聖貨を集めて、ぶん回せ!
青木紅葉
第1話
01
目に映るのは、大部屋で眠っている30人ほどの子供達。
いつもの光景だ。
そして、自分はその部屋の隅で壁を向いて眠っていて部屋の誰よりも早く起きた。
これもいつもの事だ。
この孤児院に捨てられもう6年と少し。
いつもと変わらぬ朝だ。
ただ違うのは、何か固い物を手に握っていること。
銅貨では無い。銀貨でも無い。見た事無いけど、金貨でも無い。
白く光沢のあるコインで、片面は女性が、反対側には何か神殿のようなものが刻まれている。
こんな物は見た事が無い。
でもこれが何か俺は何となく予想がつく。
聖貨だ。これ。
◇
聖貨。
産声を上げた時と8歳の誕生日に手に握った状態で贈られる、女神の祝福。
それ以外だと、何か偉業を成し遂げた時に贈られるとか贈られないとか…。
そして、たくさん集めると良い事があったりするらしい…。
よくわからないが何か不思議なコインらしい。
さらに一番重要な事が、何でも金貨20枚で取引されているそうだ。
もっとも正規の窓口が限られているとかで、満額手に入れられる事は稀らしい。
さて。
さてさてさて。
思わぬお宝ではあるが、一つ問題がある。
俺7歳のはずなんだよな。
◇
日本で社会人としてそれなりに順風満帆な生活を送っていた俺。
ただ、何が起こったのか気づいた時にはこの孤児院でガキンチョどもに囲まれ、ついでに自分もその一員だった。
不摂生を酒やタバコで誤魔化していた覚えはあるし、何だかんだで訳が分からないなりにも何となく順応し今に至っている。
ただ、このままここに居つく事は出来ない。
何故なら、ここに限らずおそらく他の孤児院もだが、聖貨を孤児院で回収している。
正規の窓口の一つが教会で、孤児院はその傘下にある。
聖貨の売却益を院の運営に使うのならまぁ我慢するが、院長室の掃除の合間に帳簿を盗み見た限り、その大半が院長達の懐に入っている。
大体、子供たちの食事にしたって自分たちが育てた野菜がほとんどだし、金だって自分たちが街で働いて稼いだ金だ。
子供の世話にしたって、年長組が見ている。
つまり、孤児院とは孤児を集めて聖貨を回収する為の組織ってわけだ。
体が小さいからかまだ7歳と思われていたが、無警戒のうちに聖貨を手にする事が出来た。
元々考えてはいたが、やはりこれは脱走するしかないな。
許せよ。兄弟たち!
◇
孤児院なのに脱走とはこれ如何に?と思うかもしれない。
8歳までは聖貨を回収する為にそれなりの扱いはされる。
仕事は街中の食堂の手伝いや掃除などだ。
だが、8歳を過ぎたらそれが変わる。
例えば荷運び。
重たい物をひいこら言いながら運んでいる姿を見た事がある。
例えば農場。
朝から晩まで動き回らなければいけないらしい。
他にもあるようだが、どれも帰ってきたら倒れるように眠り込んでいる。
大体ここで死ぬ。
運良くそこを生き延び12~3歳あたりまで成長したら、男は鉱山もしくは開拓地。
女も器量が良ければ娼館、それ以外は男と同じく鉱山もしくは開拓地だ。
なんにせよ過酷で危険な場に送り込まれる。
その上賃金は孤児院に払われる。
牢屋の方がマシなんじゃ…?とすら思える。
実際、年に数人は脱走者が出る。
その後どうなったかは知らないが…。
そのルートに乗っかってしまったらもう野垂れ死ぬ運命しか見えない。
何としても脱せねば…。
◇
脱走する決意は固めたものの、どうしたものやら。
如何せん、身寄りの無い子供だ。
虎の子の聖貨。
これを何とか生かすべきなんだろうが…。
俺は酒場で皿洗いや、野菜の皮むきなんかの仕事をすることがある。
たまに、具体的には月に1人か2人、聖貨を得た客が来る。
そして、仲間や周りの客に酒を振舞っていた。
冒険者って職やモンスターの存在にばかり気を取られて、聖貨の情報を聞き逃していたのが痛い…。
この街には他にも7~8軒同じような酒場はあるが、多分同じようなものだろう。
大体月産10数枚って所だと思う。
そこに紛れ込ませて現金化するのは難しい。
誰か大人に換金を任せる?
持ってかれるだけだ。
「うーむ…」
思わずうめき声が漏れてしまった。
脱走したとしても、現金化ができない。
仮にできたとしても、金貨を持ち歩くのは危険すぎる。
絶対安全な隠れ家でもあれば別だが、そんなものは無い。
「はぁ…」
思わずため息がこぼれる。
今いる場所は院長室だ。
本やら何やら高価なものが置いてあるため、掃除係として俺と年上の数名を除いて、基本的に人の出入りは無い。
嫌っていても、わざわざ汚したり乱暴に扱う気も無いし、何だかんだ一人になれるここは気に入っている。
強いて言うならここが院内での隠れ家だが、出ようとしているんだから意味が無い。
「はぁ…」
またもため息がこぼれる。
中々に世知辛い。
02
ドゥロロロロロロロ
「⁉」
ため息をつきながら、聖貨を掲げた瞬間、急にドラムロールが鳴り始めた。
そして、リールが物凄い勢いでぶん回っている。
目の前には院長の机と、その後ろの女神だか何かの像と壁だ。
思わず両方の目を擦ってみたが、変わらない。
ただ、リールが回転している事だけはわかる。
「…脳か?」
何がとは言わないけれど、脳な気がした。
ドゥロロロ…
手早く掃除を終え、いつもなら本を読んでいるが流石にそれどころではない。
いつの間にか、手に持っていた聖貨も消えてしまっている。
驚いて落とした可能性も考え、部屋中を探してみたが、無かった…。
ドゥロロロ…
そしてこのドラムロール。
鬱陶しいし、いい加減止まって欲しいけれどレバーもボタンも無い。
どう止めればいいんだろうか…?
聖貨が消えこの現象が起こったって事は、恐らく、聖貨を消費するガチャ的なものだと思う。
そうでなきゃ困る。
「ストップ‼」
とりあえず気合を入れて叫んでみた。
「お!」
気合が効いたのか、回転が徐々に緩やかになっていき、そしてついに止まった。
パンパカ、ファンファーレが鳴っているし、きっと何かいいものが出てくれるはず。
「…は?」
頭の中に文字が浮かび上がった。
その内容は【隠れ家】
◇
この世界には魔法がある。
以前教会の治療院という、病院のような所に手伝いで駆り出されたことがある。
そこで掃除やら洗濯やらをやっていた時、運ばれてきた傷だらけの男が、神父が杖を掲げながら何やら唱えたと思ったら、徐々に傷がふさがっていった。
神聖魔法というそうだが、要は回復魔法だ。
もちろん回復魔法があるってことは、攻撃魔法などもある。
何でも、効果は違うものの魔力を行使するという点は同じで、基本は一緒らしい。
そして、生まれつき使える者もいれば、後天的に身に着ける者もいるそうだ。
上がったね。
テンションが。
それはもう、冒険者や魔物の存在を知った時以上に。
以来こっそりと、「波~~~!」だとか「~デイン!」だとかを練習していたが、俺に才能が無いのか、何かが間違っているのか、何も起こらず、いつしか断念していた。
だが、突如手にした聖貨の存在で、一気にその時の気持ちが沸き起こったのだが…。
【隠れ家】
まさかの不動産だ。
確かに欲しいとかは考えていたが、いきなりそんなの手にしても困るし、そもそもどこにあるのかもわからない。
あの後あまりの事態に呆然とし、気づいたらいつの間にやら夜。
いつも寝ている大部屋の俺の指定席の隅っこに寝っ転がっていた。
明かりなど無く、窓はあっても今夜は新月。
今の気分を表すように真っ暗だ。
上手くいくかはともかく、それでも明るい未来の想像を楽しめたが、さすがにもう無理だ。
さようなら、素敵な未来。
扉を開けば、真っ暗な人生。
そんな下らないフレーズを考えていたからか、真っ暗なのに何かドアのようなものが見えた気がしたので、折角なので開けてみようと…
「…あ?」
冷たい木の床ではなく、やっぱり冷たいがつるつるしたタイルの上に座っていた。
「ここは…⁉」
今俺のいる場所。
それは、孤児院でもなく、前世の実家でもなく、大学生の頃のワンルームでもなく、新入社員の頃の独身寮でもなく、その後何度か引っ越した部屋でも、独立時に事務所も兼ねた一軒家でもなく、事務所は別に設け、利便性で選んだ最後の住居である1LDK、そこの玄関だ。
何年も住んでいたんだ。たとえ明かりがついていなくても、ここから見える部屋の様子を見間違えるわけない。
え…何?隠れ家ってこういうこと?
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