第18話

「正志さん……。あの人よ」

 大勢が寝そべっている雲の上に、瑠璃が白い指を一人の男性に向けた。

 相手は黒田である。


 黒田は雲の上で友人の宮寺と一緒に釣りをしていた。友人もアロハシャツを着ていて、真っ黒に日焼けしている。それにサングラスを掛けた男だった。花田たちは黒田の服装を親切なアメリカ人から聞いていたのだ

「車ですか。珍しいですね」

 正志のカスケーダが黒田のいる雲に近づくと、黒田が話しかけてきた。

「いやー。今度のは、かっちょいいぜ」

 宮寺は白い歯を見せて身を乗り出してきた。


 黒田よりも派手なアロハを着ている宮寺は、角刈りの頭を右に左に振っている。

「ひょっとして、玉江 隆さんのお知り合いですか?」

 黒田は窓を開ける正志に聞いてきた。

「ええ。そうです。隆さんはどちらへ……。私たちは隆さんと会うために遥々東の方から来ました」

 正志は浅黒い顔でにこやかに言った。

「やっぱり。東ですか。熱いところから来たんですね」

「ええ……」

「彼は更に西へと行きました。何でもご両親に会うためです」

「ええ……。そうですか。隆さんのご両親のいる場所はここから近いので?」

 正志は黒田の言葉に適当に相槌を打ちながら話した。

「夫は……玉江 隆はどのくらい先にいますか?」

 智子が心配の表情をした。あれから、一週間。正志が持ってきたリュックサックの食料の缶詰を食べながら、この世界が少しづつ恐ろしく感じてきたのだろう。もう気持ちの逃避ができずに正気と狂気の狭間に緊張が走っているのだろう。

「隆さんの両親はここからは、一週間くらいは西ですよ」

 話をしている黒田の後ろで、宮寺は遥か下方の海から魚を一匹釣った。

「ここで、食事をご馳走しようかな……? 疲れたでしょ」

 宮寺が魚を素手で裂いて刺身のような生の魚肉を花田に渡そうとした。旨そうなその魚肉は寿司でいえば、大トロと比較しても大差ない。

「いえ、結構。今さっき缶詰を食べたばっかりなので……」

 正志は面目なさそうに頭を下げた。

「それじゃあ……」

 宮寺が釣り具一式を三人分渡した。

「これは?」

「下界の珍しい飯が食えますよ」

 そう言うと、釣り具で下界の食べ物の釣り方を丁寧に正志に教えてくれた。

「色々とありがとう。それと、隆さんが向かった場所の……ここには住所のようなものはありますか?」

 正志は方向音痴なのでカーナビの力がどうしても必要だった。


 黒田は目を丸くしたが親切に、

「ありますよ……。住所は虹とオレンジと日差しの町です」

 黒田は住所らしいことを言った。

 正志はカーナビに住所を入力する。

「目的地をセットしてください」

カーナビの音声に、

「虹とオレンジと日差しの町……と」

カーナビに目的地まで1980キロとでた。

「こんなに遠いの?」

後部座席の瑠璃が呆気にとられた。

正志は黒田と宮寺にお礼を言うと手を振った。三人はカスケーダで西へと向かった。


 道中。

「花田さん……。あ、正志さん。夫は本当に里美ちゃんを蘇えらそうとしているのですか?」

 智子は何度目かの疑問を口にしていた。納得が出来ないのか。この天の園へと来てから同じことを繰り返して花田に聞いていた。智子は最初はこの世界を否定していたので、里見に対しての愛情も些か漠然としていたが、今となっては胸がはち切れそうなくらいの。早く会いたいという焦燥感が芽生えそうであった。

「ですから……私たちは、玉江 隆さんの命の安全のためにやってきたので……その里美ちゃんのことは……白状すると、助けられるのかどうか……解らないのですよ」

 花田は苦しまぎれに言い繕う。それは、現実にこの世界に来てから、当初の目的が優先されたところである。つまりは、隆のサポートだけである。何せ恐ろしいのだ。この世界が。現実にこんな世界があり、それを実感すると、自分たちに出来ることは最小限である。


 智子は何度目かの葛藤をする。

「ねえ、正志さん。この世界からその里美さんを蘇えらすのには、一体どうやったらいいんですか?」

 瑠璃が運転席にいる正志に言った。

「それは、多分。この世界から里美ちゃんをそのまま元の世界に連れて行って、俺の知り合いの竹原が里美ちゃんの死体を安置しているから……。その死体の中に入ってもらう……?と……それで、蘇るんじゃないかな?」

 花田の何とも言えない言葉を聞いていると、智子は頭を抱えて唸りたくなる。智子も里美が生き返るのはとても嬉しい。出来れば、この世界で隆と同じ行動をしたいと思っていた。けれど、智子は現実的に……どうしても考えてしまう人だった。



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