第15話
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「セラ、アンデッドの話が落ち着くまでダンジョンは控えなさい。お前に非が無いのはわかるけれどこんなことが何度も有っては困るわ。お前もそうでしょう?」
そりゃそうだ。
しゃーないけど大人しくしておこう。
「はーい」
「結構。それじゃあ、探索の事を聞きましょうか。あと1枚と言っていたけれど、どうなったのかしら?」
帰りに思わぬ事態に遭遇してしまったけれど、しっかりとゲットしてある。
「ふっふっふ!ちゃんと1枚手に入れたよ!」
「凄いじゃない。聖像ならここにあるし、使ってしまいなさい」
じーさんの机の後ろに俺が持っているのと同じ、小さい聖像がある。
ゼルキスの屋敷には礼拝所があったが、さすがに王都屋敷には無いようだ。
「部屋に置いてある分取ってくるね」
そう言い執務室を出て与えられている部屋に向かう。
聖貨を始め色々な物を【隠れ家】に突っ込んであるが、まだじーさんに伝えてないからこういう小芝居が必要になる。
大した手間じゃないが、隠すって事は何か考えがあるのかもしれない。
◇
「ただいまっ!」
聖貨を用意し執務室に戻ってきた。
部屋の中を見ると、壁際の棚に置いてあった聖像が机の上に移動している。
動かしたのはじーさんだろう。
来たばかりの時に【祈り】の事で少し話したが、アイテムやスキルの考察は騎士や軍人上がりのご隠居達にとっては、結構な娯楽らしく楽しみにしていたようだ。
「1月そこらで10枚か…。もしやとは思っておったが、大したものだな」
はて?
「あら?おじい様はセラに何か才能を感じていたのですか?」
セリアーナも疑問に思ったようだ。
多少砕けた会話はしたが、突っ込んだ内容では無かった。
となると、歴戦の武人に響く何か隠れた才能でも…!
「聖貨は弱者こそ得やすいという説がある」
…弱者?
「要は魔物との身体能力、魔力それらが差が大きければ大きいほど得やすいというものだ。とはいえ、それを試すのは説が正しかろうと間違っていようと碌な事にはならん。昔の事だが西でまさにお前のような子供の部隊に戦わせるという事を実行した国があってな、全滅し結果ダンジョンを崩壊させ街を潰し、挙句に混乱していたところを帝国に国ごと掻っ攫われた。それもあって、私たちの代でその話は止めてある」
「な…なるほど」
そうかー弱者かー…確かにアイテム無しならゴブリン相手でも死闘を演じる自信あるし…まあ弱いな…。
俺運が良かったなー…。
「まあこの国ではそれは起こらん。さ、早く聖貨を」
少し強引な話の切り方だと思うが、セリアーナの方を見ると彼女も頷いている。
流して先に進めって事だろう。
では、仕切りなおして聖貨を取り出し、聖像の前に立つ。
聖貨を両手に乗せ、聖像に捧げる。
体が光りドラムロールが鳴り響く。
これで6度目。
もう慣れたもので、この状況でも我ながら冷静だ。
前回のガチャの時は、遠距離攻撃を求めていた。
結果は【祈り】。
回復効果ありのパーティー全体バフスキルと考えると強力極まりないし、今回俺が何とか無事だったのもこれのおかげでもある。
魔鋼は別としても、アイテムの【隠れ家】【浮き玉】【影の剣】どれも役に立っている。
あんまり工夫しても関係が無いのかもしれないし、今回は無心で行ってみよう。
目を閉じ浅く呼吸をする。
部屋にいる3人の視線を感じる。
うむ。
感覚が研ぎ澄まされているのが自分でもわかる。
これは…来ちゃうなっ!
無…
無……
むむむ…
ふんっ!
カっ!っと目を開きリールを止める。
眼前に何か細長い紐の様な物が浮かんでいる。
頭に浮かんだ言葉は【緋蜂の針】
…針?
……針?
なんだこれ?
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「…それは何なの?」
浮かんでいた紐をとりあえず取り、眺めては見るものの何なのかわからず困惑する俺。
それを見てセリアーナ達が近づき覗き込んでくる。
「【緋蜂の針】だって。…紐だよね?」
紐だよな?
20センチくらいの長さで赤と黒のストライプ。
…ミサンガ?
「とりあえず開放するわ。貸しなさい」
そう言い手を出してくる。
そう言えば所有権は一応セリアーナにある事を思いだし、紐を渡す。
むう…聖貨10枚…。
受け取った【緋蜂の針】を触ったり引っ張ったりと、ひとしきり触った後、机の前から応接スペースのソファーに移り開放する。
横に座りそれを見ていると、【緋蜂の針】を持った手が光り始めた。
【緑の牙】はナイフに【赤の盾】はかっこよくなったし、これもきっと何かに変化するはず!
「……何?」
光が消え変化を終えた【緋蜂の針】を見るが…何だろうか…やっぱり紐?
よく見ると変化はある。
先にリングが付き、素材が金属になっている。
赤と黒の鎖を編み込んだような物だ。
「これは…腕に巻くのかしらね?」
長さを考えると少し長いが、ネックレスやチョーカーには少し短い。
やっぱ腕だろうか?
「いや、足だ」
どう使うんだろうね?とエレナも交え3人で悩んでいると、じーさんは何か確証があるのか断言した。
神に代わり罪を裁く【断罪の長靴】というメダリア神国の国宝にして、メダリア教の神器がある。
国家間の紛争や、王族貴族といった権力者の裁判に用いられることがあり、無罪の場合は何も起こらず、有罪の場合は激しい痛みに襲われ、命を落とす事もある。
各国が多額の献金をしていたり、布教を認めているのはこれの使用を避けるためでもあるらしい。
ちなみに使用法は、メダリア教の聖女が履き、踏みつける事らしい。
…何そのプレイ。
「昔1度だけだが見た事がある。ルゼルと帝国の貴族が揉めた際に使われた。一方に非があるとは言えん状況だったが、裁きを受けたのはルゼル側だった。そういった力があるのかと思っていたが、これがそうなら恐らく任意に発動できるのだろう」
なるほど、実際に見た事があるのならそうかもしれない。
「話には聞いたことがありますが、これがそうなのですか…?」
「発動時と形は違うがその赤と黒、そして緋蜂。間違いない」
エレナの疑問に答えているが、緋蜂…?
何かあるんだろうか?
「そういうことね…まあいいわ。セラ、足を出しなさい」
「ほい」
どういうことかわからないけど、よいしょと右足を持ち上げた。
セリアーナはその足を掴み自分の膝へ置き、足首に【緋蜂の針】を巻いた。
「お?」
大分余裕があったのが【影の剣】と同じように縮み、足首にピッタリ巻きついた。
「やはり足につけるものなのね。それじゃあ発動して頂戴」
「ぇぇぇ…」
簡単に言うけどそれが難しいんだ。
剣とか盾なら使い方は想像つくけど、何だよ緋蜂って。
教会で使われる【断罪の長靴】は踏みつけるのに使うんだよな…。
踏む。
ふむむ…。
女王様とお呼びっ!
なんてね…。
「うぉっ⁉」
巻きついた足首に意識を集中しつつも、アホな事考えていたらまさかのビンゴだ。
サンダルを脱ぎ裸足だったのが、右足だけ膝まである赤いロングブーツになっている。
なるほど…長靴だ。
一見虫の殻を思わせる光沢のある硬い材質に見えるが、試しにピコピコ足首を動かしてみると、普通の柔らかい革製のブーツの様に動かせた。
セリアーナの膝から足を下ろし少し歩いてみるが、ヒールも高くなく中々歩きやすい。
うん。
いいブーツじゃないか。
はて?
そういえば赤はブーツとして、残りの黒はどこ行った?
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黒、クロ、くろ…。
ブーツをあちこち見てみるが、赤だけだ。
強いて言うならソール部分が黒に近い茶色だが、多分違う。
わざわざ色分けしていたくらいだし、あれも何か意味がありそうなんだけど…
「何をしているの?」
黒はどこだ?と探していたが、ちょっと変に見えたかもしれない。
「うん。赤はあるけど黒はどこかと思って」
「黒?…ああ」
それだけで伝わったのか、セリアーナはソファーから立ちあがり近づいてきた。
履いている自分じゃわからないけど、離れて見たらわかる様な所にあるんだろうか?
そのまま目の前まで来るなり、俺の服の裾を掴むなり真上に引き上げ足をペチペチと叩いている。
「⁉」
何でこのねーちゃん、人の服捲り上げるのに躊躇ないの…?
「お前、履いているじゃない」
視線を追ってみると俺の右足に向いている。
ブーツは履いているけど…。
「ぬ?」
スカートが膝下まであるから気づかなかったが、いつの間にか右足に太もも半ばまでの黒いタイツを履いている。
これか!
「あいたっ⁉」
体を前に折り、足を覗き込んでいるとペタペタタイツを触っていたセリアーナが抓ってきた。
「面白いわね、それ。お前の皮膚と一緒になっているわ」
マジか⁉
試しに触ってみるとひんやりとした触感が伝わってきた。
ゴムというよりエナメルに近い感じだろうか?
そして、タイツとの境目が無い。
引っ掻いても引っ張ってもずれたりせず、また、肌にダイレクトに刺激が伝わる。
【影の剣】の黒い爪はあくまで爪の上にあるだけだが、これは違う。
…これ脱げるよな?
「それは、元に戻るのかしら?」
ちょっと不安になってたところにさらに怖くなるようなことを言ってきおった…。
【影の剣】は外せば元に戻ったから、これもきっとそのはずだ。
ブーツを脱げば元に戻るはず。
このブーツデザイン凝ってる割に、紐もベルトも無いんですけど……。
「ほっ!」
ゴムの長靴を脱ぐ様に思いっきり引っ張ってみた。
「あ!脱げた!」
よかった…。
【緋蜂の針】はブーツから金属製のベルト状のに戻っていた。
何だっけ?足に付けるやつ。
アンクレット?
少しごついけどそう思えば悪くないかな?
「使い方は後で試すとしてだけれど…どうしようかしらね?セラ。お前誰か踏みたい相手はいるかしら?」
「いないよ…」
なんつー聞き方すんだ。
「私やエレナが持つには少し政治的に問題があるし…」
セリアーナもだがエレナも貴族だ。
これがメダリア教の【断罪の長靴】と同じものなら、2人が持つには色々問題がありそうだ。
「…アレクは?」
「無いわね。お前見たいの?」
「いや…見たくは無いけどさ」
そういうもんなの?
「おじい様は何か案はありますか?」
「ふむ。まず手放すというのはありえんな。今の立場では無理だが、お前が領地に戻って以降それがあるという事は確かな力になる」
ミュラー伯爵家ではまだ家格が足りなくても、順当に行けば王子様と結婚するし大丈夫なのかな?
「緋蜂の寓話に準えるなら、セラに持たせておくのが良かろう。使う使わないは別にしてどこか機会があれば人前で使わせておくといい」
「緋蜂の寓話って何?」
「魔王を刺した緋色の蜂よ。お前の持っている本にも載っていたはずだけれど…読んでいないの?」
「……えへ」
道中はずっとセリアーナの物語集を読んでいたからな~…。
「…そう。大陸全土で知られているけれど、教会の説法集にあるのよ。魔王を為政者に、緋蜂を教会に例えて、自分たちを権力者を正す者にしたいのでしょう。【断罪の長靴】と【緋蜂の針】が同じものならきっとそこから取ったのね」
へー…ってか【緋蜂の針】ってどえらいもんじゃなかろうか…。
国宝とか神器って扱いだし…。
それ俺が持つの?
殺されない?
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