第8話
19
朝も早くからエレナと共に冒険者ギルドにやってまいりました。
昨日の初探索。
怪我も無ければずっと浮いていただけだったし、結構余裕だったと思っていたのだが、何気に消耗していたようで、昼食の後、昼寝のつもりが朝までぐっすりだった。
おかげで無駄に元気だ!
「おうメイドの嬢ちゃん、今日はエレナと一緒か?」
昨日のことを覚えていたのだろうか?受付のごついおっさんが話しかけてきた。
我ながら少々目立つし仕方ないか。
エレナの事も領主令嬢付きって事もあって、知っているようだ。
「ええ。今日は私とです。昨日と同じで浅瀬を探索します」
エレナが探索届に記入がてらおっさんに応えている。
メンバーの人数と名前、所属先に目的エリアを書き込んでいる。
登山届みたいだなー、とのぞき込んでいたら書き終わったようだ。
「あいよ。大丈夫だろうが死んだりするなよ」
届を受け取ったおっさんは昨日と同じくそう言い、周りのいかついおっさん達も似た事を言ってくる。
それに「はいよ~」と手を振りながら気楽に答え、地下のダンジョン入口へ向かう。
昨日もそうだったが、割と親しげな雰囲気だ。
基本的に冒険者は14歳からだ。
見習として多少それより下の者も参加はできるらしいが、あまり認められないらしくほとんどいないそうだ。
どう見てもそれよりも小さい俺はもう少し煙たがられると思ったのだが、意外とそうでもなかった。
何でも国の決まりで領内の貴族の令息などは学校に通う前に少なくとも1度や2度はダンジョンの浅瀬で魔物との戦闘の経験を積むらしい。
いざという時に平民を守るため、武器を持って戦う必要があるからだ。
騎士や兵士もいるし、それこそ冒険者もいるが、やはりある程度戦えなければいけない。
そして、平民より力関係がはっきりと爵位で表されているため、子供とは言え上の命令は聞くよう躾けられている。
このダンジョン体験の一連の指示は王によるものだ。
ダンジョンに入る際には指導者の指示に従うよう言われているので、割と指示には従うそうだ。
一方平民の子供の場合は、冒険者という職自体が堅気とは言えない職で、やんちゃな子供が目指すそうで、指導者の言うことを聞かず、大体やらかすらしい。
その為ほとんど認められないようになったそうだ。
俺がセリアーナに引き取られていることは、知っている者は知っているようで、なんとなく貴族側のくくりで扱われているようだ。
「悪いようにはならない」と最初言われたが、むしろ特別扱いしてもらっている気がする。
ありがたや。
◇
「それじゃあ行こうか。【浮き玉】を出してちょうだい」
ダンジョンに入り、エレナの指示で【浮き玉】を出し、乗る。
一応外での【浮き玉】の使用は控えるように言われている。
ガチャに聖貨が10枚必要な事は何となく知られている。
領主側としては、平民に変に貯めこまれたりして聖貨が入ってこないことが困るし、それに平民にしても無理に10枚貯めて、ガチャに使った挙句出てきたのが外れでは大損だし、万が一泥棒にでも入られようものならシャレにならない。
聖貨はすぐ換金されているらしい。
ただ、加護や恩恵品の詳細は平民にはほとんど知られていない。
もちろん所有者制限についてもだ。
その為か、流石に貴族相手には無いが、稀に恩恵品を持った相手への襲撃があったりする。
その場合は反撃で襲撃者の命を取っても構わないそうだが、如何せん俺の場合戦闘能力がどれほどかわからず、念の為だ。
別に外に用事があるわけではないけれど、移動が全部歩きは結構きつい。
今は無くても今後外に出ることがあるかもしれない。
ここである程度力を見せれば外での使用の許可も下りるし、頑張らねば!
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エレナ・バゼット。
セリアーナの護衛を務める19歳の女性で、家はミュラー家に仕える騎士の一族バゼット家。
そこの長女として生まれ、1歳上の兄が居て、家風もあってか一緒に剣を習う。
幼いながらも剣の他、馬術弓術でも才を見せるが、何より魔法の素質があった。
王族の女性を守護する女性専用の騎士団があるが、入団資格で高位貴族の生まれ、あるいはその一族である必要がある。
王都でも知られていたこともあり養子や婚約の話も来ていたが拒否し領内に残る。
今から5年前、冒険者として活動をしようとしていたところ、当時8歳のセリアーナの護衛兼家庭教師の一人として契約し現在に至る。
結構凄い経歴だと思う。
パッと見、長身のカッコイイ美人さんで、女子校とかだとモテそうな感じだ。
そのカッコイイ美人さんが鞭みたいな物でゴブリン達をしばき倒しているんだけどどうしよう…。
先日ガチャでゲットしていた【緑の牙】。
見た目は小振りなナイフだが、何か凄い伸びている。
2メートル位かな?
鞭みたいな動きをしながら切るし刺さるし…これやばいな。
掻い潜って近づいても魔法で吹き飛ばされて、そこを切られ刺されと…。
最初の戦闘の前に危ないから下がっておくよう言われたけれど、こういう意味だったのか。
「…君、そんなところにいたのか」
やべぇ…と思いながら3メートル位離れた位置の天井に張り付いていると、倒し終えたエレナが話しかけてきた。
「うん。何か凄いね…それ」
念の為周りに魔物がいないか確認し、エレナの側に降りていく。
「面白いでしょう。まだまだ使いこなせてはいないけれど、距離を取って魔法と合わせて戦えそうね」
満足気に【緑の牙】を眺めている。
そういえばこの人魔法もあったな。
アレクの場合は【赤の盾】でがっちり引きつけていたからやり易かったけれど、どう合わせたらいいんだ?
近づいたら切り刻まれそうなんだけど…?
「昨日のアレクとの時は裏を取っていたと聞いたけれど、今日は君が前で戦ってくれるかな?私が後ろから指示を出しながら援護するからね」
「ふむふむ」
なるほど、俺が前衛になるのか。
あの動きに合わせる技術なんか無いし、それが良いのかもしれないけれど…こえぇ。
「無理しないで1匹ずつ倒していけばいいから、安心しなさい」
「わ…わかった!」
まぁこの辺りは一度に出てきても2匹程度だし、大丈夫だよね?
◇
昨日は天井に張り付き、アレクがひきつけている間に裏に回って一撃でって戦い方だったけれど、今日は地面から1メートル程の高さを【影の剣】を伸ばし、早歩き程度の速さで進んでいる。
この浅瀬と呼ばれる場所は、新人の増える春先は多いが冬になる頃にはその新人達も奥や上層へ行くようになり、もうすっかり寂れている。
その為、人の居ない浅瀬の手前から中頃にかけては、ガチャ報酬の試験場的な扱いになるのだが、そもそもガチャを引けること自体が少ないため、ほとんど人はいない。
地下街を1人で歩いているような妙な怖さがある。
時折聞こえてくるゴブリンの叫び声がより一層それを増している。
まぁ、すぐ後ろにもっと怖いのが控えているんだけれども。
ちらりと後ろを振り返ると、3メートルほど離れた所をエレナが歩いている。
安心させるためだろうか?手にした【緑の牙】を軽く振っている。
早く出てこないかな~
と、願いが通じたのか5メートルほど手前に1体のゴブリンが現れた。
ゴブリンが体勢を整える前に、攻撃の届かない2メートル程の高さまで前進しながら上昇し、そのまま
縦に回転し頭部を真っ二つに切断した。
切断する際に抵抗こそ無かったが、少し違う感触があった。
多分これが核なんだろう。
この方法なら汚れずに核の処理もできる。
完璧じゃないか!
21
上手く核を破壊できたのか、ゴブリンの死体がサラサラと崩れ、消えていく。
ダンジョンの魔物は魔力だか魔素だかで出来ていて、核を壊せばこうなる。
放置していたら腐敗するようだけれど、仕組みはよくわからない。
外の魔物はちゃんと死体が残るらしいが不思議だ…。
まぁ、考察は後にしよう。
我ながら上手くやれたと胸を張り、どーよ!とばかりにエレナの方を振り向くと、何やら目を丸くしこちらを見ている。
割とアホっぽい顔だけど大丈夫?
「どしたの?」
確かに上手くやれたと思うが、昨日の事はアレクが報告しているだろうし、そこまで驚くような事とは思えない。
どこかにまだ魔物が隠れているのかと周りを見るが何もいない。
「君のソレ…そんなに速く動けるのかい?」
そっちか!
そういえば屋敷ではせいぜい俺の小走り程度のスピードしか出していなかった。
さっきのは50キロ近くは出ていた気がする。
…でもまだ行けそうな気がするんだよな。
本当にいつか限界チャレンジすべきなんだろうか?
まぁ、置いておこう。
「そうそう。まだ上がありそうだけど、どれくらいかはオレにもわかんないんだよね」
「そうなんだね…もう少し1人で戦ってもらっていいかな?危ないようなら助けに入るから」
「?わかった」
もう少し把握してからの方が合わせやすいとかなのかな?
まぁ、俺も一人で不意打ち以外の戦い方の練習もしてみたいし、丁度いいかな?
話しながら進んでいると、前から今度は2体現れた。
「やれるかな?」
「よゆーよゆー」
ゴブリン達もこちらに気づいたのか襲い掛かってくる。
まずは手前か「奥を狙いなさい!」む?
後ろからの指示に狙いを変えて、手前のゴブリンを無視して奥の方を目指し一気に上昇し加速する。
来るとは思わなかったのか、驚いた顔をし動きが止まったままだ。
そのまま先程と同じように頭を断ち切り、残りのもう1体を、と振り返ると既にエレナが倒していた。
なるほど…この要領か。
「上手くいったね。君の【浮き玉】なら多少離れていても一気に詰められるから、奥から狙っていこう」
「はいよ」
家庭教師を務めていただけあって、教え方がわかりやすい。
折角だし連携の基本を教わろう。
◇
「お!」
壁と天井に赤いラインが引かれている。
ここから先は浅瀬の奥と呼ばれるエリアだ。
予定では中頃までだったし、耳を澄ますと奥の方で微かにだが、人の声がする。
今年から冒険者になった連中が探索しているのかもしれない。
てことは、引き返すのかな?
「ここまでだね、引き返そう。帰りは私が前に出るから、君は合わせて欲しいんだけど、できるかな?」
ついに後衛か…。
入れ替わって以降ここまで俺が前に立って、エレナは時折後ろから「右」だの「奥を」だのの指示と共に【緑の牙】を槍の様に伸ばして援護をしていた。
要は縦の動きだけ気を付けておけばよかった。
だからこそ、指示があるとはいえ後ろからの援護にも対応できていたのだが…。
「あのさ…」
「ん?どうかしたかい?」
「鞭みたいにブンブン振り回すやつ。あれに合わせるとか無理だよ?オレ」
ファンタジーな世界だし、魔法も有ればそれこそアレクみたいな人間離れしたゲームや漫画キャラの様な力の持ち主もいる。
エレナもどちらかというとゲームや漫画の世界のキャラだ。
ただし、力ではなく技術が。
何かもう技名叫んでいてもおかしくなかった。
「そ…そうかな?それじゃあ剣として使った方がいいか…」
何か残念そうな顔をしているけど、やる気だったのかよ…。
確かにアイテムの使い心地を試すのも目的だったが、あれに合わせるのは…。
「わかった。じゃあやる時は教えて。近づかないから」
「⁉もちろんだ。任せてくれ!」
よっぽどやりたかったのか、声が弾んでいる。
まぁ、アイテム楽しいからね…気持ちはわかる。
「さあ、行こう!」
ちょっと張り切り過ぎな気はするけど、帰り俺出番あるのかな?
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