第十話:ルッテとのお茶会

 あの後も結局アンナと夕陽が沈む頃までは海にいた。

 って言っても、ただ喋ったり、浜辺を歩いたり。やってる事はそれほど午前中と変わらなかったけど。


 でも、約束の話をできて吹っ切れたのか。

 前以上に笑顔だったのは良かったかもしれないな。

 とはいえ。


「先程のようなやからに出逢わないよう、こうさせては頂けませんか?」


 なんてお願いしてきて、手を繋いで海辺を歩いたのは、かなり恥ずかしかったけど……。


   § § § § §


 そんなこんなでついに五日目。

 残す所あと二人となった訳だけど、今日の相手はルッテだ。


 流石に連日誰かの為の時間をガッツリ使うってのが続いて少し疲れが見えてたのか。

 昨日の夜に顔を合わせたルッテが、


「随分疲れた顔をしておるのう。明日は出掛けずゆっくり話でもするか」


 なんて提案してくれて、俺の部屋で二人で話をする事になったんだ。


 時間は何時もより遅いお昼過ぎ。

 ルッテが気を遣ってくれたお陰で、久々に俺は午前中ゆっくりとした時間を堪能し、午後に彼女とのお茶会を楽しむ事にした。


 部屋にやってきたルッテと共に、窓際にある小さなテーブルを挟んで置かれた一人掛けソファーに互いに腰を下ろし、俺の淹れた紅茶を口にしていた。


「……ふむ、良い味じゃ。こうやってお主の淹れた紅茶を飲むなど、何時ぶりじゃのう?」

「どうだろうな。以前一緒に旅をした頃は、野宿した時の晩なんかにこうして淹れた記憶はあるけど」


 互いにほっと一息くと、懐かしい気持ちで笑みを見せる。


「あの頃、確かお主は十八じゃったか?」

「ああ。とは言っても、実は本当の誕生日は正直世界が変わって分からなくなってるからさ。実はこの世界に来た日を誕生日にしてるだけなんだ」

「そうじゃったか。異世界から来るというのは、そういう不憫もあるのじゃのう」


 そう語るルッテだけど、実は俺、ルッテの年齢を知らないんだよな。

 まあ彼女が話さないのもあったけど、亜神族ってのは本当に寿命が長いんだ。


 ふんわりとした白銀の長いツインテールに、美少女という言葉に偽りのない童顔寄りの顔。

 更に彼女には、亜神族の成人の証とも言える龍の角がまだない。


 きっと並んで歩けば間違いなく俺が年上に見えるだろうけど、実際にはこの外見で数百年生きている事だってある。


 以前彼女にダークドラゴンのディネルが口にした「まだたった数年。瞬きほどの時間にございます」なんて言葉は、彼女達にとっては当たり前の事なんだろうな。


「しかし、お主は出逢いし頃より揶揄からかい甲斐があったのう」

「あー。やっぱりそういう目で見てたのかよ」

「そりゃそうじゃ。昔ロミナが仲間に入れると言うた時には、ほんに楽しみじゃったからのう。ミコラを揶揄からかうのも飽きておったしな」

「ほんと、お前は昔っから俺を玩具おもちゃ扱いだったもんな。酷い話だよ。覚えてるか? 前に夜お前の部屋で話してた時、お前にジュースって偽られて酒飲まされた時の事」

「おお、よう覚えとるぞ。我が寝室でガラーシャを飲ませた時じゃろ?」

「そうそう。臭いで酒って全然分からなかったから普通に飲んだら、もうあの後頭痛いし気持ち悪いしで最悪だったんだぞ」

「はっはっは。ほろ酔い加減で我に夜這いのひとつでもかけてくるか期待しとったんじゃがのう」

「そんな事するか! 間違ってそんな事して、ドラゴンの餌食になるなんてまっぴらごめんだよ!」


 不貞腐れた振りをしてちらっとルッテに視線を向けた俺に、彼女は楽しそうに笑った。


 俺が笑えと散々言ってやったから……なんて事はないな。

 こいつは普段からこんな感じだし。ミコラと並んでいっつも笑ってたからさ。


 そんな安心できる笑顔を見ながら話を続けていると。


「……しかし。お主は酷い奴じゃの」


 ふっと目を細めたルッテは、ティーカップを太腿の上で持ったまま俺から視線を逸らし、窓からウィバンの街並みに目をやった。


「お主は何処まで我に貸しを作る気じゃ?」

「貸し? 何か貸したっけ?」

「うむ。簡単には返せぬ程の物をな」

「そうか? 俺はさっぱり覚えてないけどな」


 何となくルッテの表情を見れば、言いたい事は分かる。だけど俺はそれをなかった事にしたくて、冗談じみた口調で返してやったんだけど。

 それじゃ納得しないと言わんばかりに、ルッテは静かに首を振った。


「お主は我等のパーティーに加わってからずっとそうじゃった。魔王討伐の旅でも。ロミナの呪いの時も。封神ほうしんの島での出来事から、魔王の復活まで。お主がしてきた事が、どれだけの事か分かるか?」

「……いや。悪いけど俺は別に貸しだなんて考えてないし。お前達に力を貸したのも、お前達を助けたのも。お前達を傷つける覚悟で姿を見せたのだって、ぜーんぶ俺が勝手にやったからな。だからそれが貸しなんて言うなら知るもんか。あ、そういう意味じゃ、酷い奴なのは当たってるけどな」


 彼女から笑みが消えかけたのを見て、俺は呆れ笑いを返す。

 勿論これも冗談っぽく言ったけど、そこに並べたのは本音だ。


 実際俺は自分の我儘わがままを押し通しただけ。正直あいつらからしたら嫌な事だってあっただろうし。


「……ほんに。お主は何者じゃ? 何処ぞの勇者の生まれ変わりか?」


 ぽつりと漏らしたルッテの一言に、俺はドキッとする。

 いや、お前にそんな話はしてないだろ。まさかアシェが話でもしたのか!?


「は? どういう事だよ?」


 そんな内心を誤魔化し、俺は知らぬ存ぜぬを突き通してみる。

 忘れられ師ロスト・ネーマーを探すクエストじゃ術がバレたけど、会話位なら流石に隠せるって思って。


 俺の戸惑いが面白かったのか。

 ルッテはふっと笑みを浮かべる。視線をこっちには向けず。


「……昔、ロミナとよく話したんじゃよ。お主は勇者ではないのかとな」

「は? 俺が?」

「うむ。お主は決して個としての強さはなかった。じゃが、その心の強さや前向きさ、ひたむきさだけは我等以上じゃった。魔王討伐の為に旅をしていた時も、傷ついても折れず、常に前を向いたのはお主じゃったし、一人であってもロミナを呪いから救わんと真っ先に決意したのもお主じゃ。封神ほうしんの島でも咄嗟に我等を護り、キュリアやロミナを命懸けで救いおったし。マルージュではあれだけの辛い試練の中、それでも我等を信じ、我等と戦い、我等やシャリア達を救い、世界を救う手助けをしおった。昔もお主が勇者なのではと思う気持ちを感じる事はあったが、今はもしそれが事実だとしても、我等は誰一人疑わんじゃろう。母上すらも認めしお主が、勇者じゃったとしてもな」


 そこまで語った彼女は、すっと視線を向けてくる。笑顔でもなく。後悔でもなく。じっと真剣な瞳を。


「……じゃからこそ、我は今本気で思うておる。お主は勇敢なる勇者であり、向こう見ずな無謀者むぼうものでもあると」


 ……無謀者むぼうもの、か。

 まあ、確かに。ある意味俺にピッタリの二つ名だな。


「おぬしは、フィネットの予言を知り、それでも我等を追う決意をしおったのか?」

「……そうだな」


 俺は軽く紅茶を口にすると、あまりに重い視線に耐え切れず、視線を逸らす。


「……最初は何を言ってるのか分からなかった。お前達が光だとすれば、魔王が闇。だけど魔王は死んでいた。じゃあ何処に闇があるのかって悩んだし、そもそも光の意味も合ってるのかも怪しいし。何より闇と共に何が消えるのかすら分からないでいたからな」

「じゃが、魔王は現れた」

「ああ。一番最悪の形でな。シャリア達はワースに捕らわれたまま。宝神具アーティファクトの試練は未達成。だけど試練を達成する為に必要なお前達は、よもや魔王の眼前で捕らわれの身。ほんと絶望したよ」

「……それでも、未来を夢見たのか?」

「……ああ。シャリア達やお前達のな。俺はその時やっと予言の意味に気づいた。予言は未来を示唆するもの。だから変えられるってエスカは言っていたけど。闇が消えるには、共に消える奴がいるはず。つまり、俺に未来はないかもしれないって。だけど、俺が光を追えば、皆に未来はあるはず。そう信じて、必死に前を向いたんだ」

「……まったく。アーシェを助けるべくこの世界に来た理由といい、ほんにお主はお人好し過ぎるわ。……この、馬鹿者が」


 静かに戒めの言葉を口にした彼女から歯ぎしりが聞こえ、俺はちらりとルッテを見る。

 彼女は視線を落とし、身を震わせていた。


「……我等はずっと、心の奥底で恐れていたのじゃ。パーティーを追放する前。お主だけがより大きな怪我を負っていく姿に」

「……『絆の加護』はお前らにしか効果がなかったからな。仕方ないさ」

「仕方なくあるまい! お主がすぐそうやって命を軽んじるからこそ、我等は追放を決断したのじゃぞ!? お主が我等と共に魔王と戦えば、命を捨ててでも我等を護ろうと必死になるのではと、強く不安になってな!」


 絶叫にも近い声でそう強く怒りを見せた後、ルッテは隠す事もせずに泣いた。


「……結局、お主がおらぬ戦いでは我等は傷つき、ロミナは魔王を倒したものの呪いを背負い。お主がいた戦いではお主は魔王に命を奪われたが、代わりに我等は怪我一つ負わんかった。……世界の者達を救い世を護るべき聖勇女とその仲間は、たったひとりの武芸者に護られた。皮肉も、いいところじゃ……」


 彼女が太腿の上で持ったティーカップに涙が落ちる。


 ……俺が死ぬ時、こいつは泣いた。

 けど、ここまでストレートに言葉をぶつけられ泣かれた事は、今までなかったな。


「これが、我が……いや、我等がお主と改めて旅をするのを躊躇ためらった理由じゃ。お主が無謀者むぼうものだからこそ恐れたんじゃ。お主を傷つける。それは即ち、我等の存在こそがお主に無茶をさせ、傷つけるという事に他ならん」


 濡れた顔をそのままに、ルッテが俺をじっと見る。


 ……俺が、お前達が死ぬのが怖いって思ったと同じ位、お前達は俺が死ぬのが怖かったのか。


 ……まったく。

 お前らはどこまで優しいんだって。


 そんなルッテの苦悩を目の当たりにした俺は、大きく息を吐くと、覚悟を決めて口を開いた。

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