エピローグ③:旅立ちの日

 あの日、目一杯部屋で嬉し泣きした俺は、翌日普段通りにあいつらと接した。

 まあ流石に目を腫らしてたけど、皆が敢えてそこには触れずにいてくれたのは助かったな。


 朝食を一緒に食べた後、皆とそこで交わした話題。

 それは俺達のこれから。つまり旅の目的地についてだった。


「カズトって、何処か行きたい所はあるの?」


 ロミナの質問に、俺は少し迷った後、


「実はあまり考えてなくて。だから悪いんだけど、一人一箇所行きたい旅先、考えておいて貰えるかな?」


 そんな事を皆にお願いした。


 俺には勿論、フィリーネに話した通り夢がある。

 だけど、どうすれば目的が果たせるかなんて何も考えてなかったし。だったら最初は気ままに観光気分で旅をしても良いかなって思ってさ。


   § § § § §


 ロミナ達にパーティーにいて欲しいと言ってもらえてから三日。

 俺達はついに、新たな旅立ちの日を迎えた。


 朝食を終え、皆が各自の部屋で旅支度を整える中。俺も普段通りの道着姿に着替えた後、慌ただしく手紙を書いていた。

 本当は元々ロミナ達と再会して戻れるなんて想ってなくって一人旅のつもりだったから、ある事をすっかり忘れててさ。

 

 ……うん。これでよし。

 内容を確認した後、封筒に手紙を仕舞うとテーブルに用意されていた封蝋で閉じ、バックパックに仕舞う。

 後はこれを伝書として出すだけだけど、まあそれはシャリアに頼むとするか。


 俺は何とか間に合った事にほっとすると、席を立ち鏡の前に立った。


 普段と変わらない立ち姿。だけど、襟元にはあいつ等がくれたブローチがある。

 正直ちょっと道着には似合わないけど、まあそこは我慢するか。こいつのお陰で再会できたんだしな。


  コンコンコン


「カズト。そろそろお時間です」


 お、時間か。


「ああ。今行く」


 俺はテーブルの上のインクなどの筆記用具をバックパックに片付けると、そのまま部屋を出て、迎えに来たアンナと廊下を歩き出した。


 彼女も今日から冒険者。

 とはいえ、結局服装はメイド服なんだけど。


わたくしはシャリア様の元でメイドであった事も、誇りに思いたいのです」


 って皆の前で宣言したみたいなんだけど、昨日その話を聞いた時はアンナらしいなって微笑ましくなったもんだ。


「カズト。何か楽しい事でも?」


 ふと、隣を歩く彼女が不思議そうな顔で俺を見てくる。

 思わず顔に出てたか。やばいやばい。


「そりゃ、アンナや皆とちゃんと旅に出れるからさ」


 なんて笑いながら誤魔化すと、


「はい。わたくしも楽しみにございます」


 って彼女も笑みを返してくれた。


 あ、勿論誤魔化すったって、それも俺にとっちゃ楽しみだから、間違った事は返しちゃいないけどな。


   § § § § §


 流石はウィバン。

 今日も絶好の青空の元、俺達は屋敷のエントランス前に集合していた。


「もう行っちまうのかい」

「ああ。パーティーを組んだのにずっとのんびりここにいるってのもな」

「アンナも居なくなるし、寂しくなるね」

「シャリアにはウェリックやウィルデンさんに、皆もいるだろ。それだけ家族がいるんだ。寂しさなんてすぐ忘れるさ」


 俺はシャリアと向かい合うと、互いに笑顔で握手を交わす。


「しかし惜しかったね。もう少しであんたは大金持ちだったのに」

「別に。俺は金よりシャリアに覚えておいて貰える方が、やっぱり嬉しいしさ」


 冗談に本音を返し俺が笑うと、シャリアが少しだけ目を潤ませた後、突然俺をぎゅっと抱きしめてきた。


「お、おい!?」

「良いかい? これからきっと長旅。皆とも仲良くするんだよ? 何かあればちゃんと連絡してきな。話だって聞いてやるからさ」

「ああ」

「それから……出来る限り、ちゃんと生きて、ちゃんと笑いな。あたしがいる事、忘れるんじゃないよ」


 耳に届く震え声。

 おいおい、シャリアらしくないな。

 釣られてしんみりしそうになるのを堪えて、俺は笑顔でこう返した。


「ああ。大丈夫。こんな人情味のある破天荒な人、忘れなしないよ」


 瞬間。

 一気に彼女の腕が俺をベアハッグする勢いで強く締め付けて──。


「い、いてっ! 痛いって!!」

「カズト。あんたがあたしに皮肉を言うのは十年早いんだよ」

「分かった! 分かったって!!」


 締め付けに苦しむ俺の叫びに皆の笑い声が聞こえる中、シャリアはやっと俺を解放すると、してやったりの笑みを向けてくる。


 ったく。

 やっぱりこんな人が姉みたいだって思うの失敗だった。しかも重戦士とはいえ、どんだけ馬鹿力なんだよ。いてて……。


「で。何であんなもん用意させたんだい?」


 解放され安堵した俺に、彼女が少し不思議そうに首を傾げたけど、そりゃそうだよな。

 わざわざ屋敷の入り口であるここに、背の高い円卓を用意させたんだから。


「それはこれからのお楽しみさ」


 俺は意味ありげに笑ってやると、振り返って円卓を見る。

 そこには俺の立つ場所を空けた状態で、聖勇女パーティーの面々が円卓を囲むように立っていた。勿論、各々胸や襟元にあのブローチを付けている。


「さて。行きたい旅先は決めてくれたか?」

「うん」


 俺が尋ねながら円卓に付くと、ロミナの言葉と共に、皆は頷いてくれた。


「しっかしよー。行き先って事前に決めねーか普通」

「そうね。貴方は一体どうやって決めるつもり?」

「まあまあ。そこはこれから話す」


 俺はそう言うとバックパックをごそごそと漁り、羽ペンにインク。そして一枚の地図をさっと円卓に広げた。


 それは異世界『フェルナード』の中でも、俺達が旅をしてきた世界最大の大陸、ここディロイア大陸の地図だ。


 久々にあいつらとの旅立ちだからな。

 最初は俺達らしく、楽しく未来を決めるとするさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る