エピローグ④:夢見た未来へ
「さて。じゃあまずは順番に決めた旅先と、その理由を教えてくれ。キュリアから時計回りで頼む」
インク瓶の蓋を開けながらそう促すと、ある意味普段通りの無表情なキュリアが、首にアシェを巻いたままこくりと頷いた。
「チャート、行きたい。アシェも、同じ」
「チャート……ああ。あの温泉街か」
「うん。温泉、入りたい」
キュリアがそう素直に希望を口にしたんだけど。
「あ、貴女は別に大丈夫じゃないかしら?」
「だよなー。どうせなら別の所にしねーか?」
なんて割って入ったのはフィリーネとミコラだった。
何かその表情には焦りが見えるけど……。
「何で? 皆と温泉、入りたい」
「いや、確かにそうじゃが。別に他の温泉でも良いのではないか?」
「別にいいじゃない? 私も前に皆の話を聞いて行きたいなって思ってたし」
「
ロミナとアンナがキュリアを擁護したんだけど。その時の反対派三人が一瞬視線を向けた先を見て、俺は理由を察してしまった。
……三人がちらっと見たのは彼女達の胸。
そういや温泉の効能の話あったっけ。やっぱり気にしてたのか。
「まあまあ。キュリアの意見なんだ。否定はするな」
ある意味女子らしい悩みだなと微笑ましくなりつつも、最初からあまり気まずくなってもいけないしな。
俺はそんな彼女達との会話に割って入ると、地図からチャートの場所に星印を付けた。
「次はミコラだけど──」
「俺はやっぱここだな!」
「お、フィベイルの首都、フィラベか。里帰りか?」
「そうそう。暫く帰ってないし、折角だから顔出そっかなって」
さっと頭を切り替えたのか。
彼女は両手を頭に回して笑顔を見せる。きっと実家にいる家族の事でも考えてるんだろ。いい顔だ。
「次はフィリーネか」
「ええ。私は一旦マルージュに戻りたいわ」
「え? どうして?」
確かにこの間までいた筈だし、実家も相当堪能した気がするな。
ロミナと一緒に俺も首を傾げると。
「ちょっと調べ物がしたいのよ」
と曖昧な返事をした。
「何を?」
「それは秘密。本当は事前に調べようと思ってたけど、マルージュに着いた矢先に色々あって、すっかり忘れていたのよ」
ロミナの問いかけにフィリーネはそう口にすると、ちらりとこっちを見て意味ありげな顔をする。
……ああ、そういう事か。
俺は夢の話はシャリアとこいつにしかしていない。
きっとあいつはそんな俺に協力しようって思ってるのか。
まったく。
こういう隠れた優しさを見せるのはフィリーネらしいな。
「じゃあ次はルッテか」
「我はマルベルじゃな」
「ん? また変わった場所選んだな。どうしてだ?」
いや、マルベルって気候的にはウィバンに結構近いし。規模としては街で、もう少し落ち着いた感じもあるけど、観光地って程でもないから気になってさ。
そんな俺の問い掛けに、彼女はにっこりと笑う。
「お主との再会の地じゃ。当時お主があそこに着いた矢先、急かすようにロデムに戻らせてしもうたからの。折角じゃしお主にマルベルを堪能させてやろうかと思うてな」
「ああ、そういう事か」
確かにあの時は何もできなかったもんな。
ウィバンもいいけど、あそこも色々落ち着けそうだしいいかもな。
「次はアンナ」
「はい。
「ん? アンナはどうしてそこを選んだんだ?」
「はい。エスカ様に私達の旅について占って頂こうかと」
「あ、それおもしれーな!」
「また、お母様の墓参り、出来る」
乗り気なミコラやキュリアの声。
確かにそれも面白そうだな。勿論不安な結果が出る可能性だってなくはないけど、こいつらと一緒だし問題ないだろ。
「最後はロミナだな。何処に決めたんだ?」
「私は……ここ」
彼女が指を指したのは、マルヴァジア公国、マルージュより大分離れた南東にある森の中だった。
ん? ここって何があるんだ?
「ここは?」
「私の故郷だったソラの村があった場所。私が魔王軍に村を追われてから、一度も戻れてなくって。それで……」
何処か遠い目をしたロミナを見て、皆の表情が少し曇る。
きっと俺と同じで皆理解したんだろう。彼女がそこでしたいことを。
「……よし。じゃ、これで全部だな」
湿っぽくなりそうな空気を断ち切るように、俺は笑顔のまま最後の場所にも星印を書き込みそう言った。
「あれ? カズトの行き先は?」
「見てりゃ分かるよ。ルッテ。あれを貸してくれ」
不思議そうなロミナ達に対し、声を掛けられたルッテだけは「ほほぅ」と楽しげな顔をすると、ローブのポケットからダールを手にし、テーブルに置いた。
「いいか? 俺が旅する場所をこれで決める。どの目が出ても、恨みっこなしの一発勝負。良いよな?」
「カズトが、決めるの?」
「そういう事。ま、運任せだけどな」
そう言いながら、俺は地図の西の目印から順に数字を振っていく。
マルベルが一。
チャートが二。
ライミが三。
マルージュが四。
ソラが五。
そしてフィラべが六っと。
「面白そう。何だかわくわくするね」
「そーだな。なあカズト、六出そうぜ!」
「ダメ。カズト。絶対、二、出そ?」
「ふふっ。それぞれの目に私達の示した旅先。まるで貴方に私達が選ばれるみたいね」
「確かに一理ございますね」
「誰がお主の運命の者かを決める一投とは。中々一興じゃの」
「おいおい。お前等変な事を言うな。こんなのでそんな大事な事、決める訳ないだろ」
俺が笑い飛ばすようにそう返したんだけど、
「え? それじゃカズトは何時か、私達から誰か運命の人を選んでくれるって事?」
「はぁっ!?」
なんて真剣な目でロミナが口にしたもんだから、思わず叫んでしまった。
「ちょ!? 馬鹿な事言うなって! こんなすぐ忘れられそうな奴なんかより、お前等にはお似合いの奴が沢山いるだろうが!」
「ほう。例えば誰じゃ?」
「あの、ほら、マーガレスとか。あいつと一緒になったら金にも困らないし、あいつの優しさ独り占めだろ?」
「でも、マーガレスは一人しかいないわよね?」
「例えばって話だよ! 探せばそこに若くて活きのいいウェリックとか、渋さ輝くディルデンさんとか。それこそ未だ独身のダラム王だっているじゃないか。それにお前等なんか何処行ったって引く手
「へー。捕まえとけってかー。ふーん。そっかー。そうだよなー」
「な、何だよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるミコラに俺がたじろぐと、アンナがくすりと笑うとこう問いかけてきた。
「カズト。貴方様は何時か、何方かと幸せに暮らしたいとは思わないのですか?」
「へ? いや、別に。今はそういう事考えてはいないって。俺はお前達と旅できるだけで嬉しいし……」
「ほんとに、嬉しい?」
ちょっと恥ずかしくなり視線を逸らし口籠もると、じーっと真剣な瞳で俺を上目遣いで見てくるキュリア。
いや、彼女だけじゃない。
何でお前等じーっと俺を同じ目で見つめてくるんだよ。
おかげで後ろでシャリアが笑い堪えるのに必死じゃないか。
正直どうすればいいか分からず、目を泳がせて困り果てていると、皆が息を合わせたようにぷっと笑った。
「……ふふっ。カズトってやっぱり真面目だね」
「ほんと。隠し事できねータイプだよなー」
「何だか私達との旅が恋しいみたいだし、当面私達も、お相手探しなんてできそうにないわね」
「そうじゃの。折角パーティーに戻ったんじゃ。これまでの分今まで以上に
「はい。そう致しましょう」
「カズト。ずっと一緒」
皆が好き勝手にそんな事を言って笑顔を見せてくる。
……まさかこれ、冗談かよ。
ったく。手の込んだ事しやがって。っていうか、アンナまでしっかり馴染んでるじゃないかよ。
「はいはい。この話はここまでにしてくれ。これじゃ話が進まない」
妙な気恥ずかしさをかき消すように、俺はそんな言葉と共に、一旦目を閉じた。
……この一投が、新たな旅の始まりなんだよな。
再び一緒になれた仲間達とできる、こいつらの未来を見守り、俺のささやかな夢を追う、新たな旅立ち。
選んだ場所にはそれぞれの想いがあるけど。
ま、何処に決まって、その先にどんな事が待っていても。
こいつらと一緒なら、俺はきっと笑顔でいられるし、もし辛い事があっても乗り越えていけるはずだ。
何時か、皆に忘れられないようになれればいいけど、まずはこいつらが幸せになる姿を見るまでは頑張らなきゃな。
できる限り皆と一緒に旅をしていきたいし、何よりこれからの冒険。色々記憶に残る良い想い出も作りたいし。
──だから。
「じゃ、いくぞ」
俺は目を開くと、新たな未来を始める賽を天高く振り、その行く末を皆と共に目で追ったんだ。
彼女達の期待を一心に背負ったまま。
俺と皆の新たなる旅の第一歩を見守るように。
「ったく! カズト、何やってんだよー!」
「本当よ。折角皆で盛り上がっていたのに、貴方のせいで一気に興醒めじゃない」
「あ、いや。悪い。勢い余って……」
「ほんに。運命の者を決めたくないとはいえ、このような仕打ちを見せるとは。哀しくて堪らん」
「ルッテはいちいちそういう言い方するなって!」
「……やっぱり、カズト、私達と一緒、嫌?」
「だから嫌じゃないから!」
「まあまあ。皆様良いではありませんか。きっとカズトが
「そうそう。カズトはほんと誰にでも優しいもんね。その代わり、ダースみたいに私達の前から勝手にいなくならないでね」
「わ、分かってるって。兎に角やり直し。じゃ、いくぞ!」
──結局、俺の振ったダースは勢い余って円卓から転げ落ちて、皆にこんな感じでぶーぶー言われたり
……ったく。
前途多難な気もするけど……ま、いっか。
〜Fin......?〜
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