第32話

 って、おかしいよね。

 この場に絶対不釣り合いだよね。

 目の前の青年、冒険者に見えない。魔窟の近くの森の中にいるような人物に全然見えない。

 白い肌に、つやのある金色の髪の毛。後ろで一つに束ねた髪は、腰あたりまで伸びている。

 整った顔立ちに、感情がよく分からない、笑みを浮かべている。

 一目で上流階級の人間。貴族って思わせるようなその姿に、ここがどこだったかということをすっかり忘れて、王宮のシャンデリア輝く広間の幻影さえ見え、思わず慌てて挨拶をしてしまったほどだ。

 改めてよく見れば、ちょっと高価そうではあるけれども、特別というわけではなさそうな金属の肩当胸当てを装備している。腰には私の初心者用のものとは違う、銘が入ってそうな剣も。

 冒険者……だよね。

 そういえば、お父様は公爵令息だったくせに修業とかいって冒険者になったらしいから、目の前の人もそういう可能性?

「実は貴族ですか?」

 私の質問に、目の前の青年は笑みを崩さずに少し首を傾げた。

 柔らかなつやつやの前髪がさらりと揺れる。

「君こそ、ごきげんようなんて、貴族みたいだったよ」

 ぎくぅ。

 まずい、やばい。汗。

 むしろ貴族なんじゃね?そういうところ貴族っぽいよねって話をすればするだけ、私の方が貴族ばれしちゃう危険性。ごまかさないとと焦っていると、青年がふふっと笑った。

「ふふふ、でも覚えておくといいよ。男の子は、ごきげんようと言った後、右手を胸に、左手を背中に、こうして礼をとるんだよ」

 あー、そうか。カテーシーしそうになったの見てたのか。

 っていうか、なんだこいつ。すげー優雅に完璧に礼をしたぞ。この動き、マナーの先生も減点できないかんっぺきな動きじゃない?

 背筋が曲がっていますわよ!

 足のつま先の向きの角度がおかしいですわ!

 顔を上げるまでの時間も考えなさいっ!

 顎を出して顔をあげるんじゃありませんっ!

 ほら、指先が下品に曲がってますわ!

 って、いろんなこと、同時に、できるかーっ!って。

 ああ、思い出してもつらい授業でした。

 しかし、見よう見まねならこんな完璧な所作ができるとは思えない。

「やっぱり貴族……」

 ぼそりとつぶやくと、青年はそうだとも否定もせずに、私のウサギに目を向けた。

「ところで、君はここで何をしていたんだい?」

 何をって。

「見てのとおりです」

 料理だよ、料理。

 ウサギを焼いて食べようとしてたんだよ。

 まぁ、ちょっと、もくもくの木で失敗しちゃったけど。

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