第7話 変人
隆は智子と家ではあまり話さなくなった。隆は家にこもって華田から買った薄い本にかじりつき。智子は仕事の毎日の生活だった。
里美が戻ってこないとしたら、他に何をすればいいのか解らない日が続いていた。ただ惰性で今までの生活を続ける。
華田はあの日以来。一日で結果が出ると言ったはずだが、連絡が途絶えた。
食事の時も話すこともなく、お互いの距離は接点を失った。
華田の調査の日から数日後。
玄関をノックする音が聞こえる。
智子がいない家から隆が向かった。ノックの相手は華田であった。
「こんにちは。大変お気の毒です……。調査の結果。私の調べている原因と同じものでした。つまり、ここ10年間に起きている何らかの事象と同一の現象だということです。……今までお時間を頂いたのは……この事象の悪化が見られるところがあったもので……。個人的な大学に依頼した水質調査の結果、あの岡尾橋には酸性雨が降っていたと解りましたし、10年間で起きているこの事象には酸性雨が関係しているのです。岡尾橋の川の水は酸性雨の成分がかなりありましたから……」
華田は娘の死を新聞で知っているようだ。
隆はさすがに不幸に押しつぶされる。自然に流れる涙を拭きながら。
「そうですか……。娘は外傷もなくて肺に水も入っていないそうで、何で死んだのか解りませんでした……。と、警察の人が言っていました」
隆はそう言うと、目元を隠してちょっと失礼といって家の奥に隠れた。
俺の娘は何で死んだんだ?
あの暴れ橋に殺されてしまったのだろうか?
隆は頭を抱えてキッチンのテーブルに顔を突っ伏して忍びない嗚咽を漏らした……。
華田は自分では解らない激情にかられているように、距離がある隆に頭を勢いよく深々と下げている。
「玉江さん! こうなったら全面的にご協力します! 私の仕事でもあります! 娘さんの遺体はこちらでお預かりします! お葬式屋さんに知り合いがいるんです! その男に話してみます! 死体を安置する場所は冷凍保存が効いて……その男の家ですけど……。竹原という名の男です!」
華田 正志は叫んだ。カスケーダのドアを閉めると、自宅の書斎目掛けて車を発した。
玉江 隆の言葉……玉江 里美の遺体には外傷がなく、肺に水も詰まっていなかった。つまり、溺死でもない。ということが、正志の心に引っ掛かっていたのだ。
数週間前。隆が来る前に、不思議なことを言う中年の女性がいた。
その女性も佐貫で占い師をしているとか言っていたが。(占いのお客は女性限定だそうだ。)その女性は、瑠璃がよく行くパチンコ屋で出会い。正志に言った。
「雨は天(あま)にも降る。天にも降るのなら、地上にも降る。私ね見た時があるんだよ」
その女性も正志と同じく、雨の日の不幸のデータを取っていた。
四畳半の書斎には、占い稼業を始めた時から買っておいた種々雑多な本がほこりを被っている。全て商売に使えるものだった。
その中から一冊を取り出した。
「天(あま)の裂け目への行き方……か……」
正志は何かの決意を表す顔をしていた。
だが、その本は上下巻になっていたが、正志は下巻を持っていなかった……。
隆は家の中で力の湧かない体で時計を見た。午後の6時だ。
飯の時間だと思い涙を拭いて、昨日の残りの弁当を入れた電子レンジのスイッチを入れようとしたらチャイムがなった。
頭を二三回叩いて、隆は玄関に向かった。
相手は華田であった。
「玉江さん。私と同じ占い師を見つけてください。お願いですから元気を出して。そして、この本……」
切迫した華田は隆の面前に本を開き、
「天の裂け目への行き方は、上下巻あるはずです。私が占い稼業を始めるために、師匠的な人に上巻だけ貰った品物です。この本はきっと本物だと思いますから。どうか……お気を落とさずに……。この本は天空にある天の園。つまりはあの世へ行くための方法が載っています。でも、今私は上巻しか持っていなくて……。でも、私と私の妻が出会った占い師はきっと、今も佐貫にいて下巻を持っているはずなんです。探してみて下さい。こんなことをいうのは変ですが……娘さんが蘇るかも知れません」
隆はその分厚い本を掴んだ。
「これで……娘に会える……」
隆はその本を開いて、自然に嗚咽がもれることを気にも留めなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます