第7話

15


この世界には魔力がある。


まぁ、魔法があるんだからあってもおかしくないんだが、ちゃんと存在が確認されている。

そして、魔力が細分化されたものを魔素といい、それは大気中に漂い、森や山の奥深く、ダンジョン、人口の多い街中等の生物の密集している場所は特に濃いらしい。

多少手間はかかるが利用法も確立されていたりする。

その利用法の一つが、火、水、空調、照明等の住宅でのエネルギー源、ガスや電気みたいな使い方だ。

屋根にソーラーパネルの様な物を付け、そこに導線を繋ぎ内部に張り巡らせ、そしてそれに照明などを接続するのだが、そのシステムが高価で主に貴族を始め富裕層でしか使われていない。


俺のいるこの屋敷は、ゼルキス領領主・ミュラー伯爵家のお屋敷。

領内屈指のお金持ちのお屋敷だ。

そのシステムは当然導入されている。


そして価格以外でも問題がある。

床や壁はいいのだが、天井にも導線を張り巡らすため、そのメンテナンスが大変なのだ。

この世界、クレーン車や工事に使う高所作業車は存在しない。

梯子や脚立を用いた人力で作業を行っている。


危ない。

そして人手もいる。

時間もかかる。


そこで俺だ。


【浮き玉】に乗りふよふよ漂いながら、ちょっとした作業をするだけで大活躍だ。


「君は、ずいぶん馴染んでいるね…」


大活躍のお礼に使用人の控室でお茶をご馳走になっていたところ、エレナがやって来た。


彼女は領地の騎士の娘か何かで、一応貴族だったはず。

基本ここは使用人しか来ない場所だ。

彼女が来るような場所ではない、

別に悪いことをしているわけではないのに、部屋にいる皆は顔が強張っている。


ここは俺が切り出そう。


「何?おやつ?」


「違うわ…君を探していたの。食べ終わったらお嬢様の部屋に来なさい」


はて?何だろうかね?



「ダンジョン?」


セリアーナの部屋へ行くとエレナとアレクも待っていた。

そこで突如ダンジョンについての話を聞かされた。


「そう。西地区の冒険者ギルドにあるわ。知っていたかしら?」


「冒険者ギルドがあるのは知ってたけど、ダンジョンがあるのは知らんかった…」


この街の西地区に冒険者ギルドや武具、道具、といった冒険者、傭兵向けの施設が揃っている。

エレナとアレクの2人は護衛でもあるけれど、冒険者として登録していてダンジョンに行くことがあるとは聞いたが、街中にあるのか…。


「正確にはギルドの地下にあるの。2人が恩恵品をある程度使えるようになったから、使い心地を実戦で試すのにダンジョンに行くのだけれど、お前も行ってみない?冒険者になりたいとか言っていたでしょう?」


このねーちゃん意外と人の話覚えてるな…。

元々デカい街に行って冒険者で生計をってのが当初の案の一つだった。

今のこの生活も悪くないけれど、折角のファンタジーな世界だし興味が無いと言えば嘘になる。

それも、1人で行くんじゃなくて腕の立つパーティーメンバー付き。


これは美味しい。

美味しいけれど…。


「オレ、8歳だけど大丈夫?14歳からとか言ってなかった?」


「あら?よく覚えていたわね。でも大丈夫よ。ダンジョンは領主の物で、ギルドはあくまで管理を代行しているだけなの。もちろん死なれたら困るから、危なそうなら許可は出さないけれど…」


話を区切り俺を見る。

正確には乗っている【浮き玉】を。


「それがあるならそうそう危ない目には遭わないでしょう?2人も試すのは浅瀬で行うし、危険は無いでしょう。いい機会だから行ってきなさい」


「はいよー」


浅瀬って何だろう…?


まだ先の事と思っていて全く調べてなかったんだけど、折角の機会だ。

お言葉に甘えさせてもらおう!


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「おお…ここが」


冒険者ギルドの地下2階。

そこにあるダンジョン入口の前にいる。

幅は5メートル高さは3メートル位だろうか?

意外と小さい気がする。

材質は何だろうか?

石っぽいけれど多分違う。

奥まで繋がっているし、ダンジョンも同じもので出来ているかもしれない。


昨日、ダンジョン行きの事を聞かされた後、色々調べようとした。

調べようとしたんだが…。

許可をもらい書庫であれこれ漁ってみたが、この世界の常識にまだ疎い自覚はあるが、俺の知識が追い付いていないのか、それともただ単に難解なだけなのか…。


数少ないわかった事は、ダンジョンには魔物が出て、遺物と聖貨を手に入れる事が出来る。

このゼルキス領都のダンジョンはゴブリンやコボルトといった妖魔種が出る。

それだけだ。


…わかったとは言ったが、実はよくわかっていない。

魔物についても浅瀬までしか記されていなかった。


他にも数字なんかも記されていたが、何と比較していいかがわからず諦めた。

あえて情報を絞っている気もしたが、何か理由があるんだろうか?


「よし。行くぞ!」


「はいよ」


アレクに応え後ろについて行く。


幸い保護者付きだ。

調べても分からないことは体験していこう。



ダンジョン内部を進むことしばし。


入口から一回り程更に広くなっている。

床も壁も天井も、入口と同じく石の様な物で出来ている。

ただ、敷いたり組み合わせたりでは無く、繋ぎ目の無い一枚の何か、でだ。

照明があるわけでもないのに、通路全体がぼんやりと明るいのも不思議だ。

少なくとも人力じゃなさそうだ。


「そろそろ出てくるからな。お前は下がって見ていろ」


そう言うとアレクは足を速め始めた。


「来たぞっ!ゴブリンだ」


目の前に2体の2本足で立つ小柄な生き物が現れた。


おお…これが…。


「はっ!」


そして現れてすぐ2体とも叩き潰された。


…やべぇ。


アレク。


本名はアレクシオ。

右手にメイスと左手に【赤の盾】を装備した大男だ。


なんでも西の方の小国家群のどこかの国の生まれで、商家の3男と言っていた。

名前の由来はその国の有名な将軍から。

そこそこの教育は受けていたが、3男ということもあり家を継ぐ事も無く、割と自由に育てられた。

名前もあってか騎士に憧れ、剣や槍、乗馬なども習い、14歳の時に実家の商隊の護衛の一員になるも、思ったよりも才能があり、1年後更なる活躍の場を求め傭兵に転向。


護衛や幾つかの紛争を経て、またしっかりとした教育を受けていたこともあり、主に貴族や大商家相手の仕事が増え、そこそこの名声と稼ぎを得る。


そして3年前からセリアーナと契約し、お抱えの護衛兼冒険者として働いている。


ってのは聞いたんだが…やべぇ。


まず背が高いんだ。

多分190センチ以上。

体重は100キロ位か、もしかしたら超えているかもしれない。


野球選手じゃ無い。

ラグビー選手でも無い。

近いのは、水泳選手だろうか?

近い体型の人が思いつかないなーとかは思っていたが、そりゃそうだ。

地球じゃ両手にそれぞれ結構な重さの物を持って、生き物叩き潰す様なことを想定したトレーニングなんか積まない。


そーいや、聖貨を回収する部隊の人間も槍で狼みたいな魔獣を吹き飛ばしていた。

…おっかねー。


その後も何度か魔物と遭遇したが、大体アレクが即撃破していた。

間近で見る初めての魔物や戦闘も、その衝撃に全部持って行かれてしまう。


ゴブゴブ達があまり強くないってこともあるが、それ以上にアレクが強い。

なんだこの化け物?


とは言え、そのお陰で冷静に見る事が出来た。


俺でも行けんじゃね?


そんなことを考えていたら、アレクが話しかけてきた。


「どうだ?浅瀬だと1匹か2匹ずつしか出てこないし、俺が押さえておけばお前でもやれるか?」


17


「もちろん!」


アレクのやれるか?という問いに一言で答えた。


そういえば元々アレクの盾のお試しに来ているんだった。

盾って受ける物であって、殴る物じゃ無いよな。


「よし。それからは降りるなよ?爪が効かない場合はこれを使え」


そう指示を出し、腰に差していた剣を渡してきた。

短めの所謂ショートソードだ。

これ持って【浮き玉】で特攻かければゴブリン程度なら余裕だろうが、爪が効かないことってあるんだろうか?

俺の自信の源なんだけど…。


「来たな。行くぞ」


「ぉ…ぉぅ」


アレクの声に、爪を見ていた俺は顔を上げた。

前を見ると、2匹の棍棒を持ったゴブリン。

既にアレクは盾を構えゴブリン達のすぐ前まで移動している。

そしてゴブリン達もアレクに向かって攻撃を仕掛け始めている。


そういえば今まで一撃で倒していたから攻撃するの初めて見るな…。


少し距離を取って上から見ているが、何というか…おバカ?

正面からアレクの構えた盾にガンガン手に持った棍棒を叩きつけている。

アレクにしか目が行っていない様で、少し離れた所にいるとはいえ、俺に全く気を向けていない。


これはいけるわ。


念の為さらに少し離れた位置から天井すれすれまで浮き上がり、天井を這うようにしてゴブリン達の背後に回り込む。

アレクはそれに気づいたようで、ゴブリン達は気づいていないが、念を入れて声を上げ注意を引いてくれる。

ナイスタンクじゃないか。


1メートル程の高さまで降りたところで一気に加速し、まずは右の方の首めがけて【影の剣】を伸ばし振り切る。

スパンッ!と全く抵抗なく首を刎ね飛ばし、もう1匹がそれに気づきこちらを向こうとしたが、振り切った勢いそのまま1回転し、同じように首を刎ねた。


い…一瞬じゃないか!


初の戦闘を終えた事と【影の剣】が無事通用したことに安堵し気を抜いていたが、握っていた左手に違和感を感じ開いてみた。


「聖貨じゃん…」


マジか。


「どうした?」


ゴブリン達の処理をしていたアレクがやって来て、左手を見つめていることに気づいた。


「見てこれ」


聖貨を見せると驚いた顔をしている。

一応、魔物を倒すと出るが確率は低いらしい。

アレクとエレナも数年かけてそれプラス俺の聖貨を合わせてようやく10枚になったそうだ。


いきなりゲットしちゃったぜ…!



「なぁ…、お前も少し手伝わないか?」


「え?いや~ん…」


初戦闘を終え、その後順調に回数を重ね、ゴブリンなら一人でも余裕で勝利できるようになった。

では何を手伝うのか?というと、魔物の処理だ。

頭部に核があり、それを砕くと稀に遺物を残すが、死体が消滅する。

ちゃんとこれをしないと、残った死体が腐敗し悲惨なことになる。

この処理をするのはダンジョンを使う者のマナーなのだが…


「汚れんじゃん」


いや、どこのお嬢様だよって自分でも思うんだけどね?


「お前…」


「ハンナさんに叱られんだよ」


ミュラー家のメイド長、ハンナさん。

つい先日、何をしたのか結構偉い人である警備隊長が裏でハンナさんにガチで叱られているのを見てしまった。

その事を知っているのか、アレクは納得したような顔になった。


「…なんでそんな格好で来たんだ?」


どんな格好で来たかというと、メイド服である。

靴はサンダル。

ダンジョンはおろか、あまり外を出歩くのに適した格好とは言えない。

ではなぜ来たのか?


「服無いんだよね」


孤児院の時に着ていたボロ切れと、メイド服が2着。

選択肢は無い。


「…そうか」


「おう!」


寝る時は【隠れ家】に入っているし、それ以外はこの格好だしで、あまり服を買う必要性が無かったんだが、買った方がいいんだろうか?

前世でもスーツにはそこそこ金を使ったが、私服はユニクロとかで適当に選んでいたし、服にこだわりは無いんだ。


ジャージ無いかなー…?


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「3枚⁉」


帰還後、初ダンジョンの成果をセリアーナに教えると、随分驚いている。

普段のすまし顔を考えると、この表情は貴重だと思う。


今回の探索は、アレクの【赤の盾】の実戦での試用と俺のダンジョン見学&実習がメインで、浅瀬の中頃までを2時間程かけてウロウロしていた。


ダンジョンは、浅瀬、上層、中層、下層、で構成され、浅瀬は舗装され、魔物も少しずつしか出てこないいわば初心者ゾーン。

上層の中頃から舗装が無くなり、魔物の出現率や一度に出てくる数も増え、強力な魔物も出始めてくる。

下層ともなれば強力な魔物だらけで、部隊を組んで、ギルドに申請し審査を受けなければ探索許可が出ないそうだ。

浅瀬は登録さえしていれば、探索届を出すだけでいいのに対し、随分な厳重さだ。


聖貨を得られるのは、魔物の数が多くまた強い中層からがほとんどだと聞いた。

浅瀬で3枚となれば中々の快挙だ。


「どうかした?」


落ち着いたのか驚いた顔から今度は少し困惑顔へとなっている。

これはこれで珍しい表情だが、聖貨ってたくさん出しちゃまずい物なんだろうか…?


「ええ…、ダンジョン探索は領主の利権の1つなの。…利権はわかるかしら?」


利権がどう繋がるのかわからないがとりあえず頷く。

税金でもとられるのかな?


「そう。ダンジョンの管理はギルドに任せてあるのだけれど、冒険者達はダンジョンで得た聖貨を報告しているの。そして半分をギルド、つまり領主に献上しているわ。その分税の優遇などはあるのだけれど」


「ほう?」


俺報告とかしてないぞ?

アレク?

アレクの方を見ると肩を竦めている。


「それはあくまで一般の冒険者の例で、お前もだけれど貴族と契約している場合は3枚に1枚なの。ただ、2人もだけれど、大体年に3枚程度よ。…1日で3枚というのは無いわね」


「ほうほう。1枚渡せばいいの?」


1枚の差ってのはでかいね。


「それと、お前も見たように、聖貨を使って得た恩恵品は主の物となって、それから下賜されることになるわ。いきなり聖貨を手に入れるとは思っていなかったから説明していなかったわね…」


セリアーナが申し訳なさそうな顔をしている。

この顔も珍しいんじゃなかろうか?


それはさて置きだ。


「オレもう2個持ってるんだけど、それも渡すの?」


【浮き玉】と【影の剣】は俺の生命線でもあるし、いくら使用権はあるといってもこれを渡すのはちょっと躊躇うぞ?


「もともとお前が持っていたものだし、それはお前の物よ。これから新しく得るものは別だけれどね」


「じゃ、問題無いわ。はい」


【隠れ家】と合わせてこの3個があればどうにでもなるし大丈夫だ。


「ええ。ご苦労様、ちゃんと記録しておくから安心しなさい。後の報告はアレクから受けるから、お前は今日はもう休んでおきなさい」


「はいよ。お疲れ様ー」


まだ昼になったばかりだけれど、折角の早上がりだ。

後はごろごろしておこう。


そう決めセリアーナの部屋を出て行った。



「それで、どう?あの子は」


「技術に関しちゃ何とも言えません。ただ、頭は悪くないですね。言うことは聞くし、勝手な行動はしない。説明しなくても上手く連携を取ろうとしていたし孤児上がりにしちゃ上出来でしょう。恩恵品2つも上手く使えていましたし、まぁ、十分じゃないですかね?下はともかく、浅瀬なら1人でも大丈夫なくらいだ」


セリアーナの問いにアレクはダンジョンでのセラの様子を思い出しながら答える。


「そう。エレナ、明日は貴方が見て頂戴」


「はい」


「ただ、聖貨を1日で3枚というのは気になるわね。他所からもそんな報告は無いはずだし…気になるわね」


「ええ。下層や外の魔境の探索の部隊の合計で、などは有りますが、1人で、それも浅瀬でとなると…」


セリアーナの言葉にエレナも続ける。


「特に変わったことはしていなかったが…、まぁ一応気を付けて見ておいてくれ」


「わかったわ」

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