第18話

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早いもので春の2月のもう半ば。

ポカポカといい陽気だ。

外国からの商隊も多く入ってきており、街に人があふれ王都全体が活気に満ちている。

この時期は今までだと孤児院に新しく入ってきた子供達の世話や出て行ったぶんの整理やらなんやらで、ドタバタして季節を感じる余裕なんてなかったが、いいものだ。


先のアンデッドの件も落ち着き再びダンジョンに潜るようになって、聖貨もだが手持ちの現金も増えてきた。

【浮き玉】を使っての街の移動も自由に出来るようになったし、そろそろ露店巡りなんかにも挑戦すべきだろうか?

鼻歌なんぞを口ずさみつつ、浮かれ気分でギルドに入っていった。

少々緩んでいるかもしれないが、今日は探索ではなくちょっとしたお使いだ。

偶にはいいだろう。


「なんでだよっ!」


「ちゃんと許可証はあるだろうが!」


中に入り少し進んだところにある受付。

そこを通ったらダンジョン入り口のある地下への階段がある。

更に地下にも受付があり、そこではむくつけき冒険者たちが偶に窓口の人間と揉めていることがあるが、それだって解体の手順や、優先順位といった場合で割とすぐ双方落ち着く。

ここは依頼だったり、申請だったり事務的な場で揉めるような場所ではない。

通うようになって1月程度だが、今まで一度もそんな場面に出くわしたことはなかった。


栄えある一回目が今日のようだ。


顔見知りになった冒険者達に挨拶をしつつ受付へ近づいていくと、10人位の子供の姿が見えた。

装備なんかはきっちりした物を付けているが、多分12~3歳位だ。

探索の資格は基本的に14歳からだから、ギリ足りなそう。

それで揉めてるのかな?


「ダメなもんはダメだつってんだろうが!ぶっ殺すぞクソガキども‼」


しばらく食い下がっていたが、いよいよブチ切れたのか窓口のギルド員が怒鳴り声をあげている。

確かあのおっさんここの受付の部門長かなんかで所謂幹部。

偉い人だ。

それを相手にここまで粘っているのはなかなかガッツがあるが…。


「おらっいい加減どけ!他の邪魔だろうがっ‼」


と、俺の方に目をやりながら追っ払おうとする。

それに釣られ彼らもこっちを見てくるが…。


「なんだよっ!俺達よりも年下じゃないか!何で俺達がダメなんだっ‼」


更にヒートアップ。


「うっせぇんだよ!そいつは貴族の使いだ!絡むんじゃねぇよ!おい中に入れ。そっちで話すぞ!」


「…は~い」


ダシにされた感じはするが、ここで話をする気にもならないし従おう。

そう決め、睨んでくる彼らを無視し中に入っていく。


受付の脇のドアから入り両側に扉が並ぶ廊下を10メートル程だろうか?まっすぐ進み一番奥の部屋に入る。

商談とかで使うのは知っているが、入るのは初めてだ。

中は普通の来客用の部屋って感じで、ちょっと銀行の商談室を思い出す。

部屋の中に入ると先に入ったおっさんがドサッとソファーに座り込む。


「ふう…いい加減しつこくってな、悪かった」


「いいよ。それに今日はダンジョンじゃなくてお使いだし」


そう言い手紙と書類を渡す。


「あ?なんだ本当にそうだったのか。どれ貸しなっ」


内容は簡単にだが聞いている。

魔物の皮と遺物で出てくる角や爪で、どちらも上層で採れるらしい。

量が必要って事で、俺やアレクではなく、ギルドに依頼することにしたそうだ。


「は~ん…こいつは装備でも新調するのか?結構な数になりそうだが…」


「ん~?詳しくは知らないけど「ラギュオラの牙」がウチに来るから、それで開拓村とかの編成を少し変えるとかは聞いたよ?」


本当はセリアーナの新領地へ組み込むためだが、これはまだオフレコだ。

適当にそれっぽい事を言い誤魔化す。


「ああ…アイツら持って行かれるからな…」


そう力なく呟き背もたれにもたれかかる。


「何?お疲れ?」


普段挨拶程度で話すことはないけど、何かあったんだろうか?

ダンジョンで何か起こったとかは聞いていないけれど…?


44


「ああ…まあ、大したことじゃねぇんだがな」


まあ聞け、と一拍置いて話し始めた。


「春の1月は、学院に通う為他国の貴族達がやって来るんだ。騎士や傭兵、冒険者なんかを護衛に連れてな。商人達もそれの後ろについて来るんだよ。数が多けりゃ盗賊なんかも手を出しづらいし、貴族御一行が側にいるとなりゃ尚更だ」


ほうほう。

そういやセリアーナも毎日どこそこの国の誰それとパーティーだとかで出かけている。


「で、だ。その護衛の傭兵や冒険者達は王都に着いた時点でお役御免だ。そして今度は王都のダンジョンで一稼ぎする…毎年の事だな」


天井を仰ぎ見ながら呟いている。

何だろうか?

うんざりしているのが伝わって来るけれど…。


「ウチや同盟加盟国はダンジョンを国内に多く持っているが他はそうでも無いんだ。だから西側の国はこの時期に貴族の子弟や商家の3男4男あたりを東側に一緒に連れて行き経験を積ませるんだ。こっちも紹介状がありゃ一応受け入れる」


この国でもそんな感じだね。

歳が足りてなくても、指導役を連れて行くことで。

何とも歯切れが悪いね?


「さっきのガキどもの格好見たか?」


受付で揉めてた子供達だろうか?


「うん。しっかり武装してたと思うけど…?」


俺なんてアイテムこそ装備しているが、未だにメイド服だぞ?

武具の良し悪しはわからないが、よっぽどまともだと思う。


「何かあったの?」


「学院にいくつかの国の王族が入学しているんだよ。わざわざ公表するような事じゃないが、貴族だったり目ざとい商人は知っているからな。お近づきになろうって事で、歳の近い子供を送り込んで来ているんだ。

聖貨を得て、よしんば当たりを得て使うことが出来れば、加護や恩恵を手にすることも夢じゃないからな。もしそうなったら一気に取り立ててもらえる可能性もある」


「ほうほう」


「貴族のガキはまだいいんだ。何だかんだで言うことを聞くからな。ただ平民のガキはな…なまじ訓練を積んだりして変に自信を持っちまってるから言うことを聞かねぇ」


「あぁ…ゼルキスでもそんなこと聞いたね」


「だろう?それでも例年なら2~3発ぶん殴って大人しくさせてから浅瀬の荷物運びからやらせてはいたんだ。1年かけて10人に1人位、1枚手に入れられるかどうかって割合だし大したことはないがな。ただ今年はな…、ガキ用の武具なんて基本的に無いんだよ。貴族が趣味で作るくらいだ」


「ふむ?」


確かに服にしたって既製服とか無いし、街で見る子供の服は手直ししたお下がりだった。

そう考えると子供専用ってのはこの世界あんまり無いのかもしれない。


「受付での話に戻るが、サイズはピッタリだったろう?ありゃ特注だ。何が何でも取り入ってやろうってのが伝わって来るぜ…」


「言う事聞かんって事なのね…」


「そう言うこった。外で勝手に死ぬのはいいがダンジョンで死なれるわけにゃいかねぇからな…。この調子だとまだまだ増えそうなんだよな~…」


ギルドは国営だ、いわば公務員。

いやはや大変そうだ…。

まぁ、少しくらいなら愚痴を聞いてあげよう!



「……悪かったな時間取らせて」


「まぁ、昼御馳走になったし許してあげるよ……」


昼前に来てもう夕方だ。

夕焼けが目に染みる…。

わざわざ見送りに来てくれているが、長い話だった。


「依頼の品は順当に行けば2ヶ月かからないくらいで集まるはずだ。詳しい事はそれに書いてあるから渡しておいてくれ。落とすなよ?」


「ほいほい」


依頼の受領書を預かっているのだが、直接手に持っている。

…バッグ買おうかな。


「ああそれと」


帰るべく【浮き球】の高度を少し上げたところで、待ったとばかりに話が続けられた。


「お前の事は冒険者はもちろん街の連中もだいぶ知っているが、他国の連中も知っているはずだ。大丈夫とは思うが、もし絡まれでもしたら出来れば手を出さずに逃げてくれ。お前んとこのお嬢様に言ってくれりゃ片付けてくれるはずだ」


これまた何とも言えないタイミングで、何とも言えない話を…。


「……わかった」


「おう。悪いな!」


こいつ…狙ってたな?


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「おい!そこのメイド!」


ギルドから出て屋敷のある貴族街へとふよふよ進んでいると、唐突に呼び止められた。

色々あってそれなりに俺の事はもう知られている。

ミュラー家の人間であることもだ。

だから、この街で俺に対しこんな風な口の利き方をする人間はいないはずなんだが…。

とは言えこの辺をうろつくメイドなんて俺くらいだろうし人違いってことはないだろう。

不思議に思いながら振り向くと、ギルドにいた子供達だった。


子供達って言っても結構デカいが…。

それでも大人に比べると背はあってもまだまだ細い。

にもかかわらず、ギルドで聞いたように体に合った装備。

改めてしっかり見てみるとよくわかる。

冒険者ギルドに出入りするようになって多くの冒険者を見てきたが、手入れこそしているだろうが、傷やへこみ、汚れはあった。

それに対して綺麗過ぎる。

素材はわからないが、皆革製の鎧を付けている。

それも傷一つない新品同然の。


なるほど特注品だ。

その割には紋章が入っていない。

貴族やその関係者なら紋章を入れてあるはずだ。

俺もメイド服の胸にミュラー家の紋章を入れてある。

てことは金のある平民。

こりゃめんどそうだ。


「話がある。ついて来い」


俺は無い。


ついてきて当然といった様子でこちらの返事を待つことなく背を向け歩いていく。

同じく俺も背を向け去って行く。


「あっ⁉おいっ待てっ‼」


俺がついて来ていないことに気づいたのか、追って来るがもう遅い。

普段は【浮き玉】で移動する際は人の頭程度の高さにしているが、そこから1メートル程さらに高度を取っている。

声から追って来ているのはわかるが、仮に追いつかれても手は届かないだろう。


無視してさっさと帰ろう。



「ただいまー」


「遅かったわね」


屋敷に帰り報告にじーさんの部屋へと訪れたが、勢ぞろいだ…。

アレクもいるし何か報告しているようだが、何かあったんだろうか?


「何かあったの?」


「ふむ…いや、先にお前の報告からにしよう。依頼はできたか?」


「うん。大体2ヶ月くらいあれば揃うと思うって。はいこれ」


依頼の受領書を渡す。

内容は見ていないが、金額やら詳細が記されているんだろう。

問題無かったのだろうか、見ながら満足そうな顔で頷いている。


「あ、そうだ!」


ギルドでも言われたし、あの連中のことを報告しておかねば。


「どうした?」


「どこの国のかは知らないけど、冒険者ギルドで揉めてた子供たちがいたんだけどもね?帰りに絡まれたんだよね。相手せずにお嬢様とかに報告しておいて欲しいって言われたから無視して来たけど」


「揉めるって事は14歳未満なのかしら?どこの家かはわからないの?」


「らしいね。紋章とかつけてなかったし多分平民だと思うよ?今年はどこかの王族が来てるとかでこういうことが増えたって延々愚痴られた」


「ふむ…。確かに今年は3ヵ国から王族が来ておるな。わかった、上へ伝えておこう。各国大使から警告があるはずだ」


「私も学院で伝えておきますわ」


3ヵ国もか…。

同盟って5~6国あるんだよね?で、そこに西方諸国の王族、貴族がそれぞれの国に留学するようになっているはず。

それなのにメサリアに3ヵ国もの王族が来るのか…。

そりゃ取り入りたいって連中は気合が入るってもんだろうね。


「報告は以上か?」


「うん。戻っていいかな?」


思ったより時間かかったけどお使い終わりだ。

部屋に戻ろう。


「待ちなさい。アレクから話があるわ」


珍しいなと思いつつもアレクの方を見る。

何だろう?


「明後日だが、上層に行かないか?お前も同行して欲しいと言われているんだ」


上層⁉


「私は構わないと思うわ。お前が決めなさい」


セリアーナを見るとそう言ってきた。

マジか…王都ダンジョンの上層…。


「行きたいっ!」


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「ルバンって知っているか?」


上層への誘いに乗っかったはいいが、ゼルキスですら行った事が無いのになんでまた?と思い聞いてみた。


「ルバン……ってプロフェッサー?」


プロフェッサー・ルバン。


ダンジョンもだが魔境の探索でも多くの功績を上げて、確か士爵かなんかの爵位も持っていたはず。

まだ若いのに魔王種の討伐も何度か成功している。

SだのAだのわかりやすいランクは無いが、メサリアどころか同盟内でも屈指の冒険者の一人だ。

戦闘能力はもちろんだが、調査や研究でも高い能力を発揮し、いつの間にやら「プロフェッサー」という二つ名がついたとか。

見た事は無いけど冒険者ギルドでもよく話を聞く。

パーティーを4人で組んでいるそうだが、他の3人は女性でおまけに美人なハーレムパーティーらしい。

妬ましや…。

1度見てみたかったのだが…。


「そう、そのルバンだ。実験に使う素材で上層の遺物が必要らしいんだが、たまたま組む相手が見つからなかったとかで、俺とお前を指名してきた」


「アレクはともかくオレも?」


俺も多少知られてきているし、それなら誰かと組むのには向いていないってわかりそうなもんだけど、どういう事だろうか?


「盾の俺と、上から索敵のお前。一応戦力として当てにしているんだろうが、本命は売込みと見定めだろうな」


「売り込みはともかく見定めって…?」


それこそ何で俺が?ってなる。


「どうもお嬢様の結婚や新領地の事を掴んでいるみたいだ。それに向けてだろう。エレナは王都でも知られているが、俺もお前も無名だろ?後々の事を考えると、重臣になる俺たちの事を知っておきたいんだろうな」


「そうでもないならミュラー家の紋章や名前を使わせないわよ?」


唖然としている俺を見てセリアーナが補足してくる。

マジかよ…。

いや…2人はともかく俺までとは考えもしなかった…。

食客というかお抱え冒険者的立ち位置に落ち着くと思ってたが…。

でも悪いことでは無いよな?


「まあ、そういうわけだ。あいつも爵位を持っているが、上手くいけばさらに上を目指せるだろうからな。メンバーに貴族がいるから結婚を考えると、この機会を逃したくないんだろう」


「は~ん…」


まぁそこら辺は俺には関係のない事だ。

上層と、トップクラスの冒険者の実力を見させてもらおう!



そんなこんなで探索当日。

アレクと共に待ち合わせ場所の冒険者ギルドの貸出室に向かった。

この部屋の存在を初めて知ったが、複数のパーティーが打ち合わせをする際に中立の場って事で使われるらしい。

まだまだ知らないことでいっぱいだ…。


「ルバンだ。今日はよろしく頼む」


そう言い左手をアレクに差し出し、握手をしている。


部屋には既にルバン達が揃っており、早速挨拶を済ませた。

神経質そうなのを想像していたが、中々爽やかで気のいいにーちゃんである。


装備は剣に革製の鎧を付けている。

パーティーメンバーも1人は鎧ではなくジャケットだが全員軽装だ。

確かにこれなら攻撃を受ける役が欲しいのもわかる。


「今回の目標は上層中頃のオオジカの角だ。それを1本手に入れたい。まず上層まで一気に駆け抜ける。俺達なら大丈夫だろう。上層に着いてからは、基本的にはそれぞれ1体ずつ仕留める。オオイノシシやオオグマあたりの大物が出た時はアレクシオ、お前が盾を務めてくれ。セラ嬢は上からの索敵だ。魔物の群れや他の冒険者との衝突に気を使って欲しい。出来るかい?」


「問題無い」


「オレも大丈夫ー」


結構説明が丁寧だ。

他の冒険者が即席で組んで、「よし行くぜ!」「おう!」って感じのを何度か見たけど、ちょっと違うな。


「報酬はそれ以外の遺物を売却し、その代金を俺達とそっちで半々だ。聖貨は獲得した者がそのまま得る。どうだい?」


「ああ。それでいい」


俺達2人だけどいいんだろうか?

俺がずいぶん楽をしている気もするけれど…。

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