第6話

「ふー……。お金がかかるのなら途中で帰ってもらいましょう。家にはお金がないのだから……」

 隆は夜遅くまで、寝室で寝ている智子を置いてキッチンで華田から買った本を読んでいた。

 

 翌日

 華田 正志は新品同然のオペル社のカスケーダ(スペイン語で滝を意味する車)で玉江宅へと着いた。

 華田は二階建ての一戸建てを見ては住所を確認している。

 方向音痴なのだ。

 占い稼業をしてからもう10年も経つが、どの家も住所を何度も確認しては面食らった。

 方向があってないのだ。

 不幸の調査結果を記した本の売れ行きもいい。だが、依頼は10年前から数多く受けているが、これといって何が原因かはまだ解っていなかった。

「こんにちは。玉江さん。私です。華田 正志です」

 華田はインターホンを押しながら、挨拶をしていた。

 すると、少しだけ元気を取り戻した隆がのっそりと現れた。

次に隆の後ろから智子が玄関に現れる。

 

 智子は今日だけは、特別にダブルワークの片方、日中だけ休日を得たのだ。白のTシャツに青のジーンズ姿である。

「華田さん。私の娘は戻ってきますか?」

 隆の不安な声色には少しの希望が生じていた。

「……まずは調査をしましょう。それからです……」

 華田は商売用の誠意溢れる姿勢になると、車からコンパスと、理科の授業に使うスポイトの入ったビーカーを取り出した。

「あの……お金は掛かりませんよね」

 智子の心配の声に花田はニッコリとして、

「ええ。お金の心配はこの際しないほうがいいですよ」

 そういうと、華田は作業を始めるために岡尾橋へと向かった。

「あなた……。大丈夫なの?」

「ああ……。華田さんに任せればいい」

 華田は岡尾橋の水を苦心してスポイトで取り、その水滴をビーカーへと入れ。二三回振ると戻って来た。次にコンパスと地図を持って岡尾橋の周囲を歩き回った。

 

 それらが終わると華田は納得をしたようで。

「経費は……と……ガソリン代と調査費。そして、出張費。それと、川の水の分析費を含めて……」

 華田は車から電卓を持ってきた。

「締めて税込みで6万4千800円になります」

 隆と智子は顔を見合わせた。

「ちょっと、待って下さい……」

 隆は真っ青になり、智子と一旦家に入るとかれこれ一時間も華田を外で待たせた。

 すると、しばらくして俯いた隆は玄関を開けて。

「……払います」


 智子はキッチンでカップラーメンのチャーシューを摘まむところだった。

「ああ。これで、娘も帰って来るさ。あの華田さんに頼ればいい。そう、これでいいんだ」

 6万4千800円の調査費を苦渋して何とか支払い。調査の結果は明日になるそうだ。

そうは言ったが隆は正直。何の調査か解らなかったが……。

「これからは、毎日が大変ね。そんなことばかりしていると、娘が帰ってきてもどうしようもないわよ。私だって娘が早く帰ってきてほしいけれど……あまりに不合理的で非現実的過ぎないかしら。占いに頼らなくても神様に頼ればいいと私は思うわ。そうすれば、お金はきっとかからないし。それに早く職を見つけないといけないじゃない。それまでなんとか貯金をしておかないと……。いざという時に困るわよ」

 隆はスーパーの売れ残りの弁当を開け、

「華田さんも言っていただろう。この世には雨が降っているけれど、あの世にも雨が降っていて、そこには何か関係があるのかも知れないって」

「あの華田って人。どうも胡散臭いわ。詐欺ってことはないでしょね?」

 智子は心配の表情を隆に向ける。

「いや、その逆だよ。たくさん依頼が来ているようだし、本も出しているんだから。詐欺じゃないと思う」

 隆は気楽に受け答えをしていた。


 翌日、外傷も何もない里実の死体が岡尾橋の下流で発見された。



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