第26話 大雪原

 虹とオレンジと日差しの町から、休憩や所々釣り糸で食料を釣って10日目。上空には、雲の上には様々な家が建ち並び、住人が手を振っていた。そして、下方には大海原や町が続いていたが。やっと、地上に銀色の雪原が見えてきた。気温はマイナス25度。飛ぶ鳥や雲の上の家などもなくなって、北風が強くなっきた。

 空は厚い雲が覆い。

 日差しを所々遮っていた。

 銀色の大地には凍て付いた大河が続いている。


「ねえ、あなた……」

 智子は隆の横顔を見つめていた。

 真っ正面から目を決して放そうとしない夫の目は、まるで方角や目的地に吸い込まれてしまいそうだ。憂いと一片の嬉しさがこもり、こんなにも娘を思っている。

 何も話さなくても、娘のためと下界の町で変人扱いをされ、そして、泣いていた父親の顔が智子には今では自然に誇りに思えてきた。

「智子……里見を必ず連れ戻すんだ……。必ず……」

 隆は力強くハンドルを握り、前方を見つめながら力強くポツリポツリと言う。その言葉はこの10日間で幾度も、繰り返し繰り返し言っている言葉だった。

「ええ……。ああ、里見ちゃんにまた会える……」

 智子も何度目かの自然に溢れる涙を拭っていた。

 隆は地上の大雪原に動くものを見つけた。

「降りよう。人がいそうだ。きっと、兵士になってくれる」

 軽トラックが地上へと向かうと、正志のカスケーダもそれに従った。

 

「寒いわ……」

 車から降りた瑠璃は、白のブラウスとラベンダー色の薄いスカートといった服装なので、この寒さに色白の顔を更に色白くした。

 地上へと降りると、極寒の地でも太陽の光は暖かかった。

「あ、でも太陽に当たる場所は暖かい……」

 瑠璃は薄らと差し込む日光に手をかざした。瑠璃の色白の手を真っ赤に染める慈愛がある暖かい陽光は、その光は銀世界をあたかも造り出しているかのようだ。

「隆さん。この大雪原で何があるのですか?」

 冷たい強風のため正志は上がワイシャツとネクタイとの背広姿なので、浅黒い顔をしかめる寒さに閉口しそうだ。


 隆も寒さに根を上げるが、顔を引き締めて、

「この大雪原には、俺たちと一緒に戦ってくれる兵士がいるそうです。あの鎧武者たちはどうしようもないですから……。早めに探しましょう。寒いですからね……」

 数百メートル先に、地上の動くものは巨大な像の群れだった。上空から見ると小さかったのだが、ここから見ると6万を超える巨大な塊がうようよとしている。

 その象の上には人がしがみついていた。本当に文字通り象の上にしがみついている。

 象の群はかちかちに凍った大河を渡っていた。その川は遥か南に向かっている。

 中友 めぐみの携帯が鳴った。

 隆はがちがちと音の鳴る歯で何とか返事をすると、

「隆さん。その象の群れの上にいる人たちに話してみて下さい。なんなら私が話します」

電話をしている隆に、強風が容赦なく吹きすさぶ。震える正志と瑠璃は不思議そうな顔をした。こんなところで電話をしていること自体。不思議なことである。

隆は24時間のお姉さんと会話をしている旨を話し。

「そうだ。正志さんか瑠璃さんは携帯を持っていますか? 智子は持ってないな。24時間のお姉さんと話せるとかなり役立ちますから」

 電話の途中だが、これからのことを考えると、どうしても必要なことだ。

「ええ、そうよ。そういえば、携帯って持った時ないわ」

 智子も広い肩を摩りながら震える声を発した。

「私と正志さんは持っていますよ。その24時間のお姉さんって、一体誰なのかしら?」

 瑠璃は正志に聞いた。


「解らない。けれど、隆さんをここまで導いて来たんだろう。凄い味方だと思う。隆さん。私も電話で話してみたいです」

 正志は黒のオーソドックスの携帯を浅黒い手で取り出し、隆に番号を聞いた。

「今は会話中だから出ないか……」

 隆が電話を切って、正志が0024に電話すると、不思議なことに隆の携帯に着信音が鳴り響いた。二人で24時間のお姉さんの電話に出た。

「隆さん。正志さん。私は時の神なのです。だから、どんな時間でも大勢の人たちの電話に同時にでれるんですよ。私の住み処は、ここから更に西へ行ったところにある神々が住む都市という場所にありますから、ここで兵士を見つけられたら必ず来て下さい。お願いしますよ」

「え!!」

 隆は受話器越しに驚いて、素っ頓狂な声を発した。

「か……神さまだったんですか!」

「ええ。それから、早めに兵士を見つけて下さい。ここ大雪原には長くいると凍死してしまいますよ」

 隆と正志はそれを聞いて、切迫した顔を見合せて、電話を切ると二人で一目散に象の群れを追った。


 強風は吹雪と変わりつつある。

 智子は白のTシャツと青のジーンズなので瑠璃と車の近くで寒がっていたが、誰ともなく智子が言った。

「ありがとう。本当に……。私たち家族に協力してくれて……」

 瑠璃は苦笑いをしていて、象を追う正志の姿を見つめている。

「いいんですよ。これで……きっと、正志さんが私たちを助けてくれます。正志さんは、遊び人ですけど、本当に人の命を助けることができる凄い人なんですよ」

「ふふ……。本当にお似合いですね。瑠璃さんと正志さんは……」

「ええ……」

 二人は手を繋いだ。


 巨大な象へとわだちもない道を走り、何とか辿り着くと、雪原の雪のせいで足がひどく湿ってきた。靴の中にまで入ってきそうなその冷たい雪には二人とも閉口した。

 隆と正志はその象の上にいる男を見て、更に真っ青になった。

「こんにちは。私たちは南に向かっているキャラバンなのですよ」

 象の上の男は親切に話す。痩せ形の日本人で面長で誠実そうな人物だ。服装は紺の背広姿だ。

「あの……。いや、電話に出てもらえませんか?お願いします」

 隆は中友 めぐみの携帯をそのアイスクリームを食べている男に渡そうとした。

「ええ・・・。いいですけど」

 象の上の男は怪訝な顔をしていた。携帯を渡すと、早速24時間のお姉さんからの着信があった。


 しばらく、男は何度か頷いたりしながら会話をしていたが、力強く頷いて電話を隆に渡した。

「了解です。3週間後の午後15時に北にある雨の宮殿で戦います!!」

 そう号令をすると、ぞろぞろとキャラバンの象の上の人々、白人や黒人や日本人の上半身裸の者や派手な水着姿の者たちも復唱した。

「隆さん。やったわね。この人たちは生前は国際頼助警備会社の人たちだったのよ。これで、兵士が見つかったわ。今から3週間後に雨の宮殿で戦ってくれるそうよ。雨の宮殿には強い鎧武者や侍がたくさんいるんです。けれども、なんとかそれらを突破しないと、中には入れませんから……。でも、これで雨の宮殿の内部へと入れるかも知れません。そう……生命の神の雨の大将軍に謁見ができるようになりました」

 24時間のお姉さんは隆に電話越しに話した。

 俺の娘は一体どうしたのだろう?

 そんなに危険なところで……?

 隆は自分に出来ることが最小限でしかなかったことを、この時になって初めて悟った。力無く俯くと、隣の正志がニッコリと笑い。

「隆さん。元気をだして。ここまでこれただけでも、とても力のある人なのは私には解りますから」

 正志はそんな隆を元気づけてくれた。

「さあ、凍死する前にここから離れましょう」

 隆は正志と駆け足で一旦車へと向かった。


 それぞれの車には、智子と瑠璃が待っていた。

「あなた。何を話して来たの?」

 智子が言うが、そのセリフは瑠璃も言いたかったことだろう。

「これから、どうするんですか?」

 瑠璃は早く帰りたくてしょうがないといった顔だ。


「確か、更に西へ行くんですよね。隆さん。私はあなたをサポートするためにこの世界へと来たのです。だから、どこへでも行くという訳ではないですけど……。ですが、出来る限りは協力をしますよ」

「俺は……。娘をどうしても連れ戻したいんです。だから、もし雨の宮殿が危険なら……俺一人で行きます……」

 隆は一瞬、寂しさから凍りそうな涙を抑えた。

「私も行くわ……。里見ちゃんに会えるんでしょ。何の事か解らないけど……。ほんとにもう、解らないことだらけね。ここって……」

 智子はそう言って、混乱しそうな顔を引き締めて隆の軽トラックに乗った。

「これ以上は無理なんじゃない。危険よ。正志さん。でも、神様がこの世界にいるのなら、安全なのかも知れないけど……。私たちの目的は隆さんたちを無事に元の世界に連れ戻すことでしょう? だから、そんな危険なところまで行かなくても……。確かに娘さんの命がかかっているけれど、本当に蘇るのかも解からないし……」


 瑠璃は緊迫な表情を正志に向ける。その表情からはどうしていいか解らないといった不安も滲み出ていた。

「確かに……。取り敢えずは西へ行って、神々に会ってみましょう。里見ちゃんが蘇る方法があるかも知れません」

 正志も瑠璃とカスケーダへと向かう。

 隆は遥か南へと向かう巨大な象の群れを幾許か眺めていた。


 正志は車を運転しながら。隆が持っている天の裂け目への行き方の下巻のことを考えていた。この世界に最初に来た脇村三兄弟の二番目の弟は、この世界から戻って来ていない。それは、何故だろうか?

 正志は運転しながら黙考していたが、天の裂け目への行き方の下巻を隆から借りなければどうしようもないと判断したようだ。一旦、地上へと降りよう。大雪原から5日経ち、月の見える雲の上の家なども寝静まっていた。今では地上には夜の草原が広がっていた。

「隆さん。一旦地上へ降りて下さい」

 正志は携帯で話した。

 電話越しから隆の怪訝な言葉が返ってきたが、お願いしますと念を押した。

 前方の軽トラックが地上へと降りて行くと、正志も降下していった。


「正志さん。どうしたの? トイレに行くの?」

 瑠璃は釣り具で下界から釣ったオレンジジュース片手に首を傾げる。正志は二番目の脇村兄弟のことを話して、血の気が引いた瑠璃の顔と共に、草原へと降りた。

「隆さん。天の裂け目への行き方の下巻を読ませてください……」

 正志は軽トラックから降りて、こちらにくたびれた歩き方で歩いてきた隆にさっぱりとした言葉を使った。正志にとっては隆はもっとも重要な依頼人であり、どんな時でも信じられる人物だった。

隆はこの世界に来てから、あまり休むということをしていなかった。それは正志も同じなのだろう。智子は片手に下界から釣った缶コーヒーを持っていた。


 隆は座りすぎで萎れたジーパンで、引き返して軽トラックから本を取り出すと正志に渡した。

それと同時に正志の携帯が鳴った。

 正志が怪訝な顔をして電話にでると、相手は勿論24時間のお姉さん……時の神である。

「正志さん。脇村三兄弟の二番目の弟だけではなく。三兄弟自体、この世界にまだ来ていないんです。実は雨の宮殿に隆さんたちと行くときに死んでしまうのです。だから、今は心配しなくてもいいんですよ」

「え!?」

「そういえば、あなたにはこの世界には不思議な時の流れがあることは言いませんでしたね。この世界には不思議な時が流れているんです。下界では西暦2015年でも、この世界では何百年という誤差があるのですよ」

 正志はより一層思考をくるくると回して応対している。

「それでは、あなたは何もかも知っているのでしょうか?」


「ええ。でも、違います。私が管理している時というものは、現在であって未来ではないのです。つまり、幾らでも未来を変えることが出来ますよ」

 24時間のお姉さんは少し悲しく言った。

「えーっと、現在とは? 未来のことを言っているようにしか……思えないんですけど?」

 正志は現在……つまり、時の神が今知っていることが現在なのを知らなかった。

「ええ。未来のことは私も知っていますが。それは現時点では変更可能ですから、つまり、管理しているのは私の頭にある知識なのです」

 正志は頭を捻って理解をした。

「えっーと、それではあなたは未来のことを知っているだけで、それが現在のことで、未来のことはこれからも変化するからと言いたいんですね」

「そうです。知識なのですよ。私の管理している時とは。だから、知ってしまうと未来を変えられるんです」

 正志は納得をして大きく頷いた。

「なるほど……」

 24時間のお姉さんは電話越しで微笑んだようだ。

「あなたはきっと、隆さんと智子さんの命を助けるでしょう。頑張ってください。でも、未来は知ってしまうと変化をしますから、気を付けて」

「解りました」

 電話を切ると、くたびれた隆の顔に明るく手を振って、本を返した。

「なんでもないですよ。さあ、早く西へ行きましょう」

隆たちは再び西へと向かった。



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