第10話

25


久々に隠れ家の中からこんにちは。


冬の3月も残り少しとなり、春はもう目前です。

今私ことセラ、セリアーナ、エレナ、アレクの4人は馬車でガタゴトと王都まで向かっております。


男爵以上の貴族の子は、15歳になる年の春の1月から1年間王都にある貴族学院に通うそうだ。


勉強自体は領地の学校や家庭教師で十分だが、国内の同年代の顔合わせ、コネ作り、派閥云々の形成、共通の知識、作法を学ぶ。

後は自国の王都の生活に触れておくことは貴族としても大事なことらしい。

貴族といえど、あまり自領から移動することは無いそうだ。

一度位は東京へってのと似た感じかもしれない。


また他国の留学生なども受け入れており、彼らとの交流も目的だとか。

ここで後の外交の伝手を作るらしい。


お貴族様も大変だ。


さて、メサリア王国の東の端にあるゼルキス領。


例年この領地の生徒は冬の2月には出発をしているようだが、俺達は馬車内部で【隠れ家】を使い、そこに荷物を入れ、積み荷を減らすことで1台にし、移動速度を上げるという力技を敢行している。

普通だと2月近くかかる道のりを1月切る予定だ。

冬の1月の終わり頃に、【隠れ家】が俺以外でも入ることが出来るか実験しろと言われ、いきなりウサギを渡された時はビビった。


結果は可能だった。


単純に比較する事はできないが、地球の産業革命以前のこの世界で俺の部屋を見せるのは、説明に困るので迷ったが、常時発動型のスキルは詳細も何となくわかるようで、【隠れ家】は常時発動型と偽ることで、乗り切る事が出来た。


今では皆すっかりリビングでくつろぐ様になっている。


道中の護衛も断っていることから大丈夫かと思ったが、この時期はどの領地も治安維持に力を注いでいるためセリアーナのスキルと合わせれば少数で問題ないらしい。


【範囲識別】、セリアーナのスキルだ。

相当広範囲をカバーし、そこにいるある程度の大きさの生物を、敵、味方、その他と区別できるらしい。

【隠れ家】も貫き、俺を見つけたのもこのスキルによるものだ。

ミュラー家で俺が受け入れられていたのも、セリアーナによる敵ではない、というお墨付きがあったからと思うと侮れない。


【隠れ家】の中からでも効果があり、日が暮れる前は街から出ないのが普通だが、このスキルで敵の有無を調べる事が出来るため、さらに1つ2つ先の街を目指せる。

距離を稼げるわけだ。



「セラ、お前も片づけを手伝いなさい」


「はーい」


王都まであと数日と迫ったある昼下がり、ここすっかりお馴染みとなった【隠れ家】での昼食の片づけをしている。

エレナはもちろんセリアーナも意外と家事が出来るようで、すっかり近代のキッチンに馴染み、折角身に着けたのに普段発揮する機会が無いからと、もっぱら食事を始め家事は2人がしている。


「食べ終わった?」


「ああ。美味かったって伝えてくれ」


「はいよー」


【隠れ家】から出て、御者台のアレクの下に行く。

時折馬の休憩をはさむが、それ以外はずっと御者を務めている。

頑丈なケツをしてらっしゃる。


俺も最初馬車に乗った時座らせてもらったが、馬車なんてホイールがむき出しみたいなもんだ。

揺れる揺れる。

20分程で限界だった。

あと数日頑張っておくれ。


食器を回収し【隠れ家】に戻り、洗い物をしているセリアーナに食器を渡す。


「美味かったって」


「そう。それはよかったわ。あと数日だし頑張ってもらわないとね。お前も退屈だったんじゃないかしら?」


「や、そうでも無いよ?」


アレクは御者を、エレナは夜はセリアーナの警護に着くため、日中は【隠れ家】で仮眠を。

セリアーナは自身が大量に持ち込んだ本や、俺が教会からごっそり失敬した本を読み漁っていた。

リビングにある1人掛けのソファーが気に入ったようでそこを占拠している。

俺は俺で、体通り8歳児ならともかく、中身は大人だ。

同じく読書に励んだり、たまに【浮き玉】で外に出たりとそれなりに満喫していた。


ただ、この1月近くずっと発動すべく挑んでいた【祈り】は、未だ何の手ごたえも無かった。

本当にこれは何なんだろうか…?


26


「見えてきましたね」


ソファーに寝っ転がり本を読んでいたが、エレナの声に身を起こし顔を向けると、2人でモニターを眺めている。

すっかり使いこなしている。

順応性が高いなー。


近寄り俺もモニターを見ると、まだ距離はあるものの長大な街壁が見えている。

ここからでは高さや厚みはわからないが、ゼルキス領都より規模はこちらの方が上だ。

流石王都!

どでかい!


「私達も準備しましょう。セラ、お前もちゃんと着替えるのよ?」


「はーい」


馬車1台での移動とは言え何だかんだで伯爵家。

今までの街や村は門はフリーパスだったが、流石に王都はそうは行かないらしい。

平民の様に並んで待たされたりは無いものの、検問所を通るため、髪や服装も家格に相応しい格好をしておく必要がある。

ちなみに俺は寝巻だ。

ここまでずっと寝巻だったが、俺も平民ではあるものの、伯爵家の使用人ということで同様だ。

【隠れ家】の中だと外から見えず、楽な格好でもよかったが…。


『聞こえるか?』


もそもそ着替えをしているとアレクの声が【隠れ家】内に響いた。


『そろそろ馬車の中に出てきてくれ。門が近づいてきた。警備の兵もいる』


「さ、行きましょう」


2人はもう格好を整えている。

俺待ちか⁉

慌てて着替え終え、ドアへと向かった。



当たり前といえば当たり前だが、何事も無く門を通る事が出来た。

多少時期が遅れていることや、馬車が1台と小規模であることなど、他とは違うところはあっても所詮はその程度で、咎められるようなことでは無い。

そう、無いんだ。


街に入りいくつかの区画を越え貴族街に入り、王都の屋敷へ向かっている。

貴族街への道を通っているからなのかもしれないが、特に揉め事に合うような事も無い。

何度か貴族の馬車とすれ違うこともあったが、実に順調だ。


「どうかしたの?」


がっかりしているのがわかったのかセリアーナが話しかけてくる。


「んー?いや何でも無いよ」


「セラの最近読んでいた物語で、貴族の馬車が街へ入る際に警備の者と揉める場面があるんです。きっとそれを期待していたのでしょう」


…バレている。


お貴族様的パワハラというか…。

される側だとたまったもんじゃ無いんだろうけど、今俺はする側に付いているからね。

一応理由はあるんだが、ちょっと期待していた。


「…お前はたまにバカになるわね」


セリアーナが呆れた様な目で見てくる。


何というか、街でも道中でも所謂悪徳貴族というものに出くわさないんだよな。

貴族と平民とで住み分けが出来ているというのも理由かもしれない。

基本的に接する機会が無いんだ。


元々孤児から一足飛びで伯爵家の使用人になっている。

この世界の平民、貴族、どちらの常識も身についていないんだよ。

冒険者ギルドには出入りしていたけれど、あそこはまた結構特殊な場所だし、あそこの常識を当てにしてはいけない。


この旅でセリアーナやエレナの持ちこんだ物語本を読んでいるが、貴族と平民が揉めたりという場面がそこそこ出てくる。

まぁ、主要人物である王族だったり、より高位の貴族がそれを窘めたりしていたから、踏み台にするためにあえて出しているのかも知れない。


ここ王都は、王族、貴族を含め外国の民も多く住んでいる。

セリアーナの世話は王都にあるミュラー家の別邸にいる使用人たちが行うし、俺が関わることは無いと思うが、万が一ということもある。

貴族パワーを1度は見ておきたかったんだが…。


本当だよ?


「王都の屋敷にはお祖父様がいるわ。あまり気難しい方では無いけれど、あまり変なことはしないのよ?」


「はーい」

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