第40話

 髭面の男がふんっと鼻で笑った。

 くそ。なんか尊大な態度も、落ちぶれた皇太子みたいだな!

「おまえさぁ、あんまり大人なめんなよ?」

 は?

「ケツの青い坊やじゃあるまいし、女と男の違いくらい見たら分かるっての」

 え?

 マジか?

 やばくね?それ……。

 さーっと青ざめると、にやりと髭面のおっさんが笑った。

「いや、前言撤回。それじゃ、わかんねぇな」

 じーっと、胸元を見てくるおっさん。

 失礼なやつだなっ!

「変装してるんだから、分からないようにしてるんだよ!っていうか、それなのになんで女なんて言ったんだ?」

「踊ってただろ、ワルツ。女のポジションで」

 うご、確かに……。

 体を動かしてなまらない為に……。踊ってました。

「あー、失態……」

 おっさんがまたにやっと笑う。

「まぁ、普通のやつには何の動きをしてるかなんてわかんないだろうから安心しな。あんなスピードで動き回られたら、目で姿を追うのも大変だ」

 じろりとおっさんをにらむ。

「いい年したおっさんともなれば、分かるってこと?」

「あー?誰がおっさんだ?」

「自分で大人って言いましたよね?」

「おっさんと大人は違うだろ」

「ええ、そうかもしれないですね。少年の恰好していれば、なにか理由があって女だと思われたくないというのを察して、そこの女なんて呼び止めようなんて、いい大人ならしませんよね。それくらいの空気を読めるでしょうから」

 ふんっだ。

 なんかニヤニヤ馬鹿にしたような顔する人間は、全然大人じゃないんですよーだ!

 社交界なめんな!

 表情は隠すもの。相手を馬鹿にするような表情なんてもってのほか。戦争する気か!ってなるからね!

 ときどき自分は偉いんだからと相手を明らかに馬鹿にしたような態度をとる愚か者も学園にいましたが……。まず没落です。

「ったく、口の減らねぇ女だなぁ。まぁいい、悪かった。で、頼みがあるんだが」

 ば、馬鹿なの?こいつ、馬鹿なの?

 散々人を小ばかにしたような態度を取っておいて、頼み?

 んなもん、誰がきくもんですか。

「お前、今、頼みなんてきかねぇって思ってるだろ」

「うっ」

「俺は大人だからな、それくらいの表情は読める」

 くっ。私もまだまだだわ。感情を隠し切れないとは。

「頼みを聞いてくれたら礼をする、もしくは女だと周りに言いふらされたくないなら頼みを聞け。どっちを選ぶ」

 ……。

 な、に、さ、ま?

「あいにくと、人を脅して言うことを聞かせようとする相手の頼みなんて、死んだって聞いてあげるつもりないから」

 女だとばらされたら困る事情があると思ってるのか。

「あははは、悪い悪い。いや、非常にまずい状態なんだ。だから、脅しをかけてでもと思った。このままじゃ、俺もお前もやばい」

 はぁ?

「私はやばくないので、それではさようなら」

 くるりと背を向けて来た道を戻ろうとすると、焦った声が聞こえてきた。

「いや、頼む、悪かった。あんまり反応が面白いんで、ついからかったが、本当に、このままじゃまずい。魔窟の中、魔の物が1体もいなかっただろう?」

 ん?

 思わず足を止める。

 それは確かにおかしいなと思った。

「本当ならこの時間、魔活性で昼間よりも魔の物が増えるはずだ。こんなことははじめてのことで、一体どうなっているのかと調査でここまで来た」

 ほほう。

 北の国の冒険者でも知らない?

「ここは何の部屋か知っているか?」

 は?

 馬鹿にしてる?

「ボス部屋でしょう?一番奥で、その先にもう部屋はないんだから。それくらい北の国の人間じゃなくたって知ってるわよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る