女が言っていた考え。

それは、俺が出向くのでは無く、相手側を屋敷に来させることだった。

まぁ、用事のある方が出向くのは当たり前と言えば当たり前だ。

よほど家格が上ならともかく、じーさん個人は男爵だがミュラー家自体は伯爵家。

大抵の相手を呼びつける事に問題は無い。


エルメリアの後4人の施療をしたが、彼女程重症、もとい、本腰を入れる必要があった者はおらず、両腕・上半身・下半身・の3日で終えた。

もちろん1日金貨は5枚。

中々の稼ぎっぷりだ。


農場での検証も全員に試したことで終え、代わりに爪が治ったことで、ダンジョンへの許可も出たので、2日に1回1時間で聖貨を1~2枚稼いで後は読書、という優雅な日々を過ごしている。


セリアーナも学院の同世代だけでなく、国内外問わず上の世代にも知られ中々ご機嫌だ。

褒美に貴族しか買えない歴史書等を買ってもらった。


これが面白い。


魔王討伐の英雄譚や劇のモデルとなった出来事が実際に起こっている。

なぜ貴族限定なのかと言うと、地図や具体的な人名・家名が出ているから。

ちゃんとカウンターを決め解決しているが、それまでボコボコにやられまくっている。

中には断絶してしまった家もあるし、迂闊に広められないのだろう。


個人的にスゲーなと思ったのが、「巨竜ラギュオラ」だ。


「ラギュオラの牙」が名前を取ったように今も知られているが、こいつとの戦闘記録もあった。

流石に物語に出てくるように、炎を吹いたり空を飛んだりはしなかったようだが、山を砕き、森を薙ぎ払ったりはしたらしい。

当時のルゼル王国の国力の大半を注ぎ込んで、何とか討伐に成功したそうだ。


そして、ルゼルを含む後の同盟初期の4国でその遺骸を分け、王宮や王都の建材に利用したらしい。

強力な魔物を利用した素材は格下の魔物を退ける効果がある。

それがあったからこそ、大陸東部という、今なお魔物だらけ謎だらけの土地を開拓できたのだろう。


いやはや、国に歴史ありだ。



「お前…またはしたない格好を」


歴史書を読みながら過去に思いをはせていたら、セリアーナの声が耳を付いた。


「お帰り。早かったね?」


まだ昼を少し回った位だ。

いつも帰りは夕方なんだが…。


「今日は午前で上りよ。…せめて足は閉じなさい」


「む」


本を枕にソファーに寝転がっている。

右足は背もたれに乗せ、左足は下に垂らしている。

…まぁ上品な格好では無いな。


「はい。服は着ようね」


ちなみに服装は、ノースリーブのシャツにかぼちゃパンツ。

要は下着姿だ。


「皴になるんだよね…」


苦笑しながら椅子に掛けていたメイド服をエレナが渡してきた。

仕方が無いと、受け取り服を着る。


「もう農場へは行ってないのよね?明日は何か予定はあるのかしら?」


服を着たのを見計らいセリアーナが話しかけてきた。


「明日は何も無いよ?ダンジョンは今日行ったし」


何かお使いかな?


「そう丁度良かったわ。なら明日はお前も学院に来なさい」


「ほ?」


「いつもより早く起きるのよ?」


「んん?」


説明する気は無いらしく、机に着き手紙を読み始めている。

機嫌は悪くないみたいだし変な話じゃ無いんだろうけど…。

屋敷に招くんじゃなく、こっちが行くって事は偉い人とでも会うんだろうか?


66


パラパラとページをめくる音と、パタパタと寝転がりながら足を動かす音が部屋に響く。


ここは学院の中にある、多分談話室とかそんな感じの部屋だと思う。

俺を1人で放置している事から、来賓室ではないと思うんだが…、調度品が凝っている物ばかりだから今一自信は無い。

そもそも俺は何のために連れてこられたんだろうか?

結局教えてもらっていないんだよな。


どんなカリキュラムなのかは知らないが、セリアーナは授業に向かった。

昼食時には戻って来るからここで待っておくようにと言われたのだが、そろそろ俺の腹時計だとお昼時なんだけど…?

暇つぶし用に持ち込んだ本も2冊目に突入した。

でかいし重たかったが、念の為複数冊持ってきて正解だった。


「ん?」


ノックの音がしたが、返事を待たずにドアを開けてきた。

セリアーナ達かな?


「お帰りー……誰?」


ソファーから体を起こしドアの方を向くと、知らない人間が3人。

1人は執事っぽい雰囲気のおっさん。

もう1人はメイド服の女性。

最後は、金髪の美形のにーちゃん。


「おや?セリアはまだか」


「そのようですね。講堂を利用していましたし、まだかかるかもしれませんね」


「どうしましょう。先に食堂へ向かいますか?」


俺そっちのけで会話を始めた3人組だが…誰なんだろうか?


「やあ。僕達もここで待たせてもらうよ」


「あ、うん。どぞ…」


いいんだよな?

セリアーナの事を待っているみたいだし。

念の為、右足と右の人差し指を確認する。

オッケー、ちゃんと装備している。


俺の動きに気づいたのかおっさんがにーちゃんの側に控えた。

何かメリケンサックみたいなの付けているし…アイテムだよな?あれ。

彼は護衛も兼ねているんだろうか?警戒されているみたいだ。


「…むぅ」


「カロス、下がれ」


どうしようか迷っていたところ、にーちゃんの言葉でおっさんが下がった。

カロスっていうのか。


「僕はリーゼルだ。君の事は聞いているよセラ君。セリアが来るまで気楽に行こうじゃないか」


「はぁ…」


人好きのする顔で言ってきた。

それはいいとして、このにーちゃんは結局誰なんだ?



「あら、随分楽しそうね?」


笑い声が響く部屋にセリアーナとエレナがようやくやって来た。


俺が読んでいた本は貴族向けの歴史書だ。

それを見たリーゼルが更にいろいろ詳しく解説してくれて、それにカロスも参加してきてついつい盛り上がってしまった。


「やあ、先に失礼しているよ」


「セラ、彼が誰かわかっているの?」


リーゼルが何者か。

うん、話している途中で気づいたよ。


「王子様でしょ?第4王子」


「おや?よくわかったね。セリアが教えたのかな?」


「いいえ、名前も教えていなかったわ。呼び方かしら?」


「うん。それそれ」


貴族女性を愛称で呼ぶってのは、身内か極親しい相手のみだ。

ミュラー家はあえて家族でも本名を使っているが、学院にいる男性で愛称で呼びそうな相手と言ったら、彼位だと考えていたが、当たりだったか。

話している途中に思い当って、どうすっかなー?とは思ったんだけど、どうしていいかもわからなかったんだ…。


「リーゼル・メサリア。この国の第4王子よ」


俺の隣に座ってきた。

移動した方がいいんだろうか?


「彼女の婚約者でもある。君もそのままそこで」


立ち上がろうとしたところ、止められた。

いいんだろうか?他の3人は立ったままだけど…。


「構わないわ。リーゼルがお前に用があるから呼んだのよ」


「ほう」


「そう。君の加護を聞いて依頼をしたくてね」


…このにーちゃんには使うところは無さそうだけど、他の人相手かな?

セリアーナの婚約者だし、女性相手とは考えにくいけど…。

身内とかかな?

…身内って王族だよな?


「僕では無く、僕の姉なんだがね」


やっぱりか⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る