エピローグ②:泣き笑い

「え?」


 俺の言葉に、その場にいる皆が強い驚きを見せた。それは露骨にありえないっていう顔。


「ちょ!? 待てよ! 何言ってんだ!?」

「まさか、貴方の方が心変わりしたというの?」

「いや、よもやそんな事はあるまいな?」

「……カズト、私達といるの、嫌?」


 ミコラ達が口々に叫ぶけど、俺はその意味が理解できなかった。

 嫌な訳あるか。俺は本当は一緒にいたかったんだぞ?

 だけどブローチを貰ったじゃないか。


「いや、だってこの間話したよな? 俺はこのブローチに『再会』の想いを込めたって。それを寄越したって事は、別れてもまた、何時か再会できるようにって事じゃないのか?」


 俺が戸惑いつつそう返すと、ロミナがはっとした後、バツが悪そうな顔をした。


「ご、ごめんなさい。そういう意味じゃないの」

「じゃあ、どういう事だ?」

「あのね。このブローチにカズトが想いを込めてくれて、私達はこうやって再会できたでしょ? だから、これをパーティーの象徴として、皆で付けようって決めて……」

「……は? えっと、それって……つまり?」


 現実味のない言葉に、思わず隣に立つアンナを見ると、彼女は少し涙ぐみつつ、微笑みながら頷いている。


「カズトよ。改めて聞くが、先の言葉はお主の本意ではないのじゃな?」

「当たり前に決まってるだろ」

「つまり貴方は勘違いしただけ。そういう事よね?」

「そういう事……で、いいのか?」

「カズト。一緒に、いてくれる?」

「そりゃ、お前達がいいなら、別に……」

「まったくよー。びびらせんじゃねーよ! 心臓止まるかと思ったぜ」

「いや、びびらせるも何も……」


 俺の返事に安堵する皆だけど、俺はまだ現実を受け止めきれず、唖然としてしまう。

 そんな間抜けな俺の顔を見て、ロミナがくすっと笑うとこう言った。


「カズト。改めてちゃんと言うね。私達は皆、あなたと一緒に旅をする事に決めたわ。だから、これからもパーティーにいて欲しいの」

「……本当に、いいのか?」

「うん。あ、勿論アンナもね。師匠にも話はしたから」

「よろしいのですか?」

「うん。その代わりこの間話した通り、仲間になるんだから私達の事も呼び捨てにしてね。私達もそうするから」

「……はい。ありがとうございます」


 アンナもまた、ロミナの言葉に嬉しそうに声を振るわせ。

 ロミナは俺達を受け入れるように、にっこり微笑む。

 後ろの皆も安堵しながら笑ってくれて。

 アシェはちらっと俺を見ると、優しい瞳を見せた後、またキュリアの首元で眠りに入る。


 そこには望んだ光景があって。

 そこには嬉しいはずの光景があった。


 けど。

 そんな皆を見届けた俺は、


「……分かった」


 そう短く返すと、皆に背中を向けそのまま扉の方に歩き出した。


「カズト? 何処に行くの?」

「部屋に戻る」


 ロミナが少し驚いた声をあげたけど、俺は淡々と短く返すだけ。

 けど、それが皆の不満を生んだ。


「おい! やっと俺達一緒に旅するんだぞ! 何で答えだけ聞いて、ちゃちゃっと帰ろうとしてんだよ!?」

「そうじゃ。折角じゃ。少し皆で話でもせんか」

「あー……その。ちょっと、遠慮しとく」


 俺は扉の前に着いても振り返らない。


「まさか、貴方はやはり私達と一緒は嫌なの?」

「……違うって言ったろ」

「じゃあ、一緒にいよ?」

「……ごめん。今日は、ちょっと無理」

「どうしてですか? これが貴方様が望んだ未来ではなかったのですか!?」


 アンナまでも思わず声を強くするけど、俺はそろそろ言葉すら返せない。

 ……色々溢れ出しそうでさ。


「……カズト」


 不安そうなロミナの声に、俺は肩が震えちゃって。大きく息を吐き、気持ちを少しでも落ち着けると、涙を堪えるよう、少し上を見た。


「……明日からは、ちゃんと笑うし、ちゃんと一緒にいる。だから……今日だけは、一人にしてくれ」


 震え声で、何とか絞り出すようにそう口にするけど、それじゃ堪えられなくって。

 俺はぐっと道着の袖で目頭を拭う。


「皆……ありがとな」


 俺は言葉のない皆に振り返りもせず部屋を出ると、閉めた扉に少しだけ背をもたれた。


「カズト、泣いてた。大丈夫かな?」

「なーに。彼奴あやつも男じゃ。流石に嬉し泣きは見られたくないんじゃろ」

「でもいきなり追放しろとか言った時は本気で焦ったぜ。俺達何もやらかしてねーよな?」

「あら。貴方の日に心当たりでもあったのかしら?」

「そ、そんなのねーよ! ったく!」

「私がブローチを渡すタイミング、悪かったのかな?」

「心配いりませんよ。カズトも分かってくださったのですから」

『そうそう。あいつはすぐ早とちりするんだから。気にしなくてもいいわよ』


 扉の向こうから、何処か安堵した皆の声が聞こえてきたけど。


 そこには俺の名前があって。

 俺を忘れていない皆がいて。


 俺はまた、堪えきれずに涙した。


 ……昔からそうだった。

 あいつらを置いて部屋を出ると、いっつも涙が出る。そのせいで廊下がぼやけてまともに見えなくなる。


 でも。

 今まではそこに、俺の名前なんてなくて。

 俺は何時も、忘れられていて。

 だから、別れの辛さに泣いてばかりいた。


 ほんと、悔しいな。

 忘れられず受け入れて貰えるのが本気で嬉しくて、泣いてるのに頬が緩みやがる。


 流石に自分でもキモいって分かるし、こんな姿、誰にも見られたくないからな。

 俺はふっと笑うとまた涙を拭い、扉から離れ廊下を歩き出した。


 俺、ちゃんと戻れたんだな。


 追放されたあの日。

 それが今生の別れだと覚悟した。


 ルッテに再会した時だって、俺の戻る場所なんてないと思ってて。

 あいつらと再会し、ロミナを助ける為パーティーを組んだ時。ルッテ達三人に喜んで貰った時ですら、俺は自信を持てなかった。


 でも、皆がまた俺を忘れても、ロミナは覚えていてくれて。

 彼女が俺を探してくれたからこそ、俺はカズトとして再会できて。


 彼女の想いを知り。俺の想いを伝えて別れたけど。

 結局その願いが叶った時には死の間際で。


 俺はずっと、忘れられるんだと思ってた。

 忘れてもらっていた方が、あいつらも幸せだろうって思ってた。


 けど。

 本当は、ずっと寂しかった。

 ずっと辛かったんだ。


 それが、まさかアーシェに再び生を貰い。

 アシェとなった彼女と再び旅をして。

 ロミナ達がまさか俺を見つけてくれて。

 彼女達が俺を受け入れてくれた。


 俺がずっと、心の奥底で願っていた夢が叶うなんて、思ってもいなかった。


 ……ほんと。

 絆を信じ続けたとはいえ、こんな日が本当に来るなんてさ。

 やっぱりアーシェを信じておくもんだな。


 絆の女神の為に始めた旅は、気づけば多くの絆をくれた。


 ロミナ達もそうだし。

 シャリアやアンナ。ディルデンさんやウェリック。エスカさんにダラム王に、トランスさん。

 そしてまさかの四霊神であるディアにワース。それこそギアノスやフィネット、シャルムだって力になってくれた。


 沢山辛い事も経験したし、哀しい想いもした。

 でも、皆と出逢えて。時に笑って、時に泣いて。

 皆に助けられて、俺は今まだここにいて、願いが叶ったんだ。


 絆の女神のおぼし召し。

 当たり前のように口にしたけど、本当にあるもんだな。


 ……アーシェ。

 俺はお前を助けに来て良かったよ。


 沢山の人に逢えて。たくさの人に気遣い、心配してもらえて。

 そしてロミナ達仲間に、一緒にいて欲しいって思って貰えて。


 泣ける程嬉しいって思える人生。悪くなかった……いや。本当に良かったからな。


 流石に折角願いを叶えて女神に戻してやったのに、俺の為に力を失うのはどうかと思ったけど、それでも俺は感謝してるよ。


 忘れられ師ロスト・ネーマーなんて呼ばれて、皆に沢山忘れられたけど。

 皆の力にもなれて、皆を護る事もできた。


 それは本当にお前のくれた力のお陰だし、お前がいてくれたお陰だからさ。


 アーシェ。

 本当にありがとな。


 ……なーんて。

 絶対面と向かっては言ってやらないけどな。

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