第9話

22


帰り道に俺の出番は無かった。

もうずっと振り回しっぱなし。

開いちゃダメな扉を開いてしまったんじゃなかろうか?このねーちゃん。

よほど楽しかったのか、ダンジョンを出た後屋敷に戻るまでの間もずっとご機嫌だった。


「随分機嫌が良いようだけれど、何かあったのかしら?」


報告にセリアーナの部屋へ居るのだが、エレナの表情が気になったのか聞いてきた。

屋敷に戻ったころには元に戻っていたように見えたが、付き合いが長いと違いが判る物なんだろうか?


「はい。【緑の牙】ですが、実戦での使い心地は素晴らしかったです!これなら中層はもちろん、下層や他所でも戦えます」


「それはよかったわ。セラ、私はエレナの報告を聞いておくから、お前はアレクを呼んで来て頂戴。訓練場にいるはずよ。お前も部屋に来るのよ?」


「ん?はいよ」


2人はともかく、俺もか。

何だろうか?


「窓から出ていいわよ」


部屋から出て行こうとしたところ、そう言われた。

宙に浮いているわけだし、窓から出るのも好きにしていいと言われていたが、何となく抵抗があっていつもドアから出ていたが…

中々の背徳感。


訓練場は中庭の一角にあり、2階の1番奥にあるセリアーナの部屋から普通に向かうと、ぐるりと屋敷の中を移動し、そこからさらに庭を移動と、結構な距離があるが、窓からだと屋根を越えてそのまま真っすぐ向かうだけで済む。


窓から出て、一気に加速し訓練場へ向かうが、1分かからない。

これはもう窓から出入りするしかないな…。


「アレーク!」


10人ほど訓練場を使っているが、その中でも一際大きいだけにすぐ見つかる。


「む。もう帰って来たのか?」


「エレナが大暴れしてね…。お嬢様が呼んでるから部屋まで来て」


「そうか。汚れを落としてから向かうと伝えてくれ」


「はいはい」


兵舎に向かうアレクを見送る。

入ったことは無いけれど、シャワーや食堂なんかがあるらしい。


俺も呼ばれているわけだし、ついて行かなくてもいいか。

部屋に向かおう。



セリアーナの部屋へ着き、10数分程するとアレクがやって来た。

俺が部屋に着いた時はまだエレナが話していたが、今はさすがに落ち着いたようで、セリアーナの後ろに控えている。

そして俺はソファーに寝っ転がり本を読んでいた。


題名は「大森林同盟の歴史」

メサリア王国を含む4つの国の成り立ちで、結構面白い。

地政学や力学的な問題は一緒だが、何といっても魔物や聖貨といった地球に無かった要素が関わってくることで予測できない方向に突き進んだりしている。

図書室入れるようにならんかなー。


「済まん。遅くなった」


「構わないわ。セラ、お前も来なさい」


昨日アレクが残って話していたのは知っているし、多分アイテムや俺のことを話していたんだろう。

ダンジョンの感想や連携について話せばいいんだろうか?


「セラ、昨日今日とダンジョンはどうだったかしら?」


「問題無かったね。もっと奥まで行ったらわからないけど、浅瀬なら余裕」


「そう。エレナ」


「はい。昨日のアレクの報告通り、2つの恩恵品を上手く合わせて冷静に戦えています。【浮き玉】の性能も私たちの想定以上でした。本人も限界が見えていないようですが、少なくとも浅瀬程度なら危険に晒されることは無いでしょう」


おー、中々評価高いんじゃないか?


「そう。1人で自由にさせても問題ないかしら?」


「大丈夫でしょう。対人戦闘はともかく、逃げに徹すればそうそう追いつかれる速度ではありません」


「動きにまだ余裕があるとは思っていたが、それほどか⁉」


エレナの報告にアレクが驚いている。

質問したセリアーナの方を見るとアレクの驚き顔を満足気に眺めている。

さっきの間にもう報告を受けていたのだろう。


それよりもこの話し合いは何なんだろうか?

さっきちょっと出てたけど、俺が1人で動いてもいいって事?

それだと嬉しいなー。


23


「セラ、お前はこれからダンジョンは一人で行ってもいいわ。街での【浮き球】使用も認めます。ただし、いくつか条件を付けます。いいわね?」


おお…ついに俺も一人前に…。

と感慨に浸る間もなく、セリアーナは続けていく。


「街で使っていい物は【浮き玉】だけ。その時は必ず使用人の格好でいること。うちの人間である証明になるわ。【影の剣】は指につけておくのはいいけれど、ダンジョン以外での使用は控えなさい。その格好でならそうそう無いはずだけれど、万が一物取りなどにあったなら戦わず逃げなさい。どうしても逃げられない様なら仕方が無いけれど、お父様の領民よ。極力殺すような事態は避けなさい」


外ではメイド服で移動だけしろって事だね?


「うん。わかった」


少し物騒な内容ではあったけれど、そこまでたいしたことでは無いな。


「結構。ダンジョンでは浅瀬までで上層には行かないように。境目はわかるわね?」


「うん」


上層も手前は地面に舗装が続くが、壁や天井は舗装が無くなり土肌がむき出しになるそうだ。

天井近くを移動するつもりだし、気づくのは訳ない。


「この時期は浅瀬でも奥ぐらいしか人はいないでしょうから、早めに手前で【隠れ家】の確認もしておくように。もし危険を感じたら即逃げ込みなさい。魔物にもだけれど、人間にも気を付けるように。領内の者ならともかく、数は少ないけれど他領の者もいるから、決して油断しないように」


「う…うん」


何だろうか?妙に念を押すなーと、まだ続けそうなセリアーナを見て思う。


「なあ、お嬢様」


「何?」


そのセリアーナを遮って、アレクが口を開いた。


「こいつの場合、理由をちゃんと説明すれば理解すると思うぞ?」


「私もそう思います」


エレナもアレクに同調する。


「…そう?」


「まぁ、なげーよ、とは思ってるけど…」


「そう…わかったわ。ダンジョンは聖貨で出来ているの。1万枚捧げ儀式を行うことで発現するわ」


マジか⁉

自然に出来たとは思わなかったけれど、凄いな…聖貨。

でも1万枚…お高い。


「ダンジョンを維持するのに最低でも年間100枚捧げる必要があるの」


「最低?」


「そう。ダンジョンで人間が死ぬと、2日以内に死体をダンジョン外に出さないと、核を潰された魔物の様にダンジョンに吸収されてしまうわ。ある程度の危険は承知で探索に挑んでいるのだしそれは仕方が無いわ。問題は、1人吸収される毎に維持に必要な枚数が10枚増えていくの」


…結構多いな。

聖貨が出るならとにかく人海戦術でガンガン突っ込ませればいいって思っていたけれど、そういった理由だったのか。


「今のゼルキスのダンジョンは年間210枚よ。まだ余裕はあるけれど、だからと言って無駄に増やしていいものでは無いわ。何より、吸収される毎に階層を無視して移動する強力な魔物が現れる様になるの。さすがに浅瀬には出ないけれどね?」


レイドボスみたいなものか…?


「そしてその維持する聖貨を払えなくなると、最後にダンジョン内部の魔物をダンジョン外に放出して崩壊するわ」


「放出って事は、街中に出てくるの?」


危険過ぎないか…?


「そう。危ないでしょう?今でこそ警備や審査の為にギルドが出来たけれど、それができる前、100年程昔ね。その頃は敵対する国や領地を潰す為にダンジョンに死刑囚を送り込んだりもっと直接的に、ダンジョン内部で冒険者を殺したりしていたそうよ」


探索届とかやたら細かいとは思ったけれど、そういう事情か。

ただ気になることがある。


「ダンジョンで死ぬなよとか言われてたの、優しさじゃなかったの…?」


「ギルドのダンジョン専用職員は騎士の中でも面倒見がいいのが割り振られるから、そこは疑わなくていいんじゃないかしら?」


あ、良かった…


「少し長くなったけれど、要はダンジョンで死なれては困るの。どれだけ魔物を倒せるかよりも、確実に生還できることを重視しているわ。昨日今日でお前はそれが出来ると判断したわ。出来るわね?」


「大丈夫。まだまだ死にたくないしね」


「結構。明日から無理をせず探索をしなさい」


「はいよ」


中々油断はできないみたいだけれど、何はともあれソロ探索の許可は出たし、明日から頑張らないとな!


24


「うははははっ!」


ダンジョン浅瀬の最奥部。

もう上層との境が目に見える場に、子供の高い笑い声が響き渡る。

俺の声だ。


何が起こったのか?

それは!

ついに!

聖貨が!

10枚溜まったのだ‼


ソロでの探索許可が出てから早2ヶ月。

もう冬の3月目前だ。

10枚溜まったといっても、ちゃんと雇い主のセリアーナに契約分を渡している。

つまり14枚稼いだということだ。

3枚手に入れた初回の探索を思えば随分かかったとも言えるが、一般的に言えば驚異的な速さだ。


魔物を倒すだけならゴブリン程度どれだけいても余裕だった。

今の戦闘も8体を相手にしたが、無傷の余裕の勝利だ。


では何故2ヶ月もかかったかというと、魔物の数が足りなかった。


このゼルキスのダンジョンの浅瀬は、いくつかの分かれ道はあってもどれも上層への入口で合流するようになっている。

そしてそれぞれのルートに、ゲームの様にポップするポイントがある。

奥へ行けば行くほどその密度が高くなっていくが、毎年この時期はその奥に冒険者の数が多く、狩りをするペースが落ちてしまうそうだ。


浅瀬で狩りをする者はそこまで行かず、上層以降を目指すものはわざわざ相手をしないでスルーするこの境目手前という狩場を見つけたのが1月ほど前の事。


いや、回り道をしてしまったぜ。


さあ、さっさと帰ってガチャだガチャ!



失敬した小型の女神像が【隠れ家】にあるが、違いがあるのかわからないが折角立派な女神像があるのだし、屋敷の礼拝所を使わせてもらうことにした。


…したのだが。


「2ヶ月そこらで集めるなんて、驚いたわね。でも、どうせならもう1枚取ってきてくれたらよかったのに…」


「出発まで間が無いですからね。王都のダンジョンで続きを期待しましょう」


俺だけでいいのにわざわざやって来た2人が好き勝手言っている。

まぁいい。

ガチャに集中しよう。


既に1枚ずつ確認したが、残念ながらどれも外れだった。

セリアーナに聞いたことだが、生まれた時と8歳の時以外はどれも外れの可能性があるらしい。

ただ、王族や貴族は子供が生まれた時の最初の1枚を父親が使い、8歳の時のは母親が使う伝統があるらしい。

平民は大半が換金する為、あくまでそういった説があるって程度らしいが俺の例もあるし信憑性は高いと思う。


別にその必要はないようだが、ここは作法にのっとってしっかり跪いてやってみよう。


フィジカルの弱さを補う【浮き玉】に、接近戦用のやたら攻撃力の高い【影の剣】。

足りないのは遠距離攻撃の手段だ。

ゴブリン程度なら今のままでも問題無いが、今後を考えると必要だと思う。

一応弓なんかも試したが、力が足りなくて引けなかった…。

ナイフや礫も、当たったら痛いかもしれないって程度の速度しか出なかった。


自力でどうにかするのは今は諦めた。

そんな訳でガチャだ。


頼むぞ…。

遠距離…。

魔法…。

銃…。


そう強く念じ、聖貨を捧げた。


もう5回目ともなるドラムロールが頭の中で鳴り響く。


よし…何か来い!


ドラムロールからファンファーレに音が変わった。

浮かんだ言葉は【祈り】。


…祈り?

祈りってなんだ?


「セラ?加護の様だけれどどうしたの?」


首を傾げている俺を不思議に思ったのか、セリアーナが何を引いたのか聞いてきた。


俺はスキルと呼んでいるが、人に宿る物は加護と呼ばれている。

そして、加護は大きく2つに分けられている。


1つは常時勝手に発動するタイプ。

もう1つは【隠れ家】の様に自分の意志で発動するタイプだ。


前者は引いた時点で発動し、使い方もわかる。

後者は自力で使い方を見つける必要があるが、その分強力なものが多いそうだ。


何も発動していないし、この【祈り】は後者のタイプのはずだ。


「セラ…?どうしたの?大丈夫?」


【祈り】って位だし何か祈るんだろうと、それっぽいポーズを突如あれこれしたのを不審に思ったのか、心配そうに声をかけてくる。


「祈りって何?」


「…祈り?」


祈りってなんだよ…?


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