第10話

 病院のリハビリテーションセンターのベンチで休んでいる隆の元へと華田が歩いてきた。

「もうあれから1年ですか……」

 華田はあの日からあまり変わっていない。今でも仕事をしながら、暇と遊びをしているようだ。隆の隣へと座り、缶コーヒーを一本渡した。

「何とか娘に会えればなあ……」

 隆は包帯を巻いた自分の両足を見つめて涙を流した。

 華田はその気の毒な隆を見つめて不憫に思い。

「あの本は本物ですから……。きっと、娘さんに会えますよ。私は……出来ればあなたと……変わってあげたい……」

 華田は最後の言葉を強く言った。


 2週間のリハビリを終えて、困り顔の智子の迎えが来ると、隆はまた泣いた。

「ねえ、あなた。私はいっぱい泣いたけど、それでいいのよ……。もう諦めましょうよ。里美ちゃんは戻ってこないんだから……。私たちがどんなに頑張っても……。二人で新しい人生を生きていかなければ、心の傷は治らないと思うわ。里美ちゃんは少しの間だけど、私たちに和らぎを与えてくれて、そして、天国へと出発して……きっと、それでお別れなのよ。決して悪いことではなくて、生命なら当然のことでもあるはずよ……。お願い。また、前を向いて働いて頂戴……」

 運転席の智子は前方を見つめながら走行中に久しく言い出した。

 この1年間の隆に初めて自分の意見を語りだした時だった。

「でも、俺にはできないんだ。そんな生き方。あの日以来……。里美が帰って来るようにしか……思えないんだよ。俺は俺の生き方を見つけてみても……やっぱり、今の通りにやるしかないんだ」

 隆は面目ないと智子に頭を下げた。

 

 智子は少しだけ頷いて、

「はあ……。じゃあ、仕事をしながらでは、……どうかしら……。きっと、考え方が変わるんじゃないかしら。人はみんな生活があって、人として生きていくことが出来るんじゃないかしら。それも、前向きに……」

 隆は泣いた……。自分が一体今まで何をしていたのかは……正直解らない。けれど、しなくては前に進めないとも思っていた。今までのことは、無意味で非現実的で、報われないことだったのだろうか……。

 いや、違う。

 華田は応援してくれている。こんな俺でも……。

「解った。後、もう一つ……最後の方法を試したら……。俺は諦める……」

 隆は何度目かの涙を流した。


 それは、下巻の最後のページにある文字ばけしている文章で書かれた方法だった。

 著者の三番目の弟が書いたとあり、一番眉唾な方法であった……。何せ水が関係していないのだ。半年前に文字ばけだったので読むのに苦労して、何とか解読できた文章でもあった。

 隆は胡散臭くてまだ試していない方法でもあった。

 15夜の満月の曇り空の下で、複数の少年がかごめかごめを歌いだし、一台の乗り物を手を繋いで囲んで回る。その少年たちの円の中で、乗り物に乗っている。と、書かれてある。

「乗り物は何でもいいんだな……。多分……」

 隆はこれまでのそれらしい方法とは、かけ離れた方法を試そうとして、レンタカーサービスから借りた前と同じ軽トラックを公園の近くに停車させた。満月の夜。曇り空の下で、複数の通行人が立ち止り「またあの人よ」と口々に言っていた。

 

 妻の智子も付き添って、溜息混じりに隆の涙に濡れた真剣な顔を見つめていた。

「あなた。本当にこれで最後よ……」

 智子は自分の車を道路の片道に停め。これから、バイトでもある。隆は下校している複数の男の子に飴を渡し、軽トラックを手を繋いで囲んでから、かもめかもめを歌って。くるくると回ってくれと頼んだ。

 小学生の男の子たちは喜んで、この不思議な行動に参加してくれた。

「智子。これで最後だ。本当だぞ……」

 涙を拭いて隆は軽トラックのエンジンをかけた。


「かーごめ かごめ かーごのなーかの とーりーはー」

 くるくると回る子供たちの声が木霊す。

 少しずつ……軽トラックは重力を感じないかのように軽くなりだした。

 軽トラックの計器が滅茶苦茶に針が乱れる。

 通行人の人々は中傷の言葉を忘れた。

 軽トラックは宙に浮いてきた。

 智子が叫んだ。

 軽トラックは驚いている少年たちを置いて、空へと走り出した。

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