第30話 神々の意外な生活
「どいて下さい! どいて下さい!」
ケーキ屋から20分以上も走りながら、正志は高級住宅街へと走り続けていた。荒い呼吸で通行人をどかしどかし進んで行くと、真っ赤な炎が所々に飛び出す高級住宅街へと着いたようだ。
「危ないから下がって!!」
何台も集まっている消防車から、一人の男が正志と何時の間にか現れた野次馬に言った。
その男は黒人で見事なチームワークで、盛んな火の手を防ぐところでもあった。手にはホースを持ち、正志の好奇な目を気にもしなかった。放水は的確に家屋の炎や付近の燃え盛る場所を狙い。火の手の逃げ道を遮った。高級住宅街の窓からは多くの人たちが、まるで何かのショーを見ているかのように歓声を上げ始めた。
正志はこの男が英雄のヒロだと直感的に思っていた。
数人の男たちが、正志のところからホースを引張って来た。白人や日本人もいる。火の手は三階建ての家屋から出火し、隣にまで燃え広がっている。
消防車と消防士の間で、正志は野次馬とともに炎を見つめていた。
「俺に何かようか?」
黒人の消防士は消火を終えた住宅街で、汗を拭きながら正志に言った。耐熱帽を脱いだ頭には汗が到る所に噴き出ていた。
正志は慇懃にお辞儀をしてから、
「あなたが、英雄のヒロですか。だとしたら、私たちと是非来て下さい。雨の宮殿で……」
正志の話の途中でもう一人の男が、黒人男性に手を上げて歩いてきた。
「エディ。帰るぞ」
もう一人の男性は白人だ。
「え……?」
「どうしたんだい?」
エディと呼ばれた男は首を傾げる。
「人違いだった……。いや……実は英雄のヒロという火の神を探しているんです。ひょっとしたら、消防士だと思ったんですが。どうもすいません……」
エディはいきなり笑った。
「はっはっ、冗談だろ。俺じゃなくて俺の弟だぜそれは……。弟なら放水もホースもいらないぜ。火事が逃げちまうからな」
「弟さんですか?」
正志はエディに向かって、瞬時に気を取り直してにっこりと笑った。
「できたら、お会いしたいのですが……。どうか、お願いします」
エディの家まで正志はタクシーを使った。エディに自宅の住所を教えてもらったのだ。複雑なビルディングの間を、タクシー運転手は苦も無く右に左に突き進んで、都市の外れへと向かっていった。ヒロの家は神々の住む都市の南に位置していて、近くに大きなアスレチック施設のあるところだった。
細い丸太で出来ている木造建築の住宅が見えると、私服のエディが今帰る所だった。
青い普通自動車から降りたエディはこちらに向かって手を振った。
正志はタクシーにかなりのお金を支払うと、広い玄関まで歩いて行った。大きなアスレチック施設は東京ドームが2個分の大きさで、ガラス張りのその建造物には夕日が映えていた。
玄関で待っていたエディがニッコリと笑った。
「あんたツいているね……引越したばかりだし、今日は非番だったんだぜ」
長身で背筋がピンとした若者だった。
がっしりしていて隆と同じくらいな体格である。
「俺の弟も非番でよ。なんなら俺が話してみようか?」
「ええ。お願いします」
正志はエディが玄関のドアを開けると、緊張した足取りで中へと入った。神に会うのはこれで三度目だ。恐らくモルモルも時の神なのだろう。
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