第14話
隆はもう天国へと生身で行けたので、後は里美を連れて元の世界に帰るだけでいい。と考えた。また、里美に出会える……。里美を連れて下界で一緒に生活をして、末永く里美の成長が見守ることができる。
里見は俯くことが多く大人しい性格だった。だが、以外とわがままなところもあった。幼稚園の頃だが、おもちゃ屋では人形を二つも持って、「買って買って。」と泣きだし、40分以上も店の隅で座り続けたことがあった。
あの時は、何故……。金を無理にでもだして、人形を二つ買ってやらなかったのだろうか。幾ら悔やんでも涙以外は今はでない……。
隆は悲しい気持ちを揉みながら、少し考えた末。黒田と両親に会いに行くことにした。せっかくこの世界に来たのだから亡くなった両親に再会するのもいいと思ったのだ。そして、両親から里見の居場所を聞き出した方が確かのようである。
それにしても、ここの常識を知っておいて損は無いな。隆はそう思った。
自分がこの世界とは別の世界から来ていることを悟られると……どうなるのだろう?
隠した方がいいのだろうか?
「黒田さん。私は今まで一年間。里美を探し続けました。そのせいで天国のことを余り知らないのです」
隆は何気なく話を持ってきた。
「へえ。そうなんですか。私は暇を潰すために8百年と遊んでいましたよ。そちらは、深刻なことを抱えていたんですね。でも、天国。いや、天の園はたいしてそれでも、遊べるところですよ。退屈はありますが。何も身構えることは有りません」
黒田は二カッと白い歯を見せて、
「お腹が空けば地上に降りて、樹海から食べ物を取って。眠くなったら昼でも夜でもどこででも眠れますし。樹海にはヘビや虫はいますが、みんないい人ですよ。そして、動物はそのままこの世界では動物なのです。魚を釣っては海の神に怒られるのもよし、山に行っては動物を狩って山の神に怒られるのもよしです」
「へえ、樹海ではヘビや虫は危険ではないのですか?」
「ええ……。本当に遠い場所から来たんですね。どんなところから来たんですか?」
隆は何気なくソッポを向いて。
「東から来ました……」
「東……といえば、確かに広大な砂漠がありますね。あんなところから来たんですか?サソリやヘビもいい人だと思っていましたが、きっと、あんまり暑いのでイライラしているのでしょう」
「はあ……」
隆の気の緩む返答を受けた黒田は、
「私は大丈夫ですよ。この格好の通りに暑さには負けません」
二人は暑いのや寒いのはどちらが平気か話ながら軽トラックを西へと走らせる。
下の樹海からカラスが数羽こちらに飛んできた。
「あのカラスたちもいい人ですよ。喋れませんがね。きっと、下界で悪い墓守でもしていたんでしょう。ヘビや虫もそうです、喋れません。人間と同じ物を食べますが……。きっと、ヘビは下界にいたときは底意地の悪い姑だったのでしょう。虫はブラック会社のサラリーマン……何故かというと、蟻が多いので、働いているけれど、人語が出来なくなっています。この天の園ではそれは不憫なことで。人間ではないですから、飛べないし、人と話せないしで……暇でしょう……」
「黒田さん……地獄はないのですか?」
そう言うと、隆は背筋に冷たいものが伝う感じがした。こんな世界があるのだから、地獄は恐ろしい。
「さて……聞いた時がないですね」
今度は隆と黒田はこの世界にも地獄があるのかないのかと話をした。
空は快晴だった。
うろこ雲に数多の虹が差し掛かり。
空気はすっきりとしている。
気温は25度。
隆の軽トラックを見て珍しがる人々や近づきたがる鳥。
下には広大な樹海があり、明るく楽しいところでもある。
しかし、遥か北には暗雲が立ち込めていた……。
「わあー!!」
智子は自分の身に起きたことを、今でもまったく信じないようにしているようだ。天の裂け目に向かった時は正気と狂気の間で緊張感がもたらされていたが、今では、きっと仕事の疲れで自宅の安いベットで、ぐっすりと眠っているんだと思い込んでいるのだろう。
「正志さん!! あの人達を見て!!」
瑠璃は空を飛んでいる人達を無遠慮に指差しながら、智子と歓声を上げていた。
正志はこの世界でたった一人の玉江 隆をどう探せばいいのか途方に暮れていた。緊迫した表情でカスケーダに取り付けたカーナビを点けると、なんと、天の園の地図がでてきた。
「智子さん。隆さんはどこへ向かったのか解りますか?」
喜びの表情だが、どこか気が抜けている顔の智子は自然に首を傾げて、
「いいえ……解りません」
「ほんの些細なことでもいいんです」
「えーっと」
智子は豪快に首を傾げると、そうだとポンと手を叩いて、
「回りの人に聞いてみてはどうですか」
「……。確かにそれが一番いいですね」
正志は歓声を上げている瑠璃を一瞥し、車のドアを開けて一番身近なアメリカ人男性に声をかけた。何故か空に浮いているその人物は、親切に黒田 裕と一緒に西へと向かったと教えてくれた。
「ありがとう。それじゃあ、西へと行きます。きっと、ご主人のサポートを成功させましょう」
正志は浅黒い手でハンドルを握ると、壊れた閉じた状態のルーフの開閉スイッチと計器類。そして、ガソリンメーターを見た。
「あ、ガソリンが無いや……」
今まで歓声を上げていた瑠璃は、現実の強力な衝撃を受けそうな顔になり、真っ青になって正志に掴みかかり、
「やっぱりこの依頼は無理よ! 帰りましょう! 今ならまだ間にあるかも知れないじゃない! 私は24よ! まだ現実の世界でやりたいことがいっぱいあるのよ!」
正志は首を絞めている瑠璃の両手を力一杯解こうとしながら、苦しげに唸っていた。
「駄目よ! うちの旦那が困るじゃない! 依頼料はすぐには出せないけれど! 頑張って!」
智子は気の抜けた顔から一気に義憤をした。
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