第13話
隆は軽トラックの窓を開け、
「私の娘を知りませんか?名を里美といいます?」
男は小首をしきりに傾げ、
「いえ、私は何千人も人と動物に出会いましたが……?里美という名は知りません」
隆はその男を観察した。
服装はラフな格好をしていて、アロハシャツに短パン。カラフルなサンダルが似合う。そして、サングラスを掛けていた。
「少し乗せてもらえませんか。私はあまり車に乗ったことがないのですよ」
隆は男を車の助手席に招いた。
「ここはどこですか?」
隆の問いに、男は目を丸くして、
「天の園です。人は天国といいますが、本当は違います。あの世ですが、幸福なところでもなく、危険なところでもない。そんな感じです。あ、私は黒田 裕といいます。もう8百年はここでブラブラしています。早く二人で、子供を下界に落とせと言われていますが、やっぱり自由がいいですからね」
黒田はにっこりと笑い。白い歯を見せた。
隆は不思議な気持ちを持ったまま。
「あの……。二人で、子供を落とすとは?」
黒田はまた目を丸くして、
「そんなことも知らないなんて、あんたきっとかなり遠くから来たんですね。二人で子供を下界に落とすのは常識だと思っていました。私はしていませんがね。簡単に言うと、二人で創った子供は下界で世界を造っているんですよ」
隆は他の人たちが笑っている四方を見ながら、
「下界で世界を造る。私にも親が……いや、実の父と母以外にも両親がいるんですか?」
隆は今度は黒田を真正面から見つめた。
「ええ。あなたの父と母にもいますよ。名前……教えてもらえませんか?」
「玉江 隆といいます」
黒田はしばらく首を捻って、
「ああ、何百年も前ですが、確かに会いましたよ。玉江 隆太(りゅうた)さんと佐藤 恵梨香(えりか)さんですね。その両親の親もあなたの本当の親も知っています」
隆は驚いて目を白黒させている。
何故なら隆の両親は大学時代に他界しているのだ。
この天の園の黒田が知っているなんて?!
「私の娘。里美の本当の親はどこにいますか?」
黒田は小首を傾げる。
「ですから、知らないのです」
隆は考えた。この世界で里美を知っている人物……?自分の親や本当の親なら知っているはずでは?
「私の親はどこにいますか?」
黒田は前方を指差し、
「ここからは遠いですけど、ここ天の園は私の知る限り無限に近いほど大きいのです
……。この道をかなり行ったところにいますよ。今でもね。きっと、珍しいことですが……。虹の上で働いているでしょう」
黒田は遥か西……前方を指差した。そこには地上は樹海と所々にひょっこりと顔をだした湖だった。
「このまま、空を飛んで行かないといけないのか……。ガソリンは足りるかな?」
隆はメーターを見つめても、不思議なことにメーターは満タンの状態で止まっているかのようだ。けれども、他の計器類は故障しているので、この場合は故障したのだろう。
「大丈夫ですよ。多分ですけど、ガソリンが必要なのは地上だけですよ。車輪は動いていないですし……。そうだ。よかったら、途中まで乗せてもらえませんか? 私の友達がこの先にいるんですよ。今でも雲に乗って遥か下方の海で釣りをしているでしょうから」
黒田はにっこりとしている。
隆は娘のことも大事なのだが、人付き合いをまる一年。余りしていなかったことを思いだして、こっくりと頷いた。
「いいですよ。しかし、何時間くらい先なので?」
「一週間はかかりますよ」
軽トラックは目的地を見出し、前進をした。
「里美というのは、娘さんのようですね」
黒田は首を向けた。
「ええ。あ……そうだ。黒田さん。里美は下界の世界で雨の日に死んでしまったんですが、花田という占い師の言葉では、何故か下界の世界では雨の日には不幸が頻繁に起きているそうなんです。何か知っていたら教えてくれませんか?」
隆は花田のことと雨に関してを思い出していた。
「占い師とは……まあ、ここは大抵は暇ですからね。そういう人もいますよ。けれど、雨は最近……ここ百年で以外と降りますね。確かに……」
黒田はそう言うと、どこか遠いところを見るかのような視線を前方へと向け、
「ここから北に行ったところに、雨や水を司っている神がいると聞いた時があります。確か宮殿に住んでいるそうで。そこへ行ってみては?」
隆は親を探すのを後回しにしようか、先にしようかと迷った。その宮殿に行ったほうが里美の情報は得られそうである。
「まあ、何にせよ。旅は楽しくしないとね。ふふふ……」
黒田はサングラスを少し上げて、曇りがない漆黒の瞳を隆に向けた。
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