第9話
分厚い本だった。
隆はありがとうを何べんもいい。静かに泣いた。隆自身。自分が何をしているのかは皆目見当がつかないが、これで娘に会えると信じたかった。
その日から、隆は天の裂け目への行き方の上下巻を読みふけり、解る範囲の本の内容を片っ端から実行していた。
3mの脚立を庭の桃の木のある柵に掛け、脚立を昇りきっては、天高く飛び。日光をたっぷりと浴びたトリカブトや、トカゲの尻尾などが入っている。なんの変哲もない木製の四角い箱を大事に抱える。
当然のことに3m下の地面に落下をし、したたかに両足を痛める。
次はヒルやトカゲが入ったラムネの瓶を最初に川へ投げて、全速力で川に向かって飛んだ。すると、下は水深2mの川なのでなんとかずぶ濡れになるだけで助かった。
洗面所の蛇口を全開にして、その中に努力して両足を入れて奇妙な呪文を唱えた。
次は、セミの抜け殻を取ってきては庭の雑草に撒いて、その上に寝そべり雨の降るのを待つ……。
結果は、蚊に嫌というほど刺された。
雨の日は忙しく。色々な方法を試した。
周囲の人はそんな隆に首を傾げ、「おかしい」と中傷する者がでてきた。
その本は昭和に書かれた古い本で、著者は偶然。天国と呼ばれる場所へと行けたと書かれてあり、天国には絶対に入るなとも書かれていた。
三人兄弟の長男だったその著者は、天国で二番目の弟を亡くし、三番目はいつか二番目の弟を連れて帰ってくる人がいるかもと、著者に執筆を願ったようだ。
その本は、非常に難解な文章で、カタカナで書かれた暗号のようなものだったが。水に関係していることが多く書かれてあり、曖昧に解ったことだが……。
柵は時々庭の草花に水をやるのに放水を受けているし、川はそのままの水である。洗面所の水もまた然り……。何らかの水が関係している方法で天国に生身で行けると……。
そう示唆されていた。
行った時があると言った稲垣は危険だからと相手にしてくれず。自分だけで行く方法を見つけなければならなかった。
隆はそんなことを何度もやっているうちに、1年間の月日が流れ、まったくの変人扱いを近所の人たちに受けてしまった。当然、仕事もしていないので尚更だった。
妻の智子はそれを知って頭を痛めるが、仕事に真面目に従事し近所の人たちの好奇な目を受けないようにしていた。
そんな中、華田は熱心に泣きたいくらいの隆の心を支えていた。隆にとって花田だけがよき理解者だった。
「やーねー。またあの人よ」
「何でも娘さんが死んじゃってから、おかしくなったのよね。あの人」
「何をやっているのかしら」
傘をさしている通行人のおばさん三人が話している。好奇な視線は雨の日に家の屋根に上ろうとしている隆に向けられた。隆の異常な行動は小さな町の噂になっていた。
隆は何食わぬ顔で屋根から思いっきり天に向かって飛んだ。結果は全治三か月の骨折だ。
隆は自分の頭のネジが緩くなっていないかなどとは、考えてもいなかった。とにかく必死に里美に会えることと、里美が家に帰ってくることを願っていた。
そのためには回りの人達を少々犠牲にしなければならなかっただけだ。その中には妻の智子や自分自身も入っている。
こんな自分に不安と不審を抱くのは当然だろう。
だが、小さい犠牲だ。
隆はどうしても娘に会いたかった……。
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