第2話
03
あれから10日。
その間色々試し、分かったことがあった。
まずは【隠れ家】本体の事。
入り方は、壁や床といった、平らな場所で扉を開くようなイメージを持つことで入る事が出来る。
最初発動できたのは、まさに壁を向いて寝転がり、扉を開けることを考えていたからだ。
中々日常生活の中でそんなことは無いことを考えると、運が良かった。
扉の大きさは大体縦2メートル横1メートル位で、自分と一緒なら物も入れる事が出来る。
水を貯めて減り方で確認したが、大体外と同じ経過の仕方だった。
何でもかんでも放り込むわけにはいかないが、保管場所としては文句無し。
部屋から出る方法は簡単。
ただドアから出るだけだ。
そして、部屋の中身についてだ。
かつて使っていた家具がそのままあった。
テーブルやソファー、ベッド等はもちろん、冷蔵庫やエアコンにパソコンといった家電までもそのままあった。
おまけに、どこから引いているのかはわからないが、水道や電気も使えた。
インターネットは繋がっていなかったが、まぁそれは仕方ないか。
家具がある一方その中身は残念ながら何もなかった。
本や服、寝具に雑貨。
パソコンも、BIOS画面には行けてもOSが入っていなかった。
強いてあげるなら、オール電化が故に、部屋にサービスで付いていた一人用の鍋とフライパン位だ。
これは地味に助かる。
思わぬ事態ではあるが、これで脱走の目途が立った。
明日は馬車止めの掃除。
時期もちょうどいいし、これは俺に波が来ているね!
◇
今は秋の2月の終わり間近。
この世界は、春夏秋冬それぞれ3ヶ月ずつあり、春の1月が年明けだ。
孤児院では、冬の1月が来たら7歳の子供は翌年の冬の3月まで部屋を分けられる。
正確な誕生日がわからない子供が多いから、確実に聖貨を回収する為だろう。
そしてその聖貨をさらに回収する為に教会から人がやってくる。
正確な日程はわからないが、いつもその2~3日前に馬車止めの清掃を命じられる。
それで大体予測がつく。
必要なものは大体揃えたし、後は…
「おいっ‼」
掃除しつつ、あれこれ考えていたところ院長の怒鳴り声に邪魔をされた。
「何ですか?」
「ワシの本を知らんか!」
「本?院長先生がいつも持ってるやつですか?」
「違う!ワシの部屋の本だ、知らんのか⁉」
「やー、知らないです」
「そうか…見つけたらすぐに知らせろ。くそっこの忙しい時にここにも出たか…」
そう言うと、院の中へ戻っていった。
院長の部屋に入れるのは、俺を含めて数人。
もう少し詰められるかと思ったが、無くなった本はどれも図鑑サイズ。
1~2冊ならともかく、何十冊もは子供じゃどうにもならない。
きっと、ここ数日の間街に現れている泥棒の仕業と思ったのだろう。
まぁ、俺なんだけども。
◇
脱走するにあたって、流石にこの街に居続けるわけにもいかない為、よそへ出る必要があったが、移動の問題があった。
隣村まで街道を西に歩いて半日位だってことは知っているが、実際はどんな道で、安全なのかはわからない。
俺は街から出た事が無い。
だから、今度回収に来る教会の馬車内部に【隠れ家】を使って忍び込むことにした。
事前に馬車止めに潜んでおけば難しくはない。
そして、そのまま街の外。だ。
他の街の治安や景気はわからないが、少なくともこのままここにいても先が見えているし、チャレンジする価値はある。
後は、孤児院から逃げ出す理由だが、そんなもの腐るほどある。
年に数人はいるし、適当な子の前で不満を口にしておけばそれで十分だ。
数日のうちに教会の人間が来るはずだし、備えも十分。
善は急げ。だ、もう今日にしよう。
04
【隠れ家】の中からこんにちは。
馬車に潜み、俺のいた街から出ること10日が経った。
孤児院から出て馬車止めに潜んだ翌日に、教会から人がやって来て、そしてその日のうちに出発した。
何でも、少し天気が怪しいから多少無理をしてでも急いだほうがいいとか…。
危なかった。
この10日で5つの村と2つの街を通過し、野盗の襲撃が1回と魔物の襲撃が4回あった。
どちらも小規模なものだったが、俺が一人で歩いていたら間違いなく死んでいた。
危なかった。
その戦闘をリビングのソファーにのんびり寝転がりながら観戦していた。
いや凄かった。
剣やら槍やら振り回して、敵を薙ぎ払うのも凄いが、何より魔法だ。
ローブにとんがり帽子といったいかにもな恰好ではなく、軽装ではあったが普通の冒険者スタイルなので気づかなかったが、この隊に攻撃魔法の使い手が1人いた。
光球を放ち、それが相手にぶつかると破裂するというものだった。
バッティングセンターのボールより少し速く感じたから、130~140キロくらいだろうか?
それ単独では倒せないものの、確実に相手にダメージを与え大きな隙を作っていた。
結構グロい映像のはずだが、感動のあまり何度も見返してしまった。
前世でこの部屋を選んだ理由の一つが、セキュリティー設備の充実だった。
部屋の玄関はもちろん、エントランスホール、駐車場に防犯カメラがあり、それを部屋のTVやPCのモニターから見る事が出来る上に録画も可能。
まぁ、精々タクシーを呼んだ時に確認に使うくらいで、あまり役立つ機会は無かったが、まさかの活躍だ。
いや、堪能した。
さて、この一行。
教会の複数ある聖貨回収部隊の1つで、俺のいた街を含む地域を担当していたらしい。
そして回収を終え領都に向かっているわけなんだが、道中の街等通過がてら観察したが、孤児院があるからか子供が1人で生きていくにはなかなか難しそうな所ばかりだった。
いざとなれば【隠れ家】を駆使して泥棒ライフも可能だが、避けられるならそれは避けた方がいい。
領都って事はこの領地で一番大きい街なんだろうし、そこなら他の街よりは紛れ込めるはず。
会話を盗み聞いたところ日が暮れる前に到着するそうだし、教会に着いたら、タイミングを見て抜け出そう。
箱の中身を整理しながらそんなことを考えていた。
◇
バカでかい街壁を越え街の中心地からいくらか進んだところにある教会。
今はそこの馬車止めに例によって【隠れ家】を使い潜んでいる。
我ながらこれ便利だなー。
教会に着き馬車から荷を下ろし終え、人が途切れたところで馬車から抜け出す事に成功したのだが、どうにも人が多い。
それに加え、帰還した隊が回収した聖貨が何故か見つからず大騒ぎになっている。
この国の貨幣は、銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨で、それぞれ10枚毎に上がっていく。
一応その上に大金貨もあるらしいが、それは商家なんかが取引に使う物で、普段使いする物では無い。
銅貨1枚が日本円で大体10円位で、聖貨は1枚で金貨20枚。
この隊が回収したのは、全部で38枚。
日本円にして約7600万円。
地方ならちょっとした良い家を土地ごと買える。
俺は聖貨の価値を少し怪しんでいる。
何故なら、俺の【隠れ家】は正直金貨20枚じゃ破格過ぎる。
もしかしたら、何か理由があって上限を決められており、実際の価値はずっと上なのかもしれない。
そう考えると外の騒ぎも納得だ。
目の前のテーブルには馬車から消えたはずの聖貨が重ねられ、同じく箱の中に入れられていた30センチ程の高さの女神像と一緒に置かれている。
「ちょっと悪いことしたかもしれんね…」
ついつい行けると思い、教会に着く寸前に【隠れ家】から出て、思わず聖貨を収めた箱を失敬してしまっていた。
この街まで無事辿り着けたのも彼らの力なのだし、少々胸が痛むが仕方が無い。
ここは火竜に出くわしたと思って諦めてもらおう。
ちなみに「火竜に~」は冒険者用語で、予期せぬ不幸に会った時に使う言葉だ。
いつか使ってやろうと思っていたが、念願がかなったな。
そういえば、街に入ってからここに着くまでの間、冒険者らしい姿をたくさん見かけた。
ふふふ、ここを出たら冒険者を目指すのも有りかもしれないな!
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