第3話

「うーん。可愛さってやつは一人でも三人でもあるんじゃないかな?俺は確かに一人っ子のほうもいいけど……里美には弟がいてもいいと思った時もある。はしゃいでいる声ってやっぱり多い方がいいだろ?」

「うーん。そうかも知れないわね」

 智子はいきなり真顔になった。

 智子は結婚してから二年前までは専業主婦であった。

 今ではその時の経験……といっても、買い物だが。それを微力ながら仕事に活かしている面があった。

 たまに割り振られる品の補充の時に(二つともよく買い物をしていたスーパーなので)細かい品物の場所が正確に解り、間違いがないようである。

「ふー。疲れたな……。これ飲んだら寝るわ」

 隆は一気にビールを喉へと流すと寝室へと向かう。

 智子もおにぎりを二つ食べ終わった。

 

 朝 

 目覚まし時計の音が主役の時間がやって来た。

 午前6時だ。

 初秋の熱気の中。目覚まし時計の音が鳴り響く。

 隆は寝起きはいつも不機嫌だった。本音を言ってしまえば里美も仕事が出来ればとも思う時がないわけではない。

 憂鬱の頭の中では、度々浮き上がる考えだった。けれど、仕事を終えて家に帰って来る時にはその気持ちはなくなってしまう。不思議なことだ。

 隣の智子もパイプ式の安物のダブルベットから起き上がる。

 目覚まし時計は一番遅い智子が消す役割だった。

 この家は二階建てなのだが、今日は新聞もとらない家に誰かが、しかも午前6時という早朝にやってきたようだ。

 隆たちはいつもラジオだけを頻繁に使っていた。

 引っ切り無しにドアを激しくノックし、「玉江さん! 玉江さん!」と呼んでいる。

 さすがにこれはなにか起きたのだろうと、隆はだるい体を引きずって、薄い皴だらけのパジャマ姿でスリッパを引っ掛け。玄関のドアを開けた。

 相手は寝間着姿の中島 由美の母であった。

「玉江さん。里美ちゃんが……」

「え……?!」

 まだ、ぼやけている頭を振りながら、里美が怪我でもしたり、最悪、交通事故にでもあったのだろう。一瞬、そんな考えが浮かんだ。

 表情が青ざめていくにつれ、寝ぼけている頭がしっかりとして来た。

「あなた! どうしたの! 一体何が!?」

 飛び起きた智子がオーバーにヒスを起こしそうな声を発し、玄関へと走って来た。

 新築の一戸建ての床は、ミシリと言った。

「と……玉江さん……。警察には昨日の午後に連絡を取ったのだけど、里美ちゃんが近くの川に落ちちゃったのよ……早朝から警察の人と消防の人。それと、消防団の人たちが捜索をしてくれるわ……。あの暴れ橋で……。毎日、通学しているから大丈夫だと思ってたのに……。こんなことになるなんて……」

 中島 由美の母は涙目で切迫している心を必死に抑え込んでいた。冷静に話そうと努力しているのだが、真剣な声音が、滑稽に見えるほどぎこちない。

「え……? 里美が……」

 隆は次の言葉を言えずに硬直していた。

「里美ちゃん!!」

 智子は外へと飛び出した。


 川辺には警察の捜索隊や消防士などの多くの人達が集まっていた。

 真っ青な顔で心配そうに、ひそひそと話す人々の間に、隆と智子が青い顔をして掌を合わせて神に祈っていた……。

 

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