第5話

09 


「アレク、エレナ、貴方達気づいているかしら?」


唐突な言葉にそばに控えている二人は顔を見合わせた。


「…何をですか?」


「一昨日の夜中から、庭をうろついている人間がいるの」


窓に近寄り庭を見下ろしながらそう告げた。


『⁉』


彼らはあくまで護衛で、屋敷の警備は請け負っていない。

ただ、それでも兵士たちと連絡を取り合い屋敷への客人はもちろん、領都内の不審者の情報は得ている。

侵入は一昨日といった。

にもかかわらず、何の報告も上がっていない。

庭には犬も放っているのに何も騒ぎは起きていない。

侵入だけして何もしないのは割に合わないし、考えにくいのだが…

もし、暗殺や誘拐などを企んでいるのなら非常に危険な状況だ。

だが、どうもその様子は無さそうだ。


「そいつは魔物では無く人間なんですか?」


極稀に空を飛ぶ魔物が街中に侵入してくることがある。

この街では無いが、ダンジョンから出てきた魔物が潜んでいる場合もあるが…


「ええ、人間ね。さ、行くわよ」


そう断言し外へ向かうべく部屋を出て行き、2人もその後を付いていった。



『そこに潜んでいるのはわかっているの。さっさと出てきなさい』


「ぬおおぉぉお⁉」


昨日、一昨日とで大体の配置や警備状態を把握し、その情報を地図に書いていた時、唐突に【隠れ家】に響いた声に思わず叫び声を上げた。


「何だ何だ何だ⁉」


当たり前だが、【隠れ家】内を見回すが誰もいない。

外の様子を見ようと、モニターのスイッチを入れると、3人の姿が見えた。


1人は20代半ばくらいの背が高くごつい黒髪の男性。

武装しているわけでもないのに、冒険者は何人か見てきたが彼らよりもずっと強そうだ。

聖貨を回収する隊の兵に雰囲気が近い気がする。

彼らは強かった…。


まぁ、俺は素人で強さとかあんまわかんないけども…。


2人目は20前後くらいの長身細身で茶髪の女性。

この人は何だろう?剣を下げてるし、戦えるのかもしれないが…よくわからん。

背筋がピンと伸び、少なくとも弱そうには見えない。


3人目は、15~6歳くらいだろうか?

先の2人を従え、高そうな服を着た、金髪で偉そうな雰囲気の少女。

確かこの家の娘だったと思う。

馬車から降りる姿を昨日見た。

てことは領主の娘か…そりゃ偉いわ。


ともあれ、人が来ないであろう屋敷の外れに【隠れ家】で潜んでいるんだが、わざわざここまでやって来ている。


『一昨日の夜から庭をうろついているのはわかっているわ』


こりゃ思いっきりバレてるね…。


それにしてもこの音声はどういう仕組みなんだろうか?

モニターを通して外の様子を窺っている時は音声ももちろん聞こえていたし、スイッチを切っていたら音声は聞こえていなかった。


インターフォンみたいなものなんだろうか。

扉の前で呼びかけたら聞こえてくるとか…?



『お前、いい加減諦めて出てきなさい』


さて、そんなわけで今日だ。

昨日呼びかけをした後、この娘はさっさと屋敷に戻っていったが2人が交互にずっと見張りを続けていた。

大分寒くなってきているのに一晩中だ。

おかげで逃げ損ねた。

途中眠くなって寝てたが、起きて朝食中に確認したら、見張っていたからきっとそうだと思う。


今日も連れてきているのは2人だけで、兵隊は連れてきていない。

まぁ、その2人だけで数を補えるくらいの腕だって可能性もあるけど…むしろそっちか…?


ちょっと不安になってきたけれど、このまま粘っても仕方が無い。

【影の剣】を指にはめ、【浮き玉】に座り準備は出来た。

一応警戒は怠らないけれど、ここはVIPに繋がりを持てたって事にして、前向きに考えよう。


「よしっ!行くぞ!」


フンっと気合を入れ、部屋から踏み出した。


10


「おかしな真似はするなよ!」


【隠れ家】から出るなりこれだ。


ごつい兄さんが前に立ち、そのやや後方で茶髪の姉さんが剣を抜きこちらに向け、警戒している。

我ながら弱そうな見かけなのに、油断していない。


まぁ、【隠れ家】から出る姿ってのは見た事無いからどんなのかはわからないが、何もない所から現れたら怪しまれるか。

でも剣を向けられたのはちとビビる。

これが殺気ってやつか。


「2人とも下がりなさい」


こちらをじろじろ見ながら2人を下げる金髪。

さらに、割と緊迫しているはずの空気をものともせずに話しかけてくる。


「敵対する気は無いんでしょう?付いてきなさい」


そう言うなりこちらの反応を待たず、さっさと引き返していった。


「ぇぇぇ…」


いや…敵対する気は無いんだけどもね?

もっとこう…何なん?あの娘。


「あぁ…まぁ、悪いようにはならねぇよ。行こうぜ?」


どうしたら…?と戸惑っているのがわかったのか、ごつい兄さんが声をかけてきた。

先程までは警戒していたのに後ろの姉さんもだが、もうそんな素振りは無い。

あの金髪はそこまで信頼されてるんだろうか?

よくわからないけど、穏便に行きそうだし、これは当たりかもしれんね。



付いていった先は屋敷の金髪の部屋だった。

妙にうろうろ遠回りしていたからどこに行くんだろう?と思っていたが、外の兵はもちろん、中の使用人とも会わなかったし、もしかしたら避けていたんだろうか?

凄いな!この娘。


「それで、お前孤児院の子供ね?どこの街から来たの?」


部屋に入るなり聞かれたことはそれだった。

何もない所に隠れていたり、変な玉に乗って浮いていたりと、怪しい所はあると思うんだけど…。

まぁ、いいか。

気を取り直し説明をしよう。


説明といってもそんなに大したことはない。

名前に年齢、【隠れ家】で教会の馬車に潜みここまでやって来た。

それだけだ。


そういえば街の名前もだが、この国の名前も知らなかった。

自分の住んでる街とかわざわざ名前で呼ばないから無理もない。


国の名前はメサリア王国で、この領地はゼルキス領で、領都は同じくゼルキス。

そして俺の育った街は、多分だが位置的にルトルの街だとか。


「加護持ちね…。ならお前の聖貨は当たりだったのね。それでお前、これからどうするの?」


一通り聞いて納得したのだろうか、今後のことを聞いてきた。

いつまでも庭に潜まれても困るだろうし、もっともなことだ。


「冒険者をやろうと思ってます」


それか泥棒だな…。

加護持ちや聖貨の当たりってのは気になるが、まずはちゃんと答えよう。


「無理ね。あれは14歳からよ」


なんですとっ⁉

あれ?もう泥棒ライフ確定なのか?俺。


「ところで、丁度お前がこの街に来たのと同じころに、教会で騒動があったの。不思議よね?あいつら普段は私たちと距離を取っているのに、衛兵にまで協力を願ってきたわ。何があったのかしらね?」


愕然としている俺を無視して話を続けてくる。

内容は…まぁ、うん。

俺が原因のだな。

そして思った通り教会とは仲が悪いらしい。


あはは…と言葉を濁していると続けてきた。


「何があったかは想像がつくわ。お前でしょう?それで?何枚盗って、後何枚残っているのかしら?」


このねーちゃん鋭いわ、バレてる。


「全部で38枚です。残りは8枚」


「そう。やはり当たりは無かったのね。それと、その似合わないしゃべり方はやめなさい」


あぁ、それは助かる。

偉い人相手の口の利き方とか教わってないからよくわからないんだよね。

ほっとしていると、間髪入れず続けてきた。


「残りの8枚、よこしなさい。そうしたら悪いようにはしないであげるわ」


とんでもねーこと言ってきたぞこのねーちゃん…。


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