第7話 街道
弘美は川沿いを水が流れて行く方向、つまり下流に向かって進み出したのだが、間もなく前方より数人の人影が現れた。
弘美は人だ!助かった!そう思ったのだが、しかし何かが変だった。
棍棒や木の杖、槍等の原始的で粗末な武器を携え、雄叫びを上げながら向かって来たのだ。また、一匹だけ身の丈に合わない剣を持っていた。
弘美は嫌な感じがした。辺りは暗く今は夜中だ。よくよく考えると普通の人達が彷徨くような時間帯ではない。その為警戒をし収納から剣を取り出して身構えた。
相手の正体が分からない以上魔力弾を放つ事が出来なかった。敵か味方かの判断が付かなかったのだ。
興奮しているようだったが、ひょっとしたら何かに追われて逃げている可能性が捨てきれなかったのだ。
しかし、走ってきた者達の先頭がキシャーと呻きながら棍棒を振りかざし、ジャンプして弘美の脳天を棍棒で打ち付けようとした。そいつがジャンプしてようやく弘美と同じ目線だった。
そう、かなり小柄で背丈は弘美のお腹位しかない。顔に小さな角があり、醜い顔で何より臭かった。そして額には魔石が有る事が分かった。
咄嗟に左側に躱しつつ右手で剣を振ったのだが、剣は首を半ば切断したところで止まってしまった。小さいとはいえ体重は25キロはあり、それなりの運動エネルギーがあり剣を持って行かれた。握っていた剣が首に刺さった状態で手から離れてしまったのだ。弘美の握力をもってしても手から逃げてしまったのだ。そいつは首に剣が刺さっている状態で必死に首を押さえていたが、すぐに血を吹き出しながら弘美の後ろに倒れ込んだ。
しかし、そいつに構う余裕はなかった。次の奴が槍を突き出してきたからだ。収納から錆びた剣を出して片手で振り回した。まだ左肩はゆっくりとしか動かせなく、錆びているとはいえ、今の弘美にはショートソード位しか片手で振れなかったからだ。辛うじて躱しつつ何とか体を斬った。浅かったが肉を切り裂いた感触が有った。
次の奴は棍棒持ちで正面に立ち止まり、横に棍棒を振ってきた。咄嗟にショートソードで受け止めるも倒れ込んだ。間伐入れずに数発の魔力弾を乱射したが、最後の一発のみが目に当たり、頭の後ろを半ば吹き飛ばした。
慌てていたのもあり狙いは雑だったが、偶々射線上に相手の頭が有ったから当たったに過ぎない。そう、運が良かったのだ。
3匹を倒している間に数匹に囲まれてしまった。弘美はまたもや剣を落とした。
獲物が無いと分かると一斉に襲ってきた。弘美は回転しながら「うぉおお!」と小物臭のするような雄叫びを上げ、魔力弾を我武者羅にマシンガンのように放った。
奇跡的に一斉に襲ってきた奴らの頭や胴体を撃ち抜いて倒し、頭部に穴が開き脳症をぶちまけていて即死していたのだが、それでも一度振りかざした棍棒の勢いが消えるわけでもなく、弘美の左腕を直撃した。
「ぐぁあ!」
その途端弘美は叫んでいた。腕が明後日の方向に曲がっており、動かせないのと見た目から折れたのだと理解した。興奮しており、アドレナリンが全開の為か痛みは殆どなかった。
咄嗟にヒールと唱えると、少しずつ腕が真っ直ぐになっていくのが分かる。幸い痛みが来る前にヒールを唱えた為、痛みはないが動かせる状態ではない。
数えると全部で7匹を倒していた。弘美はゾッとした。最初にコイツラが来ていたら最初の一匹を何とか倒したとしても、一斉に飛び掛かられてひとたまりもなかっただろうと。
獣型を倒した時にレベルが上がったおかげで、魔力弾を始め、いくつかのスキルやギフトが開放されたからなんとかなったのだ。
急ぎ武器を回収すると、先の転落時に持っていた剣がそこに有った。今倒したゴブリンがおそらく拾っていたのだ。
気持ち悪いとは思いつつも、魔石を抜き取り、死体をそのままにして先を進み出した。
歩く位ならば大丈夫だが、走ると腕と肩が痛むからだ。
また、歩き出す前に川に入り、返り血を流した。自分から血の臭いがし、魔物や獣を呼び寄せるかもと恐怖に駆られ、冷たいと唸りながら川に入り、頭も水に浸けて血を流していた。
やはりこえーとか、なんてこんな目に合わなきゃならないんだよ!と悪態を吐きつつ水の中だから小便しても良いよなと小便をしたりして血を洗い流していた。そして川から上がってからはすぐに先を進み出した。
今は秋か春先相当の気温で、夜中はそれなりに冷え込む。
分かってはいたが、寒くて震えていた。血の匂いを漂わしている状態よりはマシだと考えていたのだが直ぐに後悔していた。
弘美は濡れた体と服の為に震えながら進んでいた。
周りに音が響いているのではないかと言うくらいに歯をガチガチとさせて震えていたのだ。
実は川に入らずとも新たに得られた生活魔法により綺麗に出来たのと、元々落水した時の濡れも生活魔法で乾かす事が出来たのだ。だが魔法として生活魔法が有るのはステータスを見て理解していたが、何が出来るのか試したりの検証が出来なかった為、可能な事を知らなかったのだ。彼を責めるなかれ。時間さえあればじっくりとどんな事が出来るのかを確認したり、能力を試して検証をする事が出来たが、悠長にそんな事をする暇がなかったからだ。結果論で言えば出来たのだが、この状況下では時間が取れると分かる筈もなかったのだ。
そこからは不思議と魔物に出くわさなかった。ヒールが効いて骨折も治り肩もすっかり治っていた。小説やアニメのように瞬間的に骨折が治る訳では無かったが、30分程時間が掛かるが、ちゃんと治るという事を実体験したのだ。
弘美は知らなかったが、震えていたのは無駄では無かった。体温が高いと魔物に発見されやすくなるのだが、幸い体温が低く人とは思われなかったのだ。魔物の体温は人より5度は低いのだ。
そしてついに夜明け少し前にまともな道が現れた。街道が見えてきたのだ。
弘美は自分はこんな辛い目にあって運が悪過ぎると思っていたが、そうではなかった。
この山を徒歩で踏破しようとすると丸2日は掛かる。それがたったの一夜で来れたのだ。
典型的な山坂道で長い距離を進むが、馬車が通れるような緩い傾斜の道だ。しかし弘美が谷間へ落下した事は結果的には危険箇所を回避し、且つ最短距離を進んだのだ。直線で山の頂上から山の麓までをショートカットしたようなものだ。本来は途中にオーガやミノタウロスといったような今の弘美ではとてもではないが太刀打ち出来ない強さの魔物の出没エリアを進む筈だったからだ。それを知るのは先の事だ。
また、谷間に落ちた時に岩等に当たらず、木の枝に体を貫かれる事もなく木の枝等に当たって勢いが落ちていた。それに着水時も魔物が弘美の下敷きになり、ダメージが最小限に済んでいたのだ。少しでも落ちる先がずれていたのならば水面ではなく岩場に落し、死んでいたのだ。打ち身と肩の脱臼程度で済んだのは奇跡的な事である。弘美の強運が運ではどうしょうもない出来事以外を良い結果を招く方向に軌道修正していたのであった。
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