第5話

 隆はそそくさとソファに座り、居住まいを正していると、

「いや。堅苦しいのは苦手なのです。こうやって、気楽にご相談に乗りたい。何があって

ご相談に来たんですか?」

 華田は背広のネクタイを緩ませ、片手で持ったコーヒーカップをこちらに向け、ニッコリと笑った。


 その笑顔に気が緩み。

「はあ。私は玉江 隆という名です……。実は娘が雨の日にいなくなってしまいました……。近くの川に落ちてしまったのです……。今現在は警察の人や消防の人たちや、近所の消防団の人たちなど多くの人たちが捜索をしてくれていますが。……もう……一週間も経っています……お願いです。私の娘を探してくださいませんか? あ、占いで探して下さるんですよね。見つかりますか? 私の娘は生きていますか?」

 隆は沈痛な面持ちを粉砕してしまうほど取り乱した言動をした。

「玉江さん。どうか落ち着いてください。……お気の毒で恐縮ですが。お亡くなりになられたとは、お思いなのではないのですね……」

「ええ」

 華田の妻は隣の部屋へと行った。

「ほう……。一週間ですか……」

 華田はそういうと俯いて、落ち着いた言葉を慎重に選んだようだ。

「実は私は過去10年で、雨の日に不幸を体験した人々が急激に増えているというのを知っています。調べているんですよ。何故、そうなったのかはまだ解りませんが……」

 タイミング良く華田の座るソファへと、華田の妻が薄い本を奥の間から持ってきていた。


 その本を隆に差し出す。

「これは……?」

「私の調査結果を本にしたものです。例えばここ取手市の西の方。つくばみらい市では、雨の日に飛び降り自殺をした人が僅か2年間で16人もいます。東の方、竜ケ崎市では車に撥ねられ死亡した人が3年で23人もいます」

 華田はそこで熱いコーヒーを一気に飲み干してやや熱を持って話しだした。

「瑠璃もう一杯だ……。更に、ここ取手市では10年前から首つり自殺をした男性が85人。焼身自殺をした女性が68人。人身事故に巻き込まれた人は……なんと103人もいるんですよ」

 隆は青ざめた。


 華田の言っていることは、一体……。私の娘はどうしたというのだろう。雨の日には何か不幸を招く何かがあるのだろうか?

「私の娘はどうしたのでしょうか?」

 一度も口にしていないコーヒーカップを華田の妻に返して懇願した。

「それを、今から調べるのです」


 華田の言葉はもっともだと思い。帰りの道をトボトボと歩く。今度家に向かい調べてくれるそうだ。

 華田からその調査結果を記してあるという本を買った。薄いその本は税抜きでも1500円もした。

 自分が何をしているのかが解らない……。

 あの暴れ橋も調べると言っていた……。

 しかし、調べていくとどうなるのだろうか?

 娘が帰ってくるのだろうか?

 俺は何をやっているのだろう?

 隆が家に着く頃にはそれまでの小雨からパラパラと降りだしていた。


「あなた。そんなことして、一体どうするつもりよ!」

 智子はやかんに火をかけ、開口一番その言葉を口にした。

「何かでてくるはずさ」

「そんなことしても、意味はまったくないわ! それにお金はどうするのよ。家はお金が足りないから長時間仕事をしていたのでしょう。違うの!?」

 隆の眼の前にはテーブルの上にカップラーメンがポツンとある。智子のところにもある。

「調べてみないと解らないことだってあるさ。きっと、娘が見つかる手掛かりになるかもしれないじゃないか……。娘が戻ってきたら、お前。俺は職場復帰ができるじゃないか」

 シュンシュンと鳴くやかんの火を止めて、カップラーメンにお湯を注ぐ作業になったが、二人を包む重い空気は変わらない。

「ふー。あなた。雨の日はそんなに特別ってことは無いわよ。ただ、陰鬱な気分になったり、お洗濯物が干せなくなったり、お散歩や外へ出たくなくなったりするくらいじゃない。何も調べなくてもいいんじゃない?」

「いや……そうじゃないみたいなんだ。ここ10年で雨の日にたくさんの不幸が起きているみたいなんだよ。俺はその原因と娘が関係していると思っているんだ。お前も明日、華田 正志に会って聞いてみれば納得するさ。俺たちの娘もそのせいなんだ」

 智子は「ハアー……」と溜息を吐いて、カップラーメンを食べた。

「それだけじゃない。俺の娘はどこかで生きていて。その雨の日に起きる不幸の原因が解れば戻ってくるはず……」

 隆は自分の説に段々と自信がついてきた。

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