第32話
寝床は人の多い商店街から歩いて20分の宿泊施設をいつも利用していた。
格安のホテルで事足りた。なんでも、どこも一泊4500円のホテル<ニューウエーブ>である。
神々の住む都市にある系列店のようで、ビジネスホテルではないが瑠璃の考慮した結果の寝床である。
そこで、食事は全部外で食べるのだと受付に言っておいて、一泊2500円にまで負けてもらった。風呂やトイレも女性の瑠璃には申し分なかった。
財布を調べると、元手の6万円が今では72万円。寝床の分を引いても64万7千5百円の儲けである。通貨は下界と同じ円だった。
瑠璃は店内での電気的な大音響が大好きだった。
この日も競馬帰りにウキウキ気分で店内に入っていった。早速、目ぼしい台を探す。この時には天才的な直観が瑠璃にはあった。4割の確率で当たる台を見つけるのだ。
時にはまったく出ない時が何度もあるが、だいたいは直観を信じていれば、当たる台に巡り合う可能性があると信じているのだ。
瑠璃はギャンブルにのめり込む時だけ、この世界の恐ろしさを忘れられるようだ。
店の一番奥の中央の右端。
瑠璃の直感はそう感じた。
瑠璃は恐怖を払拭するために、この世界でなんとしても一攫千金をしておきたかったのだろう。そうすれば、ここが楽しい夢の世界でもあることを自覚できるはずである。
何列かのパチンコ台を通り抜けて、目的の人のいない台へと座ると、持っていたバックを膝に乗せた。そこから一万円札を二枚抜き取り、いざ勝負。
30分経っただろうか。
隣の台の男は台を叩いて、このパチンコ屋の正面にある15階建ての巨大なゲームセンターへと向かった。
「ジョー助も今日は旗色悪いな」
そんな声が瑠璃の耳に入った。
瑠璃は当たらない台を蹴って、ウンザリした顔でゲームセンターへと向かった。
横断歩道を歩いていると、瑠璃は自然にその男の体格を観察していた。
でっぷりとでた腹をしていて、もじゃもじゃの頭は毎朝の櫛を忘れているようだ。服装は薄汚いいでたちで、茶色いポロシャツと黒のジーンズ。両手をポケットに突っ込み。少々赤ら顔で溝が深い顔に汗をかいている。
瑠璃はさすがに、こんな男を雨の宮殿に連れて行くのは御免だと思ったようだ。瑠璃も遊び人だが、服装や化粧。何を取っても上質なものを好んでいる。
化粧代や着る物には毎月6万単位は支払っていた。
なのに何故、その男に付いて行くのか瑠璃自身にも解らなかった。きっと、正志の誠意が瑠璃の心の隅でちくりと突ついていたのだろう。
ゲームセンターもパチンコ屋と同じく電気的な音が大きく。瑠璃は耳を塞いだ。ジョー助は10階まで薄暗い一室へとエレベーターを使った。箱の中では制服を着た高校生たちの姿もあった。
瑠璃はジョー助をチラチラと脇目で見ていた。
薄暗い店内は複数のゲーム機による申し分程度な光で少しは明るかった。中学生くらいだろうか、複数の男の子たちが学校をさぼって遊んでいた。
ジョー助は一番窓際のゲーム機へと向かった。
瑠璃には無縁な場所だったが、ジョー助の後を追ってやり始めたゲームを覗く。
「あの……あなたが戦の神のさすらいのジョー助ね?」
ジョー助の行う目にも止まらぬ両手を見つめながら囁いた。
「……」
周りの男の子たちは自然な態度で、ゲームをしていた。彼がここにくるのには慣れているのだろう。
高速で動くジョー助の手を瑠璃は見つめている。
「私は花田 瑠璃。ねえ、私も遊び人だけれど……。雨の宮殿へと来て欲しいのだけれど……。そこには、大勢の人たちが不本意なのに捕まってしまっているわ。そして、私たちの依頼人の娘さんが捕まってしまっているのよ。なんとかしないと……やっぱり、いけないと思えてきたの」
瑠璃は更に言葉を続ける。
「きっと……正志さんも同じことを考えると思うの。そう……大きな運命には逆らえないって……。私は今までとこれからも、依頼人の娘さんのことを大事には思わないかも知れない。けれど……人生って色々あるのね。こんな私でも神様をこの広い都市で見つけられるんだもの。きっと、大きな運命には逆らえないんだわ。……ええ……私はこの世界が嫌いよ。……もう怖くて帰りたいって気持ちでいっぱいだったけれど……。何て言うか……」
ジョー助の顔が瑠璃に向いた。……相変わらず両手は高速で動いている。
「君たちのことは、よく知っているよ。虹とオレンジと日差しの町で少し戦ったね。それよりも前にも(下界で)戦っている。小さいことでも戦いは戦いだ。でも、僕は遊んでいるわけじゃないんだ。……こうやって、多くの人たちの戦いを自分の手で操作しているんだ。君にはゲームや遊びに見えても、僕は神だからね。こうやって、下界の戦いに干渉しているんだよ」
瑠璃は目を見開いて、
「う……嘘……。私ったら神様に説教しちゃった」
ジョー助はニッコリと笑って、
「君も小さい時に弟と喧嘩したね。あれも戦いなんだ。僕が管理しているものは戦いならなんでもさ。子供の喧嘩や昆虫同士の喧嘩から国同士の戦いまで……」
ジョー助はゲームに目を戻した。
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