サイドストーリー:未来を願いて

第二章/第六話:未来を決める為

 カズトが食堂から去った後、私達は少しの間、言葉がでなかった。

 ブローチについての事なんて些細な事だって位、カズトが話してくれた彼の過去に衝撃を覚えていたから。


 異世界からアーシェを助けるためだけに、自ら呪いを受けこの地にやってきたカズト。

 そんな彼が世界の厳しさ。そして呪いにより忘れられる事でずっと苦しみ、傷ついてきたんだって改めて知ってしまったからこそ、私達は彼に何も言えなかった。


 元の世界に未練はないし、戻れないのも覚悟の上。

 きっとそれは本音だったと思う。

 呪いの恐ろしさを知った時だって、きっと辛かったと思う。

 だけどカズトはそれでもきっと、色々なパーティーでその呪いの事を話さず、皆に力を貸して、追放され忘れられてきた。


 改めて彼の優しさと覚悟を知って、私は胸が強く痛んだ。

 それだけ辛い想いをし続けながら、それでも私達にあれだけ尽力してくれた。

 それはとても嬉しくて、とても申し訳なかったから。


「……なあ、アシェ。あいつは、お前に泣かなかったのか?」


 ぽつりとミコラが尋ねると、テーブルにいたアシェは淋しげな顔を見せる。


『あいつは強情よ。だから私に心配掛けまいって、ずっと笑っていてくれた。でも、ベッドでたまに震えて眠れなかった姿も知ってるわ。隠すの下手だし……』

「……ふん。まったく。どうしてこうも強がるんじゃ。忘れられたくないなら、それでも一緒にいてくれと我儘わがままの一つも言えば良かろうに」

「ルッテ。貴方も分かってるでしょう。カズトの性格では無理よ。私達が傷つけるのが不安だなんて言えば、余計にね」

「……カズト、優しいから」

「そうですね。あの方は私達わたくしたちに沢山の笑顔を見せながら、私達わたくしたちの為にと、沢山苦しんでくださったのでしょう。きっと、今もそうなのだと思います」


 皆が思い思いに言葉を語る。

 その表情にある憂い。それはきっと私と同じだと思う。


 ……私は、そんな優しいカズトをもう忘れたくない。

 カズトとずっと一緒にいたいって思ってる。


 でも、ルッテ達が迷う気持ちだって分かる。

 だって、彼が傷つく不安を持っていたからこそ、昔彼に残ってもらおうって、追放したんだから。

 きっと皆も、あの時の事も含め、悩んでいるんだと思うし。


 カズトの為に、何とかしてあげられないのかな……。

 カズトはきっと、一緒にいてほしいんだと思う。

 だとしたら、ルッテ達にもそう強く思ってもらうしかない。でも、きっと無理強いもできないよね……。


 私達が再び沈黙し、重い気分で俯いていると。


「……あんた達に聞きたいんだけどさ」


 そう口を開いたのは師匠だった。


「あんた達。カズトは嫌いかい?」

「んな訳ねーだろ!」

「シャリア。流石にそれは愚問よ」

「そうじゃ。でなければここまで悩みなどせん」

「私、カズト、好き。一緒に、いたい」

「ロミナ。あんたは?」

「私だって、嫌いな訳ないです」


 私達の言葉を聞いて、師匠は何処か満足げな笑みを浮かべ頷くと、こう言ってきたの。


「だったら、一人一人しっかりあいつと話せばいいじゃないか」

「え?」

「カズトだって悩んでる。そしてあんた達も迷ってる。なら一人一人、時間を貰って話しなよ。仲間なんだしさ」

「そう簡単に言うけれど……こちらにも心構えがいるわ」


 少し口ごもりながらフィリーネがそう口にすると、師匠はそんな悩みなど関係ないと言わんばかりに言葉を続けた。


「心構え? あんた今更そんな事を言ってるのかい?」

「今更って、流石にそんな言い方ねーんじゃねーか?」

「いーや、あるね。あんた達分かってるのかい? カズトは優しいから自身の想いは口にしなかった。いや……あんた達に本音を語って選択を迫っただけましかもしれない。まあ、とにかくあいつは当に覚悟を決めてるよ。あんた達といたい。でもあんた達のため、別れて忘れられる覚悟もできてる。だから選択をさせたんだ」


 語っていく内に、師匠の表情に真剣さが増す。


「アンナ」

「はい」

「あんたはカズトを忘れたいかい?」

「……いえ。わたくしは、カズトとの記憶を忘れたくはございません」

「そうかい。あたしもそうさ。あたし達はあれだけ後悔した。そしてあいつに助けられた。そんな大事な奴の記憶、忘れたいなんて思わない。だからあたしはロミナやキュリアを推す。けど、あいつは一人でも迷ったりするなら、追放してくれと言ってきた。あんた達がパーティーを解散するのは嫌だって本音もきっちり話してさ。だから、ルッテやフィリーネ、ミコラがそうじゃなくたっていいし、その覚悟……いや。そうなった時の未来だって考えてる」

「どんな未来なんですか?」


 私の問いかけに、師匠は笑みを浮かべるとこう言った。


「その時はあたしやアンナがあいつとパーティーを組んででも、あいつを忘れはしないさ」

「おいおい。だけどシャリアはもう大商人じゃねーか」

「それがどうしたのさ。確かにあたしは大商人。だけど今だってウィルデンとだけはパーティーを組んでいる。別にあたしの右腕として一緒にいさせたっていいさ」

「……シャリア。ずるい」


 それを聞いて、キュリアが不貞腐れたのを見て、思わずシャリアが吹き出す。


「ははっ。キュリア。いい顔だ。でも、あたし達はそれ位あいつが大事なんだよ。ルッテ。フィリーネ。ミコラ。あんた達だってそうだろ? あいつが大事だからこそ迷う。違うかい?」

「そりゃ……当たり前だろ。あいつが構わないって言うなら、傷つけるかもしれなくても、一緒にいてーし……」

「それはそうね。じゃなければ、私達だって悩みはしないわ」

「……ふん。指摘されるのは癪じゃが、間違ってはおらん」

「だったらそれでいい。カズトといたいと決めてる奴らは想い出でも作りゃいいし、迷ってる奴は決めるために色々話したって良い。あんた達は今パーティーなんだ。だからやれることをして、ちゃんと決断をしな。ただ、折角だし、その申し出をする時はアンナも頭数に入れな」

「え? シャリア様?」

「こいつも散々苦しんだし、あいつに恩義もあるからね。だから想い出位作らせてやって欲しいんだ。頼む」


 まるで丸め込むみたいに一気に話を進めた師匠だけど、どこか真剣味のある表情のまま私達に頭を下げた。


 ……確かに、そうかもしれない。

 私達はパーティーにいた頃、たまに個別に悩みを打ち明けたりした事もあったし、私もカズトと一日過ごした事はあるけど。

 きっと皆も募る話とか、本音をぶつける機会ってなかったのかもしれない。


「……まあ、確かに話すべき事は、彼奴あやつにも話すべきかのう」

「そうね。ずっともやもやする位ならその方が良いし。それに一日二人っきりで過ごしたら、何か心変わりもあるかもしれないわね」

「……確かに面白そうじゃねーか。俺はいいぜ」

「カズトと、一日一緒。嬉しい」


 神妙な顔をしていた皆だったけど、ルッテの言葉を皮切りに、皆が意見に賛同して頷く。


「どうじゃ? ロミナ。この話に乗らんか?」

「……うん。私も良いと思う。皆もカズトとの落ち着いた時間なんて中々取れなかっただろうし、きっと良い想い出になると思うし」


 私も同意するように頷いたけど……実は内心思ったの。

 彼とまた二人っきりで過ごせるのが嬉しいって。


「アンナも折角だしそうしよう?」

「よろしいのですか?」

「うん。あ、勿論私達も含めて、カズトが嫌がらなければだけど……」

「なあなあ! だったらカズトに早速話に行かねーか?」

「私、カズトに逢いたい」

貴女達あなたたちは本当に現金ね。まあでもどうせ暇だし。私は良いけれど」

「折角食後にゆっくりしようと思ったんじゃがのう」


 ミコラが俄然やる気を見せると、皆が釣られて笑顔になる。あのキュリアまでふんすとやる気を出してる。


「じゃ、今からカズトの部屋に行ってみよっか」

「はい。そう致しましょう」


 私の言葉にアンナも嬉しそうに答え、師匠も安心した笑みを浮かべてる。

 一気に和んだ空気に任せるように、私達は食堂を出て彼の部屋に向かったんだけど。


 そこにはカズトの姿はなくって。

 屋敷の何処にも彼はいなくって。


 私達は一気に不安に襲われて、キュリアの力を借りて、慌ててカズトを探しに街に飛び出したの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る