第17話

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「うるさいわね…」


領地の学校と違い、ここは貴族学院。

単純に勉強をするところでは無く、社交やマナーも学ぶ場だ。

走ったり大声を上げたりなどはもっての外。

担当教官に見つかったら叱責されるだろう。


にもかかわらず先程から何やら男子たちが騒がしい。

何となしに耳に入ってくる内容から、訓練所に誰かが来ているようだが…。


「誰が来ているのかしら?」


「訓練所でしょ?他国の騎士が来ているとは聞いていないし、中央軍の方かしらね?」


騒ぎこそしないものの女子たちも気にはなっているようだ。


「お嬢様」


エレナが早歩きで近寄ってきた。

よほどのことが無い限りは教室には入ってこないはずなのだが…その顔は何なんだろうか?

困惑している様子がわかるが…。


「御館様とセラが訓練所に来ています」


…ああ。


「そういえば昨日セラを連れて行くと言っていたわね…。それじゃあこの騒ぎはあの子かしら?」


貴族学院は王宮の敷地内にある。

そして騎士団の本部や訓練所もだ。

それぞれ隣り合っており、訓練所は学院内からでも見える。


セラが来ているという事は【緋蜂の針】を試しているのだろう。

生徒の家でも男爵家以上ともなれば恩恵品を持っている者はいるだろうが、そうそう気軽に見れるものでは無いし、まして子供が使っているとなればこの騒ぎもわからなくもない。


「まあいいわ。エレナ、行くわよ」


おじいさまが一緒とは言えあまり放っておくのも良くない。


「セリアーナさん、どちらへ?」


「訓練所へ。おじい様と私が面倒を見ている子が来ているようなので、顔を出そうかと」


友人の問いかけに応える。

それを聞いた彼女たちは、まあ、と顔を見合わせている。

気になっているようだし誘った方がいいだろうか?


「よろしければ皆さんも一緒にどうかしら?」


「是非。ご一緒させてください」


周りから自分も、自分もと集まりあっという間に10人ほどになった。

王都はダンジョンこそ危険度は高いが周辺は常に騎士団が見回りをしており魔物も野盗も出ない。

その際に死骸の処理もするからアンデッドも湧く事が無い。

ああ…だから先日あれほどの騒ぎになったのか…。


外もだが、もちろん街中の治安もいい。

国内の騎士が研修の一環として常に見回りをしているから、窃盗程度の軽犯罪はあっても殺人や人攫いといった重犯罪はめったに起こらない。

良くも悪くも刺激が無い街だ。

皆退屈していたのだろう。

祖父やその友人の気持ちが少し理解できた。



訓練所に着くといくつか並ぶ的の中で1つだけ粉々に砕かれている物がある。

その前に立つ小さい人影。

まだ離れているがメイド服に赤い靴と一目でわかる。

セラだ。


「まあ、ユーゼフ総長様だわ」


「本当だ!近衛隊長のゼロス様もいるぞ!」


セラから少し離れた所に祖父を始め何人か集まっているが、皆が言ったように騎士団総長や近衛隊長の姿まである。

総長たちはともかく、中にはミュラー家とは違う派閥の者までいる。

友人同士の付き合いを咎めるつもりはないが…、恩恵品の試用に立ち会わせるのはいかがなものだろうか。

全く何をしているのだか。


「おじい様」


「む?おっおお…セリアーナか」


祖父も周りも少々気まずそうだ。

マナー違反を自覚しているのだろう。


「随分とお楽しみのようですね?」


「あ…ああ。うむ…懐かしい顔を見たのでついな…」


「それは大変結構ですこと」


その辺の話はまた後だ。

とりあえずセラを呼ぼう。


「セラ」


反応が無い。

崩れた的の前で俯いているが、怪我をした様子はない。

考え事だろうか?


「セラ…セラ!」


聞こえてないのだろうか?


「セラ」


「ちょっと待って」


近づき強く呼んでみるが誰に呼ばれているのか気づいていないようだ。

仕方ない。


「セラ」


耳を引っ張りながら呼ぶとようやく顔をこちらに向けた。


「…お嬢様じゃん。何すんの?」


全く…おじい様もだがこの子も困ったものだ。


42


あーん。


「はい」


もぐもぐ。


「はいお茶」


ごくごく。


……。


「はい」


飲み込んだのがわかったのか、またフォークに刺したパイを差し出されるので大人しく口にする。


訓練所でセリアーナとバッタリ出くわしたことで【緋蜂の針】の試用はお開きとなった。

セリアーナはじーさんたちとどっかに行ったが、丁度昼時という事もあり俺は学院の食堂へ連れていかれた。

その際ついつい逃げようとしてしまったのがいけなかったのかもしれない。

エレナの膝の上に拘束されている。

王宮の敷地内だし、好き勝手動かれるわけにもいかないだろうし仕方ないか。


「あら?口に合わない?」


少し食べるペースが遅いのを気にしたのかエレナが聞いてくる。


「いや、美味しいよ」


美味しいんだよ?

流石お貴族様が通う学院だけあって、日本の味を知る俺でも美味しいと思う。

多分ベリー系の果物だと思うが、果実の酸味とクリームの甘味に生地の食感とバランスが取れて、とても美味。

紅茶ともよくあっている。

ただ、何というか俺にとってこういう甘い物はデザート、スウィーツなんだ。

食事に甘い物ってのは何か慣れない。

そういえば果物のソースとかも苦手だったな…。


それにしても…この食堂かなり広い。

周りを見回すと内装も凝っている。

今食べているものだって安くないはずだ。

俺たち以外は他に数人しか利用していないが、俺がいていいんだろうか?


「どうかした?」


「ここオレが使っていいの?」


「ああ…ここはね、生徒の関係者も利用できるの。この席はミュラー家とその関係者が利用できるわ」


「関係者もなんだ」


「ええ。王都に出てきた領地の人間や付き合いのある家との交流にも利用したりするの。特に来月からは外国の生徒たちも入って来るから、活発になるわ」


「へ~…」


なるほど…。

どうにも学校というと大学は別としても、部外者はお断りってイメージがあったが、この世界は違うのか。


ちょっとメニューは気になるけど近づくのはやめとくのが無難かな?と考えていると扉の方から話し声が近づいてきた。


「ん?」


「お嬢様達みたいね」


奥の方の席に座ってるのに聞こえてくるとかでけー声だな!



セリアーナが隣に座り、向かい側にじーさんと訓練所で一緒だったおっさん達のうちの2人が座っている。

俺は変わらずエレナの膝の上。

おっさん達は結構有名な人らしく、遠巻きにこちらを見ている生徒達がいる。

この状況で話をするんだろうか?


「セラ、そちらが騎士団総長のユーゼフ・ラバン男爵で、こちらが近衛隊長のゼロス・オーガン準男爵よ。訓練所で顔は合わせているわね?」


「うん…じーさんと一緒にいた人達だね」


…組織図は知らないけど偉い人なんじゃなかろうか?

いや…爵位とかじゃなくて、肩書が。

あれこれやましい事のある身としてはあまりお近づきになりたくないんだけど…。


「王都にいる間に機会があればお前を紹介しようと思っていたのだけれど、おじい様が気を利かせてくれたのね。よかったわ」


うん…全然そんなこと思ってないってのはわかるよ。

じーさん達もそれを察してか目が泳いでいる。


「ミュラー家やゼルキス領と関りが無いのに、おじい様個人の伝手でまだまだ効果が判明していない恩恵品の試用を見に来てくださったのよ?お礼を言っておきなさい」


言えって事か?

じーさん達を見るが目をそらしている…。

エレナを振り返ると頷いているし、いいんだよな?


「ありがとうございます」


セリアーナを見ると、にんまり、といった感じの笑みを浮かべている。


「いやいや、こちらこそ得難い場に立ち会えた。別の場で必ずや返礼を…」


「まあ素敵。何を頂けるのか楽しみにしておきますわ。セラ?」


なるほど、これ貸しにしたかったのか。

【緋蜂の針】の価値を考えると、なんか吹っ掛けそうだな。

じーさんもグルなんだろうか?


「セラ、おじい様には直接おねだりしていいから欲しい物を決めておきなさい」


ちげーのかよ…じーさん。

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