第55話  かつら

 起き抜けにコウは宏海に声を掛けた。


「おはよう宏海。愛しているよ。体は大丈夫か?気分が悪く頭が痛いと言っていたけど」


「なんで今なの?もっと早く言えなかったの?日本にいる時に彼女にして欲しかったのに」


 宏海は言うべきでない事をつい口に出していた。コウから好きだとちゃんと言って欲しかったのに、日本にいる時ではなく、今言ってきたからだが、本来の精神状態ならば言わない事だ。


「その、ごめん。俺さ、この世界に来て宏海と離れ離れになってさ、そこで初めて宏海の存在が俺の中で如何に大きかったか思い知らされたんだ。いつも一緒だったからそれが当たり前の事に思っていたけど、改めて宏海の事を思うと俺は宏海の事を愛していたんだと気が付いたんだ。その、結婚してくれ」


「あのねヒロ君、じゃなくてコウ。私もコウの事を貴女じゃなくて貴方が私の事を想っている以上に愛しているの。でもね、相変わらず女心を分かっていないわね」


「俺と結婚するのが嫌なのか?」


 宏海はキスをした。


「ばか。イエスに決まっているでしょ!」


 コウが悲しそうな顔をした。


「ばか。違うわよ。勿論結婚の申込みに対して、イエスって事よ。あのね、せめてもう少しロマンチックに言えないの?」


「あっ!あいつらにも言われてたんだ。うう。やっちゃったな」


「ふふふ。じゃあ指輪を頂戴。その時にちゃんときざったらしくプロポーズをし直してね。愛してるわ」


 コウはただただ黙って宏海を抱きしめた


「コウ君ちょっと痛いわ」


 コウが力一杯抱きしめていた為、宏海が唸っていた。


「ごめん。つい愛おしくて力一杯抱きしめちゃった」


 そう言いつつヒールをかけていた。


「そのヒールって凄いわね。ちょっと痛かったのだけど、スーッと痛みが引いていったわ。それとね、あのねコウ君、そのね、自分でも分かっているのだけれどもね、私おかしいの。そのね、言っちゃいけない事を言ってしまうし、感情がいつもと違うの。起伏が激しいというのかな?ごめんね嫌な思いさせちゃうかもなの。私の事を嫌いにならないでね」


「お前の事を嫌いになんかなるものか!お前は俺の全てだ。召喚の影響で今は心と体のバランスが取れていないのだと思うぞ。一緒に頑張って元の宏海に戻るよう頑張ろう。俺も頑張るからさ。じゃなくて頑張るって言っちゃあ駄目だめ。でもな、俺は宏海の全てを受け入れるから」


 その後まずは着替えて食事をしなきゃとなったが、呼び鈴を鳴らしメールさんを呼ぶと昨夜頼んでおいたコウの服ができていた。


 メイドさん達にお願いし、今着る男物の服がないからと男物の服を用意して貰った。昨日の今日の為、仕立て服は無理なので、既存服を簡易的に手直しをしてもらっていた。  


 とはいってもメイドさん達にお金を握らせ、裁縫の得意な者に、安物の出来合いの服で良いからと、服を買って来てもらい、買ってきた既存服を少し手直して着るようにしてもらった物を渡されたのだ。更にお礼のお金を渡すとコウの頬にキスをし、宏美に睨まれていた。


 そしてハサミを持ってきてもらい、宏海が勿体ないと言ったが、コウは髪を切ってもらう事にした。


 切った髪は宏海の勧めとあり、かつら職人に渡す事になった。この世界にもやはりかつら職人というのがいるらしく、かつらを買えないような者にプレゼントする為にかつらを作ろうと宏海は強く言っていた。


 その時のために髪を取っておくと宏海が言い張っていたのだ。


 そう宏海の髪も長い。その髪も元々癌や病気などで髪を無くした女性の為にかつらを提供する制度があり、そこに提供する為に伸ばしていたのだ。本当は肩まで位が好きだったりする。


 経済的にかつらを買えないような状況にある人の為にかつらを作る制度があるから、そこに提供するんだと中学の頃宏海が言っていたのをコウは思い出した。


 その為に今は伸ばしていたのだと思い出した。インターハイが終われば切ろうと言っていたのだが、コウは長い髪の宏海の方が好きだったりする。  


 そんな事をコウが髪を切りたいと言った時に宏海から言われ、勿体ないとは言うが、そういう髪の使い方をして欲しいと言われたのだ。


 そしてメイドさん達は震える手でコウの髪を短く切ってくれていた。掃除はコウがクリーンを使えば大丈夫だからと、宏海の部屋で切っていたのであった。

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