第26話

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じーさんの奥さん、つまりセリアーナの祖母でオリアナさんというご婦人がいる。


ブラムス卿からの依頼をどうするかセリアーナに相談したところ、俺を1人で初対面の貴族の下へやるのは不安だと言われた。

俺もそう思う。

かと言って、事情が事情だけに断るのは忍びないし、今後を考えると受けておきたい。

せめて期限に余裕があればセリアーナも都合をつけられたのだが…と迷っていたところ、それなら自分が行こうと現れたのがオリアナさんだ。


偉いからこそかもしれないがお貴族様も大変なようで、外はもちろん家内でも第1・第2夫人との関係や、跡取り問題、使用人の背後の派閥問題等々、中々気を抜けない。

王都のご婦人方の集まりでもそれらの愚痴がメインになる位よくある話らしい。

そんな中セリアーナの直属ではあっても他との繋がりを持たない俺は、気楽に接する事の出来る存在だった。


偶にお使いを頼み、そのお礼にお茶とお菓子を振舞い、ついでにダンジョンや冒険者の話を聞く。

そんな関係で、俺とオリアナさんの仲は良好だ。


「あそこの大きい木のある家の向かいがフェルド家のお屋敷よ」


隣に座るオリアナさんが馬車の窓から指を指しながら教えてくれる。

【浮き玉】も持ってきているが、今日は俺も馬車だ。


ブラムス卿が来たその夜話し合いを終え、引き受ける旨を書いた返事を持って行ったところ、是非翌日から!と言われた。

オリアナさんも同行するわけだし、せめて1日位は置くのがマナーらしいが…必死さに負けたのかミュラー家がお人よしなのか判断に迷う。



「本日はご足労頂き誠にありがとうございます」


フェルド家の屋敷に入るとすぐにブラムス卿の妻であるエルメリアさんの部屋に通され、夫婦揃って頭を下げてくる。

まぁ、俺にではなくオリアナさんにだけども、そこは気にするところではない。


うん…まぁ…うん。

綺麗な人だとは思う。

雰囲気あるし。

ただ…膨張しているね。

もう少し早く危機感持つべきだったと思うんだ…。


「セラ、どのように進めるのですか?」


皆で席に着きオリアナさんが話を振って来る。


「そうだね…両腕、胴体、頭部、片足ずつの順で5日でやろうと思うよ」


「5日⁉もう少し早める事は出来ないのですか⁉」


まぁ、今日を入れても式まで後9日だし気持ちはわかるが…。


「痩せるってのはあまり試していないから、慎重に行きたいんだよね。失敗するよりはいいでしょ?」


「…そうですね。いえ、5日でも十分すぎます。よろしくお願いします」


「はいはい」


中々物分かりの良いおばさんだ。

今日は念の為オリアナさんについて来てもらっているが、これなら明日以降は大丈夫かもしれない。


「じゃぁ、早速だけど始めましょー。座って下さい」


懐からタイマーを出し、エルメリアさんに席に着くよう促す。


機械式でなく魔導式だがこの世界にも時計がある。

地球と同じ長さかはわからないが、1日24時間だ。

1周12時間で、2周で1日経過。

王都はもちろん大抵の領都には時計塔があり、皆それに合わせて生活をしている。


もちろん小型化も進み、超高級品ではあるが、壁掛け時計や懐中時計もある。

このタイマーはその簡易版。

といってもやっぱりお高く、金貨5枚はするらしい。


1時間かけて1周し、1周し終えるとポーンと、アラームが鳴る。

まだ爪が治っていないから行っていないが、ダンジョン探索時帰還する目安にするようにと、セリアーナがルバン達に俺への詫びに用意させたものだ。


まさか最初に使う機会がダンジョン探索ではなく、貴族の屋敷でエステもどきのタイマーとしてとは思いもしなかったが、折角だし有効活用させてもらおう。


「左腕からね。適当にお喋りでもしてて下さい」


無いと思うが、万が一にも逆に太ったりしない様、慎重にやっていこう!


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指・甲をそれぞれ10分。

前腕・上腕をそれぞれ20分ずつ。

じっくり時間をかけてやっている。

直に左腕は完了だ。


ブラムス卿はすでに席を外し、世間話をしていた2人がいつの間にか口を閉ざし、テーブルの上のエルメリアの腕を凝視している。

その変わりように驚いているんだろう。

俺も驚いている。

農場で太った人相手に何度か試しはしたが、ここまでじっくりとはやった事が無かったからなぁ…。


「よっし、完了!」


豚足とまでは行かないけれど、俺の足位の太さはあった腕が、見事にほっそり、すらりとした腕になった。

ついでにスキンケアもばっちりだ。

服のサイズから考えると元々これ位だったのかな?


「まあ!まあ!まあ⁉」


驚き目を見開き声を上げるエルメリア。


「素晴らしいわっ!」


同じくオリアナさん。

この人のこんなデカい声初めてかも。


「ほらっ、貴方もごらんなさい!」


そして、部屋に控えていたメイドさんに腕を見せている。


「本当に!奥様の元の美しい腕ですわ」


元以上だぜ?と言いたいところだが、そこは目を瞑ろう。

まずは左腕だけやってみたが、この分だと十分満足しているようだ。


「次右腕やりますよー」


席の右側に移動し、そう告げる。

あと1時間。

頑張るかー。



「ひぃはぁ…」


他のスキルも完全に使いこなせているわけでは無いが、それでもこの【ミラの祝福】。

これはちょっと限界が読めない。


例えば、傷跡が消えたり日焼けが治ったり、あるいは痩せたり。

それだけなら代謝を高めるとかそんな感じだと納得できるんだが、髪の毛の件がある。

どれだけカロリーを消費しても、ストパーはかからないと思うんだ。


このスキルは内側から変化を起こしているのではなく、外側。

つまり、俺によって起こされている。

太った人に使って痩せるのはわかる。

ただ、試す相手がいないからやっていないが、このスキルを、それこそ骨と皮だけの痩せた人に使ったらどうだろうか?

健康状態が改善したり、腹が満たされるかはわからないが、多分身がつくと思うんだ。

少なくとも痩せることは無いはずだ。


その基準は、「ミラ」なのか俺なのかは、まだ検証が不十分でわからないが、このスキルは人を太らせる可能性もあるってことだ。

お貴族様から、それもこんな切羽詰まった事態の依頼を受けるとは思っていなかったから、施療には慎重を期した。


「ど…どーよ…?」


机に突っ伏したまま施療の結果を聞く。

まぁ完璧だって自信はあるがな!


「ええ!素晴らしいわ!」


顔を上げ声のする方を見てみれば、両手を顔の高さに掲げうっとりしているエルメリアが見えた。


「セラ、貴方は大丈夫なのですか?」


「ん…大丈夫」


こちらを気遣うオリアナに答える。


スキルの効果に不明瞭な点がある以上、成果を急がず慎重にかつ集中して行う必要があった。

まぁ、なんてことは無い。

俺の体力では、集中を2時間持続させるのがきつかっただけだ。


「ああっ、ごめんなさい。ついつい見とれてしまっていたわっ!」


いそいそこちらにやって来て、メイドさんにお茶を持ってくるよう申し付けている。

ついでに扇子でパタパタ仰いでくれる。


「とりあえず、満足はしてもらえたみたいだね。他のば」


「ええっ!本当に!まさか間に合うとは思わなかったわ!これでフェルドの家名に泥を塗らずに済むわっ!」


出来を聞こうと思ったんだけど、食い気味で喋りだした。

まぁ、この分なら文句は無いんだろう。


「セラ、机に伏していたけれど、具合はもういいの?」


「うん。普段はもっと短い時間で気を抜いてやってたから、こんな疲れるとは思わなかったんよ。まぁ、でもどれくらいで限界かわかったしもう大丈夫」


このスキルは1日あたり1時間だけ。

休憩挟んだら行けるかもしれないが、無理をする必要もないし、そう決めよう!


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「随分喜んでいたわね」


「本当に。元を知っているだけに王都に来てからの姿を見るのは正直忍びなかったから…。よかったわ」


「…それほどだったの?」


施療開始前のエルメリアの姿を知らないセリアーナが俺に聞いてくる。


「うん。お嬢様の1.5倍位あったんじゃないかな?」


「そ…そう…それは痩せられてよかったわね」


うむ。

全くだ。


今俺達は最終日の施療を終え、フェルド邸からの帰りの馬車の中だ。

両腕から始まり、胴体・頭部・そして片足ずつと進めていき、今日無事完了した。


初日こそ自身の消耗を見誤ったが、後の4日は問題無しだ。

【ミラの祝福】の扱いも1段上に上った気がする。

おまけに1日当たり金貨5枚の計25枚ゲットだ。

俺はダンジョンで聖貨こそ稼げているが、現金はあまり持っていなかった。

使う予定こそ無いが、お金があるのはいい事だ。


「私も今日はいろいろお話が出来たし、よかったわ」


今日はオリアナさんだけでなく、セリアーナも一緒だった。

エレナに休みを与え、学院をさぼってまでついて来たのだが、その甲斐はあったらしい。

集中していて、何か話してんなー位にしかわからなかったが、何を話していたんだろう?


「そうね。貴方も式には出るのでしょう?」


オリアナさんはともかくセリアーナも出席するのか。

同じ派閥とか言ってたし、急とは思うけどそんなこともあるんだろう。


「ええ。折角繋いだ縁ですし、不義理は出来ませんわ。後5日あるし、私もセラにお願いしようかしら」


こちらを見ながら言ってくる。

ただ、どこに使うんだろうか?


「あんま使う必要なさそうだけど、髪と肌位ならいいよ」


「そう。楽しみだわ」



「そういえば、お前が懸念していたこの加護の問題は何だったの?」


「ん~?えーとね…」


さて、フェルド家の結婚式を明日に控えた夜。

ここ数日セリアーナにもスキルを使っているのだが、エルメリアがオリアナさんとお喋りをしていたように、1時間とは言え黙ってじっとしているのは退屈なのか、俺やエレナが会話相手になっていた。

何をしていたか?とか面白い事はあったか?とか他愛のないものばかりだが、今日は【ミラの祝福】について聞いてきた。

自分にスキルを使って何日も経つのに、その質問が今日出てくる辺り大物だ。


「確かに。仮に出会った当初の君が自分に使っても、痩せたりはしないだろうね」


一緒に聞いていたエレナが答える。

うむ。

確かにあの頃の俺はガリガリだった。


「そうね。少しは身が付いてきたとは言え、今もまだ痩せているけれど…自分にも使っているのよね?」


「寝癖直しにだけどね。まぁでも、使い方は何となくわかって来たよ。集中していれば大丈夫」


「そう。失敗は無いの?」


「うん。もともと失敗って言っても、日焼けの直し方とか傷跡の消し方がちょっとムラがあったりとかだったから、後から修正は出来てたんだよね」


痩身ダイエットに関しては、対象が居なかったから試せていなかったけれど、今回でコツは掴めた。

あえてバランスを崩そうとでも思わない限り、同じ時間なら大体仕上がりは一緒になる。

左右が全く同じサイズの人間なんてそうそう居ないだろうし、問題無いはずだ。


「なるほど…」


それを聞いて何か考え込んでいる。


「なんかあんの?」


「エルメリア様の事が学院でも少し話題になっていたの。明日の式でもしかしたらお前に依頼が来るかもしれないわね」


まじかー。


「それに関しては少し考えがある。おばあ様もいるし、お前は気にしなくていいわ」


「ぬ?」


もう少し詳しく聞きたいけど、話は終わりなのか目を閉じてしまった。

エレナの方を見ても、セリアーナが話さないのなら彼女も話す気が無いようで、手に持った本に目を落としている。


…変な事にはならないよな?

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