第21話
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「ふぅ…ひぃ……」
おかわりどころか2杯目までやって来たのは想定外だったが、何とかかんとか倒し切った。
血やら色々浴びてぐっしょりだ…。
【緋蜂の針】から出ているバチバチしているアレ。
あれに魔物が当たると破裂するんだよ…。
あそこまでの威力は想像していなかったからびっくりだ。
目の前で破裂して思わず叫んだりもしてしまった。
攻撃を受けてはいないのにあちこち痛いし…風呂に入りたい。
そして起こされることなく目が覚めるまで寝続けたい…。
食事は…いいや。
血の匂いでお腹一杯。
さっさと合流して…。
「ボス戦っ⁉」
いかん。
戦闘に必死ですっかり忘れとった!
疲れから思考が明後日の方向に行っていたが、そういえば彼らがまだ戦っているんだった。
何度か【祈り】の更新で近寄った時はまだ戦っていたがどうなったんだろうか?
エグイことになってないよね…?
【浮き玉】で高度を上げ辺りを見渡すが、魔物の影はない。
そして、離れた場所でまだ戦闘が続いているのが見えた。
さて、どうしたものか…。
万が一の時は撤退をと言われたが、ここからじゃよくわからない。
近づいてみるか。
◇
「ぉぉぅ……」
念を入れて天井近くまで上がり、更に大きく横に回り込みながら50メートル程の距離に近づいてみたのだが…。
何が起こったのか、ちとまずい状況になっている。
何らかのスキルを持っているミーアがダメージを受けたのか、キーラから治療を受けている。
ルバンと、ミーアの代わりに前に出ているマリーダでは脅威にならないのか、無視されアレクに攻撃が集中している。
アレクは【赤の盾】を構え猛攻を凌いでいる。
武器も手にせず両手で盾を持っている。
何というか…手詰まり感がすごい。
今も大振りの一撃を掻い潜り両側から攻撃しているが、盾側から攻めたマリーダの攻撃は盾の一振りで弾き返され、反対側から攻めたルバンの攻撃は体に当たってはいるが、鎧に阻まれダメージが通ったようには見えない。
…どうしようか。
後ろを見るとミーアはまだ治療している。
全員で逃げるのは難しそうだ。
むむむ…。
……⁉
あの盾、ひょっとして普通の盾なんだろうか?
確かに2人の攻撃を弾いているが、あれはボスの技量や身体能力であってあの盾の効果じゃない。
その証拠に、吹き飛ばされてもすぐに起き上がり、行動に移っている。
てことは、あの盾に蹴りかませばいけるんじゃないか?
蹴りで体勢を崩して、そこを【影の剣】を振り回して、即離脱。
これだ!
そうなると大事なのはタイミングだ。
うかつに仕掛けて皆を巻き込んだり、逆に巻き込まれたりしてしまっては目も当てられない。
何か合図が出来ればいいが、兜の様な物で覆っているので見た目では目や耳があるのかはわからないが、仕掛ける前に気づかれたら台無しだ。
うむむ…。
少し見ていて何となくわかったことがある。
まず、アレクが盾で大振りの一撃を受ける事を起点に、2人が両側から攻撃をし、ついでに吹き飛ばされる。
その間は体勢を立て直したアレクが攻撃を受け止め2人への追撃に行かせないようにしている。
そしてまた繰り返し。
苦戦しているのは間違い無いようだが、彼らの一連の連携は治療が終わるまでの時間稼ぎだ。
ミーアが復帰したらまた何か変化があるのかもしれない。
でもそろそろ【祈り】の効果も切れるし、隙を付ける機会は今くらいだ。
……やるか?
……よし!
仕切り直しのタイミングで突っ込もう。
それなら巻き込みも巻き込まれもしないはずだ。
念の為再度周りを見渡すが、魔物の姿は無し。
そして目を戻せば、アレクが攻撃を受けきり2人も復帰し距離を取っている。
今だ。
【浮き玉】を一気に加速させ突撃する。
この風圧…これは3桁出ている。
【浮き玉】最高速度を更新してしまったな。
【緋蜂の針】を発動し、飛び蹴りの構えを取る。
思った以上の速度が出ているが、何とか間に合った。
もう細かい狙いは付けられないが、どっかには当たる!
行くぞ!
「どーーん‼」
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不意打ちなのに何叫んでんだ?と我ながら思うが、発動に失敗したらただの体当たりだ。
この速度じゃ俺が死ぬ。
声に気づいたのかボスがこちらに顔を向けたが、もう遅い。
ついでにアレク達もこっちを向いている気がするが、気にしない!
側面から一気に高速で突っ込む。
盾が正面に見える。
いいコースだ!
「ぐぇっ⁉」
ガァンッ‼と大きな音と、【緋蜂の針】越しに強い衝撃が来た。
足首ぐねった…痛い!
だが狙い通り盾に直撃し、大きく体勢を崩すことが出来た。
立て直される前に一発いけるな?
「ふっ!」
【影の剣】を伸ばし真横に高速一回転。
爪に抵抗は感じないが、何かを切った感触があった。
確認してもいいが、更にもう一発いける!
「せいっ‼」
今度は横ではなく縦に一回転。
べしゃっ!と血に濡れたエプロンが顔に張り付くが気にしない。
これまた何かを切った感触があった。
ちょっと目が回ってきたがもう一発いけるか?
「はっ‼」
回転したときにちらっと眼に入った大きい塊目がけて【影の剣】を突き刺す。
丁度正面に地面が見えた。
一連の動きで体の向きが水平になっていたようだ。
爪を刺した状態で【浮き玉】で一気に上昇する。
その際に大きく縦に切り裂いたのはおまけにしては上出来だ。
天井近くまで高度を上げたところで一息つく。
今まで大抵の敵は大体一発で倒してきたから、数秒とは言え接近して同じ相手に何度も攻撃するのは、初めてだ。
疲れた…。
あれだけ崩したし今頃皆がボコスカやってくれているは……やってないね。
何でこっち見てるの?
完全に背中を向けて、ついでに俺に向かい手を振っている。
……倒したのかな?
聖貨ゲットしてないんだけど…。
実は死んだふりでそこから起き上がって大暴れとか無い?
無いのか。
いや、そりゃゲームじゃないしボスだからってドロップアイテムをゲットできるわけじゃ無いんだろうけど……マジで?
ガッカリだよ…。
気が抜けたけど合流しよう。
「おつかれ~…」
「助かったぞ。決めに行ったところを潰されてヤバかったんだ……大丈夫か?随分ボロボロだが?」
近づいていくとアレクが話しかけてきた。
ミーアが下がっていたのは何かを失敗したからだったのか。
それなら様子見せず一気に突っ込んだのは正解だったのかもしれない。
「あ~…だいじょぶ」
何か頭がぼーっとするんだよな。
さっきまでの戦闘でアドレナリンが出てたのかも。
その反動かな?
「そ…そうか?後ろで戦っている気配はあったが、お前の方はどうだった?」
「オオカミとかイノシシとかいろいろ…」
「おっ…おい」
「ん~…だいじょ…ぶ」
何かクラクラと…。
◇
舌足らずでフラフラと、まるで酒に酔ったような感じのセラだったが、【浮き玉】に乗ったまま地面に落下し倒れこんだ。
返り血で顔色がわからなかったが、やはり傷でも受けていたのだろうか?
慌てて駆け寄り様子を見るが、パッと見外傷は無いし、呼吸も問題無さそうだ。
「おいっ!セラっ?」
軽く頬を叩いて呼びかけるが応えない。
「アレクシオ、代わって!」
後ろにいたキーラがやって来たので、場所を譲る。
俺も多少の心得はあるが、彼女は専門家だ。
任せよう。
数分程呼吸や体をあちこち診ていたが、何かわかったのだろうか、手を止め顔を上げた。
「右足の骨が折れているけれど怪我はそれだけね。眠っているだけよ。きっと疲労だわ」
…?
「急に気を失ったように見えたが…違うのか?」
話している途中で倒れたんだが…。
「子供はそんなものよ。きっと魔人を倒したことで緊張の糸が切れたのね。無理をさせてしまったわ…」
そう言いながら足の治療を始めている。
あの最初の一撃が原因だろう。
とは言え。
「まあ、命に別状が無いんならそれでいいか…」
お嬢様やエレナから説教は食らうかもしれないな。
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さて、セラの治療はまだ時間がかかるようだしどうしたものか。
辺りに魔物の気配は無いし、さすがに2体目の魔人は出たりしないだろう。
目が覚めるまで待つか、それとも帰還をするか。
「アレクシオ、マリーダ、お前たちはここで2人を守っていてくれ。ミーア、もう動けるな?俺達はセラの倒した魔物の処理を行おう。それまでに目が覚めていたなら問題無いし、そうでなければ担いでいけばいい」
どうするか迷っている間にルバンが方針を決めた。
この決断の速さ。
流石は二つ名持ちだ。
「わかった。そっちは任せる」
返事を聞くと2人はセラの戦っていた場所へと走っていった。
あの様子ならミーアの傷も問題無いのだろう。
先程までの魔人との戦いを思い出す。
体力、筋力、どちらも上級妖魔種に匹敵し、そして更に頑強な武具に身を包み、高い技術までも持っていた。
それでも何とかパターンを見つけ、オレが囮になることで隙を作りだし、ルバンの魔法で足元の地面を砕き、そこをミーアの加護を発動した一撃で崩し膝をつかせることに成功した。
だが、そこから止めを狙ったミーアがカウンターを食らい、逆にこちらが決め手を欠いた状態で徐々に追い詰められていった。
まさか上半身が180度捻じれるとは思わなかった。
油断とは言えないが、魔物と同じ生物と考えたのが甘かった。
もちろん立て直しさえできればまだまだ戦えたが、セラの今の状況を考えると【祈り】も早々に切れ、いずれ破綻していたかもしれない。
あいつの体力を考慮していなかった。
初手で撤退させギルドに救援を求めるべきだった。
「……シオ、アレクシオ!」
「ん?あ、ああ…どうした?」
いつの間にかマリーダが近くに来ていた。
反省するのはいいがそっちに気を取られ周囲の警戒をおろそかにしてしまってはいけない。
普段ならしない様なミスをしている当たり、俺もまだ平静じゃ無いようだ。
「キーラが診ているし、あの子なら大丈夫だよ。それより、コレ」
彼女の後ろを見ると魔人が使っていた、盾と棍棒が置いてあった。
中身や鎧は消滅したが、その2つは残っていた。
ミーアの一撃やルバンの魔法すら弾いてなお、傷一つ付かなかったことから考えて、恐らく高純度の魔鋼製だろう。
棍棒は三角錐を逆さにしハンドガードが付いた様な形で長さは1メートル程。
重さもあり、対人、対魔物どちらでも使えそうだ。
盾は、帝国の重装兵が持つような子供の背丈ほどもある大楯だ。
体の大きい魔人が持つとそこまで違和感が無かったが、改めてみると大きい。
「あんたのメイス、ミーアが折っちゃったし貰っちゃえば?」
「あれも魔鋼の合金製なんだがな…折れるとは思わなかった。まあ、これも魔人討伐の証明だしギルドに提出するべきだな」
自分が盾に専念し使わないことから、打撃力を重視し俺のメイスを渡していたが、この棍棒と打ち合い、砕けこそしなかったもののへし折れた。
嘘だろ…?と、戦闘中とはいえ思わず呆然としてしまった。
「魔人かー、3人は討伐隊に参加したことあるけれど、私は初めてだったんだよね。あそこまでとは思わなかったよ……」
「以前戦ったのよりもずっと強かったわ。王都ダンジョンだからかしらね?」
マリーダのボヤキにキーラが答えた。
治療が終わったんだろうか?
「終わったわ。傷はもう無いけれど、まだ起きそうにないしこのまま寝かせておきましょう」
視線を察したのか、セラの状況を教えてくれた。
「そうか。なら後はどうやって運ぶかだな。【浮き玉】もそこそこ重さがあるし…ん?」
魔物の処理に向かった2人が近づいてくるのがわかった。
何か大きなものを手にしているが、遺物か?
「片づけてきたぞ。そっちは…まだ起きていないか」
「ああ。それよりそれは、オオジカの角か?」
遠目だとわからなかったが、近くで見ると何かの角のようだ。
この階層で出る魔物でそんなのを落とすのはオオジカだけだ。
もしそうなら、今回の探索の目的も達成したことになる。
「彼女には頭が上がらないな…。さて、どうする?今は魔物もいないし移動を開始したいが、行けるか?」
「ああ。魔人の遺物は俺が持とう。盾も背負えば何とかなる。ただ、セラはどうする?【浮き玉】もあるから2人いるぞ」
「そうだな。キーラ、背負ってくれ。その【浮き玉】か?それはマリーダが、先頭はミーアが。アレクシオは2人についてくれ。俺は間に入る」
ルバンの指示に3人は頷く。
俺も問題無い。
「よし、さっさと帰ろう」
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