エピローグ:忘れられ師の旅立ち

エピローグ①:ブローチの意味

「カズト」

「ん?」

「この後一ディン後位に、応接間で皆で話をしたいんだけど。時間を貰ってもいいかな?」


 シャリアの護衛を終えて屋敷に戻った後。

 夕食の席で皆が食事を食べ終えた所で、ロミナが俺にそう問いかけてきた。

 彼女だけじゃなく、同時に向けられる聖勇女パーティーの面々やアシェ、アンナの視線には緊張と真剣さが感じられる。


 ……ついに、その時か。


「ああ。わかった。悪いんだけど部屋にいるから、誰か迎えによこしてくれるか?」

「では、わたくしがお迎えにあがります」

「わかった。じゃ、アンナ。よろしく頼む」


 俺は普段通りを心がけ、その場で笑うと一人席を立ち、先に部屋に戻った。


 とりあえずさらりと風呂を浴びると、俺はまるでこれから出かけるかのように普段と同じように、道着に袴、閃雷せんらいという出で立ちになった。


 洗面台の鏡の前。

 じっとその姿を見た俺は、片手に閃雷せんらいを手に取ると、もう片方の手で少し伸びた後ろ髪に手を掛け、刃を当てる。


 ……シャリアやアンナと逢えただけじゃなく、ロミナ達とも再会できたんだもんな。

 それだけでも充分。それ以上なら最高。

 後は、俺は俺らしくあろうという気持ちを込め、未練と共に少し伸びた後ろ髪を断ち切ると、刀を鞘に戻す。


 何時もどおり、変わらぬ澄んだ音。

 お前にも何度も助けられたよな。閃雷せんらい

 お前も、あいつらと旅したいとか思うか?


 意味もなく心で問うけれど、勿論応えはない。

 って、俺も何やってんだか。


 未だ何処か不安を覚えてる。

 少しだけ、手が震える。


 大きく息を吐いた俺は、そのまま部屋に戻ると、窓際のソファに腰を下ろすと、既に夜景に変わったウィバンの街を見つめた。

 高いこの場所から見ても、未だお祭り騒ぎの熱気ははっきりと伝わってくる。


 ぼんやりとここ七日間を思い返せば、そこにあったのは今までに感じなかった彼女達で、今までと変わらない彼女達。

 新鮮さもあったし、あいつららしい姿もあったけど。何となくあいつらの本音を聞けて嬉しかった。


 まあ、それでも自信なんてない。

 勝手に仲間だって強く思って、勝手に一緒にいたいと思ってしまっただけ。

 勿論一緒にいたいと思ってくれれば嬉しいけどさ。


 ……以前の俺……死ぬ前の俺って、こんなだったか?

 いや、こんな奴だったのを誤魔化してきただけか。まあ、ある意味俺らしいな。


 何となく一人の時間は、妙に色々と気持ちを持て余してしまう。

 アンナは、追放されても俺を忘れたくないと一緒にいてくれると言った。


 だけどさ。

 俺は皆に忘れられたくない。本当にそう思ってる。

 今追放が選ばれて、記憶から消えるのがどうにもならなくても、また必死に未来を掴んでみせるだけ。

 どうせ呪いを解く旅が始まるのは変わらないしな。


 ……しかし。

 アシェに出逢い。ロミナ達に出逢い。シャリアやアンナと出逢えた俺はきっと、幸せものだな。

 本気でお前達のお陰で、この世界も悪くないって思えたし。

 もしもの時は、ちゃんと感謝は伝えるか。


 何となく、こうやって物思いにふけりながら、時折打ち上がる花火を眺めていると、部屋のドアをノックする音がした。


「カズト。時間にございます」


 何処か緊張したアンナの声。


「ああ。今行く」


 俺も、声が緊張してただろうか。

 そんなのすらわからないけど、俺は平静を保つように深呼吸した後、部屋の扉を開け、目の前に立つアンナに笑みを見せた。

 彼女の表情も声と同じ位随分と緊張してる。

 襟元でキラッと輝く黄色のブローチ。こんな時にも付けてくれてるとか。律儀だな、まったく。


「お待たせ。行こうか」

「はい」


 俺達はそれ以上の会話を交わす事なく黙々と並んで廊下を進むと、魔導昇降機に乗って一階へと降りて行く。


「アンナは、もう結果は聞いたのか?」

「……いえ。わたくしもまだ」

「そっか」


 短い会話もそれ以上続かず、俺達は一階のエントランスに出ると、そのまま何も話さず廊下を歩いて行き。

 ついに、応接間の扉の前に到着した。


 この先にあいつらがいる。

 この先で未来が決まる。


 生唾を呑んだ俺は、改めて深呼吸する。


 ……いいか。

 笑うんだ。何があっても。


 俺が心にそう言い聞かせていると。


わたくしは、お側におりますから」


 不安を感じ取ってか。安心させようとするアンナの声がした。

 横目に彼女を見ると、少し硬い笑み。

 だけど、そこにあるはっきりとした優しさを感じ、俺も小さく頷くと微笑み返した。


  コン、コン、コン


 ゆっくりと扉をノックする。


「はい」

「カズトだけど。入っていいか?

「うん」


 ロミナの返事を確認し、ゆっくり扉を開けると、そこには部屋の奥でロミナ達五人が、普段通りの服装で並んで立っていた。

 キュリアの首には巻き付いたアシェもいるけど、シャリア達は気を遣ったのか、この場にはいない。

 そして皆、襟元や首に巻いたリボンに、アンナ同様黄色いブローチを付けている。


 ……意図してか、偶然か。

 俺は真剣な顔で並び立つ彼女達を見て、強く心が痛み、思わず顔を歪めてしまう。


  ── 「あなたに、このパーティーから外れてもらいたいの」


 それは、一年以上前のあの日。

 魔王討伐戦直前に並んで待っていた彼女達と同じ並び。そのせいで、当時のロミナの一言が蘇ったんだ。


「……大丈夫?」


 痛みが顔に出たせいか。

 ロミナの問いかけと共に、彼女達がこぞって不安そうな顔をする。


 ……ほら。何やってんだ俺。

 笑うって決めただろ。


「ああ、大丈夫」


 心配は掛けまいと、俺は何とか笑い返した。


「で、皆の結論は出たか?」

「うん」

「そっか。じゃ、教えてくれ」

「その前に……これを、受け取って欲しいの」


 ロミナが緊張した面持ちのまま、俺の目の前に立つと、すっと布包ぬのづつみを差し出してきた。

 澄んだ青空を描いた布包ぬのづつみ。これは……。


「開けてもいいか?」

「うん」


 俺は彼女からそれを受け取ると、ゆっくりと開く。

 そこから姿を現したのは……今、皆が付けているものと同じ、黄色い花のブローチだった。


 ……花言葉は、『再会』。


 その言葉を心で呟いた時。

 俺の心にあの時の皆の言葉が蘇った。


  ──「……そういう言い方、するなよ」

  ──「一緒に戦いたかった。それは、本当」

  ──「確かに貴方の代わりになるような冒険者なんて五万といるわ。だけどそれだけじゃないから、これまでも共に戦って来たのよ。今更そんな理由で貴方をパーティーから外すなんて、馬鹿げた事するものですか!」

  ──「お主はほんに阿呆じゃな。ま、じゃからこそ、お主と歩んだ旅路は、苦しきはずじゃったのに、楽しく、居心地良く感じられたんじゃがの」

  ──「だから、あなたにはパーティーを離れて残ってほしいの。皆の心が挫けそうになった時、あなたがいる世界を護りたいって思えるように。あなたがいる場所に、生きて帰りたいって思えるように」


 ……俺は、浮かんだ言葉の数々に、また歯を食いしばる。

 あいつらは、俺がこのブローチに込めた意味を知っている。

 そしてあいつらは俺にこれを寄越してきた。


 ……再会ってのは、別れがなきゃ生まれない。

 つまり……。


 震えはぎゅっと噛み殺し。

 ブローチをぎゅっと握りしめ。

 俺は何とか笑う。それは、最後まで俺らしくある意地。


「……皆で考えて、あなたにも持ってもらおうって決めたの」

「そっか。大事にするよ」


 目を細め、俺は皆を見る。

 皆は俺の表情に不安になったのか。未だ心配そうな顔をしてる。


 なーに。

 大丈夫。こういうのは慣れてる。


 だから。


「じゃあ、追放してくれ」


 俺は、哀しき想い出で満たされた心を隠しきれぬまま、寂しげな笑みと共に、そう口にしたんだ。

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