第6話
11
聖貨8枚。
金貨にして160枚。
それを全部よこせ…。
何てことをっ⁉とあまりの事に驚きを隠せず硬直してしまった。
俺のほぼ全財産よ?
「なあ」
「孤児院から逃げてきたんだろ?それだとお前の戸籍は教会に紐づけられているし、どこへ行っても厳しいぞ?」
固まる俺を見かねてか、ごつい兄さんが説明をしてきた。
孤児院に引き取られた時点で、子供は教会所属となり、貴族・領主でも引き渡しには応じる必要があるそうだ。
意外にというのも何だが、戸籍管理は割合しっかりしているようで、全部がというわけではないが、まともな仕事や居住なんかでその証明がいることも多いらしい。
もちろん冒険者も無理。
それが出来ないとそのままドロップアウト、と。
中々厳しいじゃないか…切羽詰まっていたとはいえ、ちょっと考えが甘かった。
「そういうこと。お前が話を呑むのならこちらで全部やってあげるわ」
「わかった…お願いします」
聖貨8枚は痛いけれどこれでリセットと考えれば悪くは無いはず!そう考えよう。
「結構。そうね…、あの【隠れ家】には後2日潜めるかしら?」
「ん?大丈夫だけど…?」
「夜になったらここを出て、救護院に向かいなさい。2日後に私が慰問する予定なの。そこでお前を拾うからそれまで潜んでおくの。できるわね?」
救護院ってなんだ…?教会の治療院とは別なんだろうか?
「救護院って何?」
「西の池の側の高台にある白い建物だ。わかるか?」
「あっ、それならわかる」
以前街を上空から見て回った時、夜だったこともあり街の建築物の細かい形や色はわからなかったが、高台にあり、また白い事から妙に目立ってたのがそれだ。
病院みたいだとは思ったが、正にそれだったのか。
「お前8歳よね?念のため名前を変えておきたいのだけれど、こだわりあるのかしら?」
名前…?
そういえば同じ名前が5~6人いたな…大抵おいとかお前とかで呼ばれていた。
あれ適当につけたんじゃないか?
「無いね」
無いな。
「結構。なら、お父様と少し話をしてくるわ。エレナ、貴方が相手をしておいてちょうだい。行くわよアレク」
そう言うなりごつい兄さんを連れて部屋を出て行った。
何というか、さくさく話を進める娘だな…、話が早いのはいい事だけど。
◇
さて夜。
既に屋敷を出て救護院に入り込み、例によって馬車止めに潜んでいる。
あの後しばらくしたら部屋に戻ってきた金髪、名前をセリアーナ・ミュラー・ゼルキスというそうだ。
名前・家名・領地名という並びで、つまり、このゼルキス領の領主一族でミュラー伯爵の子、となる。
そして14歳…大人びてるなー。
この救護院は領主が運営していて、そこへの慰問や視察は領主一族の務めらしい。
明後日のここを訪れた際に一人でうろつく子供を発見。
話を聞くと、もともとこの街の生まれだが、家族が何かしらの理由で失踪し一人残されることに。
途方に暮れているところ、たまたま目に着いた大きい建物へ忍び込んだところを視察に訪れたセリアーナが発見。
そして話を聞き、不憫に思い引き取ることに。
こんな流れらしい。
多少どころか大分強引だが、要は身寄りの無い子供を引き取る理由であればいいわけだ。
自分の株が上がり、そして孤児院が、ひいては教会が役に立たないと突ける。
一石二鳥だ。
父親である領主にもすでに話を通し、俺の戸籍の偽造も済んでいる。
先日借金を苦に街から逃げ、魔物に殺された夫婦がいたそうで、彼らを失踪した両親にするらしい。
亡くなった人を利用するのは少々気が咎めるが、こんな世界だ。
諦めてもらおう。
一応セリアーナ付きの使用人って事になるらしいが、あの2人と同じような立ち位置になるらしい。
大分自由そうだ。
何を考えているかはまだ分からないが、まぁ、悪いようにはならないだろう。
12
「はい。これ」
「何これ?」
目の前に差し出された物を見て、何かはわかっているが思わず聞き返した。
「セラ、お前の仕事着よ。使用人としての仕事はしなくていいけれど、それは着ておきなさい」
「あ、はい」
そう言うしかなく、受け取った服を広げてみた。
地味な黒のワンピースに、飾りっ気の無い白のエプロン。
知ってる。
メイド服だ。
あ、申し遅れました。
赤毛とソバカスがチャームポイントの、いずれは美少女になるかもしれない俺、こと、セラと申します。
◇
セラ。
俺の新しい名前だ。
日本でもあったが、流行りの名前ってやつだ。
物語や劇の登場人物からだったり、あるいは歳の近い領主の子供からだったり、有名な人物にあやかって子供に名前を付けるのは多いらしい。
この名前の由来はセリアーナからだ。
14歳と8歳。
多少歳は離れているが、この街の出身って俺の経歴に説得力を持たせる丁度いい名前だ。
領主である親父さんや警備隊長なんかに顔を合わせたりとあちらこちらに連れまわされ、なんやかんや忙しかったが、おかげで戸籍関連はすっかりきれいになった。
それはいいのだが、まさかメイドさんになるとは思わんかった。
あるんだなぁ…このサイズの制服。
「セラ、出しなさい」
ほんのり黄昏ていると、セリアーナが手を出し聖貨を寄こせと言う。
「うぐぐ…っ」
まぁね?約束は大事だよ。
相手はちゃんと守った。
次は俺が守る番だ。
守る番なんだよ。
それが道理ってもんだ。
わかっている。
ちゃんと服の内ポケットに入れてきた。
わかっているんだ。
「いいからさっさと寄こしなさい」
「ぎゃあっ⁉」
頭ではわかっていても体が聖貨を手放すのを拒否し、固まっていたところ、何故知っているのかわからないが、服に手を突っ込みまさぐり、奪っていった。
「全く…当たりがあるか確かめるわよ」
そう言うなり、エレナとアレクとの3人で、1枚ずつ聖貨を女神像に捧げ始めた。
ここは敷地内にある礼拝所で、女神像が置いてある。
ミュラー家だけでなく、領内の騎士や兵士、果ては貴族も利用する。
領内とはいえ離れた所にいる者たちもそうらしい。
教会とそこまで距離を置きたいのか?と思うがそんなもんらしい。
それはさて置き、今何をしているかというと、この8枚を分け合うことでセリアーナ達3人の所持する聖貨が10枚を超えるらしい。
そしてガチャにチャレンジする。
ちなみに俺は「ガチャ」と呼んでいるが、この世界ではシンプルに「聖貨を使う」と言っている。
俺は参加しないが、4回とも勘で何となくやっていただけだし正式な作法を見れるから見学させてもらっている。
セクハラに合うとは思わんかったが…。
「予想はしていたけれど…全員外れね。エレナ、貴方から始めなさい」
ちょこちょこ話に出てくる当たり外れ。
これは、1枚でガチャを引けるのが当たりといわれている。
滅多にないそうだが、引く前に1枚ずつ試すのがお約束らしい。
3人とも外れだったが、初っ端で当たりを引けた俺は運がいいのかな?
さて、一通り試したところでいよいよ引くようだ。
エレナが女神像の前に片膝を立て跪き、両手に聖貨を乗せ、顔の前に掲げている。
あれが正式ポーズなんだろうか?
「あ…、ちょっと」
気になることがありセリアーナに声をかける。
あれ危なくないか?
「何?集中の邪魔をしてはダメよ?」
怒られた。
「いや、あれ危なくないの?」
【浮き玉】も【魔鋼】も顔の高さからズドンと来た。
もちろん重い物が来るとは限らないが、あの体勢だととっさに逃げる事が出来ないし怪我をしかねない。
「…?よくわからないけど、あれで大丈夫よ」
大丈夫なのか…?
不安に思っているとエレナが淡く光を放ち始めた。
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いつの間にか手のひらにあった10枚の聖貨が消え、代わりなのかエレナが淡く光っている。
それほど強くないが、結構目立つな。
最初の孤児院の時よくバレなかったもんだ。
数秒その状態が続いたと思ったら徐々に光が弱まり、そして、手のひらの上に何かが浮いている。
縦60センチ横30センチくらいで結構デカい。
何だろうか?そう思い見ていると光が消え、それが何かがはっきり見えた。
何だこれ…?
赤い板?
そんなことを考えていると、エレナがまだ浮いているそれをヒョイと持ちそして床に置いた。
…あぁ、浮いてる状態でなら重さは無いんだね。
【浮き玉】と【魔鋼】の時は落ちるまで眺めていたからわからなかった。
なるほどなー…
光が完全に消えたそれをエレナが改めて持ち上げる。
「盾…かしら?まぁ、当たりね」
「【赤の盾】と言うそうです。私向きではありませんが、悪くありませんね」
エレナは笑みを浮かべ、セリアーナも嬉しそうだ。
エレナは盾を使うんだろうか?
わ…わからん。
「幸先がいいわね。アレク、次は貴方よ」
ポカンとする俺を他所に次はアレクが先程のエレナと同じように、女神像に向かい跪き、聖貨を掲げている。
ごつい兄さんがそのポーズをしているとちょっとシュールで面白い。
こっから光るのか…笑わないようにしないとな。
が、光りはしたのだが一瞬だった。
そして現れたものは小さい。
丁度俺の拳くらいの大きさの物が浮いている。
「【魔晶】か…錬金素材。外れです」
それを宙に浮いたままの状態で片手で掴み、少し落胆した様子でそう言った。
【魔晶】…【魔鋼】の仲間かな?
錬金素材って言ってたし、【魔鋼】もやっぱり素材なんだろうか?
そして外れなのか…。
「そう。まぁいいわ。次は私ね」
そう言うなり、今度はセリアーナが女神像の前へ出た。
この偉そうな彼女もあのポーズするんだろうか?
似合わないなー、と考えていたのだが…、スッと立ったまま片手で女神像の前に差し出すだけだった。
他人のことは言えないけれど、敬意は感じないな。
さて、そんな雑な祈りでも女神様はしっかり応えてくれるようで、セリアーナは光を放っている。
アレクとは違い、エレナよりの光り方に近いが、物によって違うんだろうか?
程なくして光は落ち着き、現れたものが見えてきた。
40センチくらいの緑色の円錐状の何かだ。
…なんだあれ?杭?
「【緑の牙】ね。武器の様だけれど…何かしらね?」
あ、本人もわかってねーわ。
これで3回終えたけれど、わからんことだらけだ。
自分がやった時はもちろん、他人がやっているのを見てもわからない。
不思議だなー。
たった一言で締めていいのかはわからないが、俺の感想はこれだ。
◇
ガチャを終えた後、皆でセリアーナの部屋に集まった。
ガチャのアイテムは目の前の机に置かれている。
てっきり訓練場で使い方を確かめたり、練習したりするのかと思ったけれど違うのか。
「【緑の牙】。エレナ、これは貴方が使いなさい。代わりにその盾はアレクへ。【魔晶】は私がもらうわ」
セリアーナはそう言うと【緑の牙】と【赤の盾】に手を置いた。
何かしたのか、一瞬2つのアイテムが光ったと思ったら、形が変わっていた。
【緑の牙】は刃が緑の20センチほどの小振りで綺麗なナイフに。
【赤の盾】はサイズは変わらないが、赤い板からマンガやゲームに出てくる様な如何にもな真っ赤でカッコイイ盾になっていた。
「ぉぉ~…」
俺の右手の指にはまっている【影の剣】でも驚いたけれど、やはりこのファンタジーな感じはたまらん。
本当にどんな仕組みなんだろうか?
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さて、よくわからないがアイテムの形が変化した。
【浮き玉】も最初は重いだけの玉だったし、もしかしたらああやることで、効果を発揮できるようになるのかもしれない。
それはいいとして、今は何をやっているんだろう?
2人にセリアーナがアイテムを渡そうとしているんだけれど、ガチャの時みたく跪いている。
ただ渡すだけならそれでいいのかもしれないけれど、互いにアイテムに触れ、空いた方の手を合わせている。
何の儀式だろう…?
そう思いながら見ていると、その謎の儀式?も終わったようだ。
エレナとアレクがそれぞれ手に取り変化させている。
「何か聞きたいことでもあるの?」
じっと見ていたことに気づいたのか、セリアーナがこちらに来た。
「今やってたのは何なの?」
「そうね…その指輪、貸しなさい」
「えっ⁉」
先程の聖貨の件もあり、思わず手を後ろに回し後ずさってしまう。
「取らないわよ。説明に使うから貸しなさい」
まぁいいかと、指から外し渡す。
「見ていなさい」
そう言うなり自分の左手の指にはめるが、何も起こらない。
こちらに手を見せてくるが、少しサイズが余り、爪はピンクのままだ。
「…おや?」
【影の剣】は指にはめるとサイズが調整され、爪が黒く染まる。
そう認識していたんだけど、違うんだろうか?
おかしいな?と思いながら見ていたら、指輪を外し俺の手を取り指輪をはめた。
指輪はいつも通り、指に合うサイズになり爪は黒く染まった。
試しに爪を伸ばしてみるとちゃんと伸びた。
「…あれ?」
所有者制限でもあるんだろうか?
「わかった?恩恵品は最初に開放した者だけが使えるの」
そう言うと俺の手から指輪を外し、また自分にはめるが、何も起こらない。
ね?とこちらに見せてくる。
「ただし例外があるの。それがあの下賜の儀式よ。開放した者から使用権を与えられるの。そうすることで1つの恩恵品を複数の者が使えるようになるわ」
恩恵品はアイテムの事で、開放ってのはあの変化したやつの事かな?
なるほど…ガチャの時に自分が使わないのに当たりとか言ってたのはそれだったのか。
自分以外でも使えるのなら褒美なんかにも使えるな。
聖貨を集めている教会と仲が悪いのはその辺もあるのかな?
ところで、指輪返してくんないかな…?
◇
「セラちゃん、ちょっと手伝ってもらえないかしら」
ふよふよと屋敷の中を漂っていると、メイド長のハンナさんに呼び止められた。
「ん?はいよー」
一応乗り物ぽいし屋内での【浮き玉】の使用は控えていたのだが…、如何せん広い。
別棟にある使用人用の部屋を使っているのだが、俺の体じゃ行ったり来たりが非常にきつい。
ってことで許可を得て、屋敷内でも使うようにしている。
ガチャを引いた日から数日経ったが、エレナとアレクはアイテムを使いこなすべく訓練所に入り浸っており、セリアーナもそれにたまに混ざっている。
俺はアイテムを使えないし、訓練所には剣や槍は置いてあるが重くて使えない。
そもそも子供がいたら危ないし邪魔になるってことで、屋敷内で適当に過ごしていなさいと放置されている。
一通り探検は終えたし書庫はあるが本は貴重品ということで入室させてもらえず、やることの無い俺が始めたことが、使用人の手伝いだ。
恰好こそメイドだが、仕事はしなくていいと言われている。
ただ、突如拾われて来た子供が、仕事をしないのに個室を与えられ、好き勝手にしていたら、いくらお嬢様付きとはいえ反感を買いかねない。
てことで、簡単な仕事を手伝うようにしている。
具体的には高い所の雑用だ。
【浮き玉】に乗って出来るから何の問題も無い。
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