第11話 天と地の裂け目
地上から遥かに離れた軽トラックは、猛スピードで暗雲立ち込める空へと向かった。
「里美―!! 今、行くぞー!!」
涙を拭いた隆は形振り構わず叫び。前方に目を向けた。
落雷が発生した。
稲光で前が白んだ。
隆の軽トラックは落雷をものともせずに、厚い雲を幾度も抜けていった。
目の前には光り輝く半透明な鳥が羽ばたき、落雷は激しさを増した。
真っ暗になった天に軽トラックは猛進する。
目を凝らすと天空の中央の空間に亀裂があった。
まるで、ガラスで空を傷つけたような。そこだけ、雲も風も切り開かれ別の光を放っていた。それは何とも美しい淡い白い光だった。
隆はハンドルを握り、そこへと向かった。
智子は叫び声を放っていることを、今になって気が付いたようだ。
自分の夫はどうしてしまったのだろうか。
さっきまで泣いていた夫の軽トラックは空へと消えている。
ハッとして、我を取り戻すように、頭がはっきりすると。智子は自分の青いワゴンに飛び乗って、華田 正志の家へと向かった。
混乱した頭を抱え、背筋が冷たくて、まるで冷たい細いナイフで背中を切った感覚を覚える。智子は1年前に隆から偶然に聞いた華田 正志の住所を必死に思い出していた。
智子は頭のネジは緩みかかり、ちょっとでも理性を手放すと悲鳴を上げそうなのを堪えた。
華田の白いペンキ塗りの家が見えて来た。
来客用の一台しかスペースのない駐車場へ車を止めると、智子は一目散に玄関へと転がり込んだ。
ドアを半狂乱にノックすると、華田の妻の瑠璃が血相変えて玄関に現れた。
「どうしたんですか?誰ですか?何の用ですか?あ……玉江 智子さんですね?前に華田 正志から聞いています」
瑠璃が智子を落ち着かせようと、応接間へと連れていった。
「夫が……。夫が……。隆―!!」
智子は瑠璃が渡した冷たいインスタントコーヒーを豪快に飲んでも落ち着かなかった。
「今、華田 正志に連絡を入れますから。どうか、落ち着いて……」
瑠璃は冷静に携帯で夫の正志をコールした。
しばらくすると、
「やあ、玉江 隆さんの家に今いるんだ。きっと、力を落としているんじゃないかと思ってね……。リハビリテーションセンターでは……。え?!」
瑠璃は今、玉江 智子が家で大変な状態なのを伝えると、正志はすぐに行くと電話を切った。
15分後
正志が血相変えて急いでやって来た。
応接間で幾らか落ち着きを取り戻した智子を見ては、
「行けたんですね!! 行けたんですね!!」
と叫んでいる。
正志はすぐに、瑠璃に旅立ちの準備を命じた。瑠璃は不思議そうな顔をしているが、こっくりと頷いた。
「華田さん……。一体これは何なんですか? 私の夫は一体どこへ消えたんでしょうか?私……仕事のし過ぎで夢を見たのかしら? そうよ、夫はきっと家にいるんじゃないかしら? 私……ここで何をしているの?」
智子は落ち着きを取り戻したが、さっきの体験を全力で否定しようとしていた。
「違いますよ」
正志はゆっくりと話した。
「ご主人は天の園……。つまり、天国へと行ったのでしょう。あそこには行ける方法が昔からあったのです……。本当のことですよ。だから、落ち着いて私の言うことを聞いてください」
正志は一呼吸置いて、
「戦時中。ここ日本では多くの戦闘機乗りがいました。そして、偶然、本当に見つけてしまったのです。生身で天国へと行く方法を……。三人は兄弟で名を脇村という名字だったそうです。脇村の長男が最初に天国へと行き、その後に二人の兄弟が後を追ったのです。天空にある天の裂け目は人が生身で入れるという証拠が出来ました。しかし、三兄弟はその後、二人しか戻ってきてはいないのです。詳しいことは天の裂け目への行き方の下巻がないと解りませんが……」
「そんな! 非現実的すぎるわ!」
智子は正志の言葉を激しく否定した。
「でも、本当です。その証拠に旦那さんは天国へと行ったでしょう。そして、私たちも行くのです。彼にはサポートが絶対に必要ですから……。奥さんも来てください。天国は危険なところでもあるようですから……」
智子はそれでも納得していない様子だ。
「奥さん! さあ、行くんです! 私たちと! ……それと、どうやって、隆さんは天国へと行きましたか?」
智子は半ば憤りを表しながらも。
「子供たちが車を囲んで、かもめかもめを歌って、くるくると回っていました。でも、あの人が天国へ行ってしまうなんて、やっぱり私には納得がいかないわ。きっと、夢でも見たのよ。私、家に帰ります。きっと、うちの旦那は家でいつもの訳のわからないことをしているはずよ!」
「駄目です! 旦那さんが死んでしまいますよ! 生身で天国に行くのは本当に恐ろしいことなのですから! さあ、行きましょう! 支度はできたか瑠璃!!」
瑠璃が正志が一年前から用意していた幾つかあるリュックサックを人数分持ってきたが、瑠璃自身も何をしているのかと首を傾げたかった。
「では、行きましょう。旦那さんが行った天国へ。そう……天の園へと」
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