第12話

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「ぬああぁぁぁぁっぁっ⁉」


【祈り】の発動に成功した2日後。

満を持してようやくダンジョンへ向かうことになった。


妖魔種しか出ないゼルキスのダンジョンと違い、ここ王都のダンジョンは妖魔、魔獣、魔虫と、とにかく何でも出てくるらしく、この大陸でも有数の高難度ダンジョンだそうだ。

ダンジョンの構成は他と同じ様に、浅瀬から深層までとなっているようだが、出てくる魔物の強さ、密度が桁違いで、浅瀬ですら他の中層に匹敵するらしい。

上から見ると少し離れた所で戦っているパーティーがいくつかある。


内部の広さもそう。

他のダンジョンの浅瀬は、高さと幅は精々4~5メートル程の所がほとんどだが、ここは高さは倍近くあり、幅に至ってはそれ以上だ。


「ひいいいいぃぃっ⁉」


アレクはゼルキスに来る前にこの王都のダンジョンに挑んだことがあったそうだ。

1人では何とか浅瀬の中頃まで。

パーティーを組んでも上層の手前まででそこから先は断念したらしい。


もちろん今とは腕も装備も違うが、それでもどれだけ厳しい場所なのかがわかる。


「あぅあぅっ…」


年間維持費もゼルキスが聖貨210枚に対し、ここは500枚を超えているらしい。

その為、まずダンジョンに入る許可を得るために聖貨を10枚支払う必要がある。

もちろん貴族だったり、その推薦があれば違うが。


ただ、それだけでもこのダンジョンがどれだけ難易度が高いか伝わってくる。


「…セラ、終わったわよ。降りてきなさい!」


そう。このダンジョンはヤバいんだ。


「…大丈夫か?」


へばりついていた天井から降りてきた俺を見ていたのか、若干アレクの声に呆れが混じっている気がする。


王都ダンジョンに入ってすぐの事だった。

壁を這う2メートルくらいの長さのムカデの群れが現れた。


前世での子供の頃の話だ。

ムカデに足を噛まれクッソ痛い思いをしたことがある。

それ以来、ムカデは駄目だ。

虫自体あまり好きではないが、ムカデだけは駄目だ。

そんな訳で、半べそかきながら天井へ逃げていたのだが…


「お…おう。超余裕!」


うん、余裕余裕。

むしろ気を抜くと笑い叫んでしまいそうだ。


「そうか…まあ、無理はするなよ?…ん?」


何かに気づいたのかアレクが動きを止め、前へ向き直る。

なんぞ?と思いそちらを覗くと何人か駆け寄ってきていた。

確か近くで戦闘をしていた冒険者たちだ。


「リード戦士団の者だ」


武器から手を放し、手を上げ名乗ってくる。

これはダンジョン内で死者を出したくないギルドが、冒険者同士の揉め事を避けるために根付かせた作法だ。

ゼルキスでは主に中層以降で使う機会があると教わったけど、流石王都ダンジョン…浅瀬でこれが見れるとは。

何の用だろうか?

近くではあったが、戦闘エリアが被る様な場所でも無かったはずだ。


「ミュラー家付きのアレクだ」


アレクも同じようにして返答している。


「ミュラー…ゼルキスか!……叫び声がしていたが…大丈夫か?」


俺の方を見ながら言ってくる。

…俺のが原因だったのね。


「ああ、こいつは魔虫が初めてで、驚いたようでな…。騒いで悪かったな」


「ごめんね?」


俺も一応謝っておこうと、ウィンクに横ピースで続いた。


「そ…そうか。まぁ何も無いならそれでいい」


そう言うと、リード戦士団の面々は元の場所へ戻っていった。

わざわざ俺の叫び声を聴いて駆けつけてくれたことを考えると申し訳なく思う。

もし彼らが困っている事があれば力を貸そう…。


「セラ…君本当に大丈夫?」


エレナが心配そうな様子で声をかけてくる。

アレクも同様だ。


まぁ、正直今の俺のテンションはちょっとアレなことになっている。

自覚はあるが、でも仕方が無い。


「ひっひっひ!」


変な笑い声をあげ、見せびらかすように2人の前に手を広げる。

何を?

もちろん、さっき手に入れた5枚の聖貨をだ。


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「お前…こっこれは⁉」


俺の手にある5枚の聖貨をみて、2人は驚愕の表情を浮かべている。


そうだろうそうだろう。

もっと驚いてくれ。

何もただ単にムカデにビビッて叫んでいたわけじゃ無いんだ。

コウモリにもビビっていたんだ。


ムカデから逃げるべく天井近くまで上昇していたのだが、そこをどこに居たのかコウモリの群れが襲い掛かってきた。

羽を広げたカラス位はあっただろうか?それが20数匹だ。

幸い速度はそれほどでも無く、【影の剣】を振るえば簡単に真っ二つにすることができた。

数こそ多かったものの無傷の勝利だ。


「オオコウモリが居たのか…」


「オオコウモリっていうの…?」


なんだその残念な名前。


「まあ、大きいコウモリとしか呼びようがないからな…。ただ気配は無いわ上から襲ってくるわで中々手強い相手なんだが、よくやれたな」


【祈り】は発動していたのだが、アレは多分筋力だけでなく、身体能力全般が上がるんだと思う。

動体視力や反射神経もだ。

この子供の体はテレビやゲーム等に触れておらず、視力が衰えていない。

それでも、あの数のコウモリの動きを見切る事は出来ない。

回復や筋力上昇だけなら俺にメリットは無かったが、これなら十分有用だ。


「ふふん!余裕だね!」



「おおおおおっ‼」


牛ほどの大きさのイノシシの体当たりを、アレクが雄叫びを上げながら【赤の盾】を構え受け止める。


更にその後ろから2頭のイノシシが突進してきている。

【祈り】の効果があってもさすがに厳しそうだが、どうするのか?


「セラ!アレクの正面をやって!」


指示を受けるべくエレナを見ようとすると、丁度指示が来た。

エレナはそう言うなり【緑の牙】を鞭状に伸ばし、イノシシの頭部に強く打ち付け牽制をしている。


攻撃を受けたイノシシは、それなりに衝撃があったのかたたらを踏んでいる。

今のうちにやれって事か。


「ほっ!」


上から急降下し、【影の剣】を頭部に突き立てた。

核を持つダンジョンの魔物は、頭部に赤い瘤の様な物がある。

そこの直線上に核があるそうだ。


上手く突く事が出来た!


「よしっ次だ!右を狙え!」


アレクは盾越しでも息絶えたのがわかったのか、そう言うなり後ろの2頭のうち右のイノシシに盾を構え突っ込んでいった。


「せいっ!」


動きが止まっているのならさっきと同じ要領で一撃だ。

核を貫き2頭目も倒した。

3頭目を…と左へ顔を向けると既にアレクが切りかかっていた。


…よくあんなデカい生き物に襲い掛かれるな。


残りの1頭は2人に任せ、俺は上昇し周囲を警戒する。


今いる場所は浅瀬の奥だ。

同じ浅瀬でも手前と違い、魔物の強さが違う。

一度に出てくる数こそ数頭程度だが頻度が高く、戦闘中に近くに出現し、さらに襲い掛かってくることもあった。

そのため残り1頭になったら俺は戦闘に参加せず、警戒に回ることになった。


周囲を見るが、魔物の姿は無し!

下を見るとエレナが首を貫いていた。

戦闘終了だ。


「お疲れ~」


声をかけながら2人の下へ降りていく。


「おう。お前もな。周りに魔物はいないか?」


「壁の向こうで戦ってるのはいたけど、この周辺は何もいないね」


「ふむ…今日はあくまで様子見だしな、戻ろう。エレナ、それでいいか?」


「そうね。【隠れ家】が使えるとはいえ余力は残しておいた方がいいしね」


倒したイノシシの処理をしていたエレナも話に加わる。


「休憩しなくていいの…?」


「ええ、問題無いわ。セラは疲れた?」


「いや、大丈夫だけど…」


俺からしたら【隠れ家】でコソコソしながら行った方がいいと思うんだけど、この世界の人間はアイテムはともかく、スキルは極力隠匿しようとする。

もしくは、派手に知らしめるかだ。


それにしてもダンジョンで周りに人が居なくてもそうなのか。

…タフだなー。


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「ふへ~…」


気の抜けた変な声が思わず漏れてしまった。


何度かの戦闘を繰り返し、ようやく外だ。

朝から潜って、まだ昼を少し回った位のはずだが…疲れた。


1体1体はそれほどでもないのに、複数で、更に途中で参戦してくるのもいて中々神経を使う。

特に俺の場合掠っただけでも致命傷になりかねない。

…なんでここでもメイド服なんだろうか?


「俺は遺物の売却を済ませてから帰るが、お前たちはどうする?」


核を潰した場合、稀に落とす遺物。

小さい魔晶だったり、魔素が濃縮している魔物の体の一部だったりと色々あり、それらは街の工房などで利用される。

一応個別に買取をしているそうだが、狙って出るような物では無いので効率が悪く、大体はギルドで一括で買い取ることが多い。


「王都での売買を見てみたいし、付き合うわ」


「オレもー」


ゼルキスでは一人で探索している時に何度か利用したことがあるが、折角だし覗いてみたい。


「わかった。ま、面白いもんじゃないがな…。こっちだ」


そう言って歩き出したアレクの後を追った。



ゼルキスのダンジョンは妖魔種しか出ないため、魔物の死体は全て核を潰すが、魔獣種や魔虫種は死体を利用することが出来る。

遺物と違ってこちらはギルドに部位を指定し、依頼を出している。

そのためあえて核を潰さずにダンジョンの外に死体を持ち帰り、解体し依頼にある部位を取り出し売却する。


「先に言ってよ…」


我ながらひどい顔をしていると思う。

油断していた。


いやすげーわ。


王都ギルド、サッカーコート位あるし妙にデカい建物だとは思っていたんだ。

その割に受付やダンジョンへ降りる階段は入口のすぐ側にあった。

その理由がこれか…。


魚河岸…?

大量の魔物の死体がごろごろ転がっている。

それも食用じゃない為、血も内臓も抜いていない。


つまり、臭い。


「…聞いてはいたけれど、酷い臭いね」


エレナを見ると、鼻と口を手で覆い顔をしかめている。


「俺は戦場を経験しているし、多少はましだったが、それでも慣れるまでは辛かったからな…、慣れるまでは頑張んな」


臭いに苦しむ俺達を尻目に普段と変わらない様子のアレクはさっさと買取窓口に向かっていく。

遺物と魔物の部位買取所が同じなのはどうなんだろう…。

分けられなかったんだろうか?


「行きましょう」


悪臭から上に逃げようとする俺を、そうはさせまいと掴んでいるエレナに引っ張られながら、アレクについて行く。

買取窓口はいくつかあり見た感じ数組いるが、混雑している様子はない。

待たなくて済みそうだ。


「混んでいないけど、すぐ終わるのかな?」


「部位買取の場合だと解体があるからな。預けて数日後に代金を受け取るって事がほとんどだ。俺たちの場合は全部遺物だし、数と重さを量るだけだからすぐ終わるさ。後時間帯もある。遺物だけの場合はこの時間だとまだまだ探索を続けているからな」


手続きをしながらアレクが王都での流れの説明をしてくれる。

手続き自体は簡単なものだ。

探索時に提出した探索届は帰還時に申請すると渡され、それと許可証を一緒に買取窓口に提出する。

基本的に他所のダンジョン産の物は買い取らないらしい。

ダンジョン外の魔物の買取などはしているが、それは核が無いから一目でわかるとか。

そして、番号の書かれた札を渡され、査定が終わるとその番号が掲げられる。

日本でもあったようなシステムだ。

どの世界でも同じなんだろう。


「終わったな」


窓口の方に目をやると、受け取った番号が掲げられていた。

大体10分ほどだったろうか?


買取金額は金貨5枚。

3-4時間でこの額は多いと言えば多いが、俺達は3人だったが、他はもっと大人数だ。

危険な仕事だということを考えるとちょっと少ないか?

そう考えると部位買取の方が割が良いのかもしれない。


まぁ、他所は他所、だ。

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