第27話 神々が住む都市

 遥か彼方にビルディングやデパート、色とりどりの住宅街や巨大な観覧車が見えてきた。大雪原からおおよそ二週間くらいである。

 地上には下界と同じ。まったく普通の格好の人々が生活をしていた。

 隆は地上へと車を降下させ、正志もそれに続いた。

 林立するビルディングの隙間を縫って、停車させたところは100円パーキングであった。


 ここは大都市といっていいほど、繁栄していた。虹とオレンジと日差しの町より遥かに大きく。人口はおおよそ140万人といえよう。

「本当にこんなところに神様がいるのかしら?」

 100円パーキングの駐車場へと100円玉を何枚か入れながら、智子が言った。

「神様のことだから本当なんだろう……」

 隆は項垂れた。半ば一文無しだったのだ。

 智子がいて良かったと思っていると、正志も100円玉を何枚か数えている。

「ねえ、正志さん。神様なら一緒に戦ってくれるんでしょ?私たちと……」


 瑠璃はこの都市にはパチンコや競馬がないかと思案していた。正志たちが重要な話の最中にこっそり抜け出して、一攫千金をしようかと考えている。恐ろしいこの世界でも、いつもの娯楽は精神安定剤になるはずである。

「ああ……。協力してくれればいいんだけど……。瑠璃、百円玉二枚あるか?」

 四人はすぐ近くの交差点へと歩いて行った。

 天気は快晴で陽射しが心地よく。風には色々な空気が混ざり、下界の大都会と大差ない。

 当てもないのでどうしようかと隆が思っていると、そこで24時間のお姉さんからの着信があった。

「ここから、交差点を左に曲がって、交番で大日幡建設(だいにちまんけんせつ)という会社を聞いてください。そこで私は働いていますから」

 電話を受けた隆は目を丸くして、

「神様なのに働いているんですか?」

「ええ、みんなそうですよ」


 無数の普通自動車やバスが行き交い。大勢の通行人も賑やかである。この天の園には珍しいコンビニがあった。クレープを売っている店やたこ焼き屋もあり、珍しい電話ボックスもあって、一人の男がにこやかに電話をしていた。

 駅や交番もあって、普通の都市である。

「ねえ、何か食べたくなるわ。あなた。……でも、この世界のものを食べるといけないって?」

 長身の智子はもともと食欲がおおせいな体質だった。

 瑠璃も正志も今になって、この世界の食べ物を食べてはいけないということを知った。

「ほしいなら、釣り具を使えよ」

隆は念のために釣り具を持って来ていた。


 反対側の道路の交番では、一人の白い髪の背の高い警官が背広の中肉中背の若い男性と話していた。

「ですから、大聖堂で小便をした不届き者に天罰を下したいので、藤崎落雷サービスセンターへと行きたいんです。どっちへ行けば? そして、ここからは遠いので、すぐに乗れるタクシーのある駅はどちらですか?あ、でも、アポイントメントを取ってなくて、公衆電話を探したら、そしたら、財布をどこかに落としてしまっていて……」

 若い男性は背広姿で取り留めもない言葉を羅列している。

「えーっと……まずは財布を見つけて、それから?」

「えーっと、アポイントを取るためにタクシーに乗って? 次は駅の場所はどこですか?」

 隆は交番を見ると、急いでずんずんと巨漢を進めて白髪の警官と若い男性の間に割って入った。


 若い男性は微苦笑したが、無言で隆たちを見つめた。

「大日幡建設会社の場所が知りたいんですが? 私は娘に会うためにこの都市へとはるばる来ました」

 隆は気が高ぶることを気にも留めない。そのまま声にでていた。

 智子と正志たちも切迫して、白髪の警官と若い男性の間に割って入る。

 また、若い男性は微苦笑したが、気のいい人物のようで、何も言わなかった。

「えーっと、そちらは大日幡建設会社の住所が知りたい? こちらは財布を見つけたい? ……で、いいのかな?」


 隆たちは交番で大日幡建設の住所を何とか知りえた。

 四人で交番から西へと歩いて行くと、通行人が疎らになってきた。丁度、通勤時間や登校時間が過ぎていた。

 日差しは少々酷だが、汗を余り掻かずに済み。気温は24度くらいか。さほど大きくない会社でモルタル塗りだがモダンな造りの建物が見えてきた。

 営業の人だろうか。背広姿のサラリーマンやOLが行き交うガラス製のドアの出入り口を見て、四人は首を傾げた。

 こんなところに神様がいるなんて……。


 早速、四人で入り。受付に向かうと、正面に二人の同じ顔の女性が座った受付があり、両脇にはエレベーターが取り付けられていた。中央には羽ばたく鷹の彫像の口から水が湧き出る噴水が設置されてあった。

 他には何もない。まるで巨大なエレベーターホールに受付があるような造りだった。

 受付の女性は事務的に電話応対をしていたが、隆たちに気づくと受話器片手に「何の用ですか?」という顔をした。

「あの……時の神様の24時間のお姉さんはいらっしゃいますか?」

 隆はそう言ったが頭が混乱しそうだ。

 智子たちも同じである……。


 受付にいる二人の受付嬢は双子のようだ。

「お名前を……。後、アポイントメントは取っていますか?」

 受付嬢は受話器を持ったまま返答したが、けれども、不思議なことに通話中のはずのその電話が鳴りだした。

 しばらく、その電話の主と会話をしたのち、受付嬢は二人同時にこくんと頷き、ニッコリと微笑んで隆たちに二人同時に言った。

「12階の時の管理課です」

 4人はホールのエレベーターに乗った。普通の箱には二人の背広姿がいて、仕事の会話をしていた。何でもエベレスト山に登った登山家の安否を懸念しているといった内容だった。



 食料は足りるか、寝床は寒くないかなどと話している。

 隆は12階のボタンを押すと、箱がゆっくりと上がって、二人の背広姿は5階で降りて行った。


 エレベーターから降りると、広いフロアには電話が鳴り響き、走り回る人や各ブースのディスクで仕事をしている人々でごった返していた。皆、地味な背広を着ていて働いている。茶坊主だろうか?しきりに大きなやかんを持って歩き回る男性がいた。

 隆たちはフロアに入ろうとすると、一人のOLが歩いてきた。

「隆さんですね。私が時の神です」

 そのOLは美しい西洋人で、さらさらの金髪は腰の辺りまで流れ、均整の取れた目鼻立ちは見たこともない輝きを秘めていた。OLらしいビジネススーツを着ているが、神々しさで隆はここが天界なのを思い出した。

「神様。雨の宮殿にすぐに向かいたいんですが……。どうか御助力を……」

 隆は里見のことを気遣う気持ちで切迫し、ここまで来て暖かくなる気持ちの二つの感情を抱えていた。


 言葉が以前と違っているのだが、あまり気にしないでいいという感じの雰囲気を、時の神は放っていた。

「神様お願いします。どうしても、私たち……里見ちゃんに会いたいんです」

 智子も涙目で時の神に頭を下げて進言した。

 時の神の24時間のお姉さんはニッコリと慈愛を込めて微笑み。このフロアの奥のこじんまりとした応接室へと4人を案内した。


 窓からは、林立するビルディングに昼の暖かな光が反射していた。

 4人が革製のソファに座ると、男性の茶坊主がそそくさとお茶を運んできて、ぺこりと頭を下げた。

 使い込んだ革製のソフャは疲れを少しづつ癒してくれている。

 隆はお茶を手でテーブルの奥へと遠ざけた。

「そういえば、元森くん。下界の人たちだから、この世界のものを食べれないのよ」

 すると、茶坊主はお茶を回収していく。

 24時間のお姉さんは隆たちに、声のトーンを低くして話し出した。

「最初に言いますけど……隆さん。雨の宮殿はとても危険なところなのです。でも、あなたたちは必ず里見ちゃんを連れ戻せるはずです。私には解ります。けれど、その宮殿にいる雨の大将軍(生命の神)は私にも理由が解らないのですが、やっぱり何かの考えがあって100年前から不穏なのです。これまで多くの人々を下界から攫っています。それと、虹とオレンジと日差しの町の人々も……。囚われた人々の安否は残念ですが解らないのが現状です。この時の管理課にいる私の上司のモルモルも・・・あ、私の上司の名なのですが、感知できないといっていました。そこへと里見ちゃんを救出しに行くのですから……」

 24時間のお姉さんがそう話している最中に、一人の男性が応接室に現れた。


 24時間のお姉さんの上司のモルモルである。

 顔中に髭が生え渡り、頭髪と混ざり合い。熊のような体格の西洋人だ。高級な背広姿を着こなし。24時間のお姉さんとは違い。どこか遠い神を思わせるところがあった。

「私たちは時を管理していますが。逆に言うと時における事象の知識だけを管理しているのです。つまりは、頭脳労働が私たちにできるサポートとなっています。玉江 隆さんには戦の神と水と正反対の火の神によるサポートも必要かと……」

 モルモルはそこで煙草に火を付けた。

 瑠璃はちょっとだけ険しい顔になった。

 パチンコ屋に入り浸る生活をしているが、煙草の煙が苦手なのだ。


 それと、自分だけどこかで抜け出して、ギャンブルをしたいと頭の片隅で考えているようである。この世界の恐ろしさからのささやかな逃避であった。

「戦の神と火の神はどこにいるのでしょうか?」

 正志はモルモルに進言した。

「実は、一度……。私たちだけで相談に向かったのですが、断られてしまって。今現在捜索中なのです。なにせ、二人とも多忙な身なので……。一度、見失うと探すのが大変なのです。私たちの時は現在ですから、未来が少しでも変わると解らなくなる」

 モルモルは首を慣らし、

「時という事象は千変万化なのです。少しでも起こりうる事象が違ってくると、その後も一つ一つの要素が変化し、場合によっては私たちの管理出来る範囲を超えてしまう。何とも頼りないことですが……仕方がないのです。人間や神の可能性などは場合によっては無限ですから……」

 24時間のお姉さんは声のトーンを低くして、

「私たちもここから探しますから・・・隆さんたちも探して下さい。きっと、この都市のどこかにいるはずです」

「あの、里見ちゃんはどうやったら蘇らせることができるのですか?」

 正志は瑠璃の手を握りながら慎重に話した。

「それは、簡単です。死者はこの世界から抜け出せれば蘇ることができます。けれど……

生命の神の許可が必要なのです」

 24時間のお姉さんの優しい言葉に正志は力強く頷いた。


 隆と智子は手を取り合って、その言葉を頭で反芻した。

「それでは、急いで探します……。あの……。ここでは、神様は別の名前を使っていますよね。できたら戦の神と火の神の別の名前を教えて下さい」

 智子はやや頭を使った。

「ええ……」

 24時間のお姉さんは少し間を置いて、

「戦の神はさすらいのジョー助。火の神は英雄のヒロです」

「はあ……」

 隆は気の抜けた返事を受けて、24時間のお姉さんはにっこり笑って、

「必ずどこかで会えるはずです」

「どうやら雨の日の不幸は雨の大将軍のためだったんだ……。不幸の時に生じる酸性雨は一体……?」

 正志は俯いて呟いた。

 正午のチャイムが聞こえて来た。


 その後、エレベーターで一階に降りていく中で、正志と瑠璃は別行動を取ろうと相談してきた。

 隆と智子。正志と瑠璃とで二人同士ならば、見つける手間が省けるだろうと考えたのだ。この都市はやはり広すぎて、ここから戦の神と火の神のたった二人を探すのは不可能に近いと合理的に判断した結果だった。

「では……。また、後ほど。今日一日で見つかればいいですね」

 正志は隆と智子と大日幡建設の近くのT字路で別れた。正志たちは右に、そして、隆たちは左に向かった。

「瑠璃。今度の依頼は凄いな」

 正志は色白の瑠璃の横顔を見つめながら話した。


 正志自身。瑠璃と自分自身の相性はばっちりだと思っているのだ。こんな依頼だが、心強い理解者で楽しい美人でもあった。

「正志さん。一体この依頼の依頼料は幾らなのですか?」

「そういえば……考えていないな……」

「もう……。いつもは依頼料が先で、仕事が後で。儲かったらすぐに湯水のようにお金を使って、無くなったらまた人助け。そんなあなたが私は一番好きだったんです。こんな訳も解らない。そして、怖い依頼なんて……」

 瑠璃はそっぽを向いたが、急に目を輝かして、

「ねえ、正志さん。私。心辺りがあるのよ。これから、別行動を取りましょ」

 正志は首を傾げて、「ああ、いいとも」と言った。

 瑠璃は角を曲がり商店街の方へと後ろ髪を揺らして歩いて行った。

「……あっちには、あるな。……パチンコ……」

 正志は商店街から反対方向へと向かった。

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