第十一話:それでも俺は

「……悪いな。俺は結局、最低の男だ」


 俺はルッテに向き直ると、開き直ったかのように笑った。


「死を経験した今。はっきり言って死は怖い。だけどこの間言った通り、俺はお前達を仲間だと思ってるし、仲間を見捨てられなんてしない。きっと、この命と引き換えに、死の淵に立ったお前達を救えるかもしれなかったら、迷わず俺はそっちを選ぶ」

「……それは、変えられぬか?」

「ああ。勿論無闇矢鱈むやみやたらに死ぬ気はない。あの魔王との戦いだって、死を覚悟はしてたけど生を諦めちゃいなかった。だから勝つ気で挑んだしな。だけどさ。俺はお前に笑えって言った通り、お前達が笑顔で幸せに暮らしてほしいって気持ちは捨てられない。だからその為になら命を懸けるし、必死にもなる。お前が俺を勇者ではなんて思うなら、尚更な」


 口惜しそうなルッテの姿に、心が酷く痛み、俺の決意がこいつを苦しめてるんだって気持ちが湧き上がる。

 そのせいで、思わず笑みが苦しみで歪みそうになった時。


 俺の頭に、ふといにしえの勇者と聖女の姿が思い浮かんだ。


 あの時、二人に仲間はいるように見えなかった。


 死んだのか。遠くにいたのか。

 そんなのわからない。


 でも、もし俺があの場に助けに入れたとしたら、俺はきっと見捨てられなかったと思う。


 誰かの為。それはあっただろう。

 二人に死んでほしくない。それもあったはず。


 だけど。何故そんな気持ちばかり持つのか。それを彼等に重ねた時。

 今更思い出したんだ。


 俺が向こうの世界で暮らしていた時、自分が昔っから夢見てた事を。


「……俺のいた世界には、沢山の英雄譚があってさ」


 俺が急にぽつりとそう口にすると、ルッテが力なく俺を見た。


「その多くは創作であり事実でも現実でもなくって。だけどそこにいる主人公達は皆、物語の中で苦しみ、努力し、逆境を跳ね除け、前を向き、諦めなんてしなかった。ある話では好きになった奴の夢を叶える為に、死ぬかもしれない戦いに挑み。ある話では罪もなくさまたげられた者達を救う為、皆と優しき国をおこす。そこには、皆が未来を追う眩しい姿ばかりが描かれてて。それは俺にとっての憧れであり、だけど俺の世界の日常じゃ有り得ない、夢のような英雄譚ばかりだった」


 俺はまた紅茶を口にしながら、その頃の事を思い返す。


「俺はそんな物語に、って考えるのが好きでさ。もし自分がこんな力を持ってて、こんな風に彼等を助けられたら。そんな事ばっかり考えていた。まあ、夢見がちな奴だったな」

「……何時からじゃ?」

「うーん。結構小さかったかな。七、八歳位にはもう、そういうの考えてた」


 そう。

 それは退屈な日常の中で、俺に刺激を与えてくれた。


 アニメだったり、ゲームだったり。

 小説や漫画だったり。


 そこには、苦難も沢山あったけど、夢と希望が詰まってた。


「俺、今はそんな夢を叶えられる立場にいてさ。実際聖勇女パーティーに陰ながら力を貸して、自分なりに助けたりもできた。そして同時にこの世界だからこそ、数々の英雄譚に描かれた勇者や英雄のように、誰かと生き、誰かを救う為に全力であれたし、これからもそうありたいって思ってる。そんな憧れや想いは、やっぱり変えられない」


 俺はふっとそこで自嘲した。

 我儘わがままな自分にさ。


「ただ、そんな想いばっかり持ってるから、きっと俺は一人だと空回りする。本当の死を知って、ああなりたくないって思ってても。でも、描かれた英雄譚の主人公には皆、気のいい仲間達がいてさ。そいつらと共に戦い、苦楽を共にして、死と隣り合わせの危険にすら挑み、未来を切り拓いていったんだ」


 そう。

 彼等だって一人で何か出来たわけじゃない。

 仲間と時に笑い、時にいがみあい、時に一緒に泣き、それでも一緒に前を向いてた。


「多分、この間までの俺ならきっと、迷わずお前達と離れ、辛い記憶を消す選択を提案したと思う。だけど再会した俺はそうしなかった。何故だか分かるか?」

「……我等となら、乗り越えられると?」

「ああ。勿論一緒に笑えるだろうって楽観視もしてた。けど、俺が力になって、お前達に頼って、互いに助け合って、皆で未来を歩む。そんな事もできるんじゃないかって、やっと思えたのさ。勿論、俺が無茶してお前達を不安にさせたり、お前達に何かあって、俺が不安になる事もあるだろう。でも、俺はお前達に再会して笑えたし、お前達も笑ってくれたから。きっと大丈夫だと思ってさ」


 そんな俺の夢物語を聞いたルッテが、涙はそのままにふっと呆れ笑いを見せた。


「……お主は、本当に飽きぬな」

「おいおい。それ馬鹿にしてるだろ?」

「いや。褒め言葉じゃよ」


 俺がすっとハンカチを出すと、ティーカップをテーブルに戻したルッテはそれを受け取り涙を拭く。


「……昔話でもするかのう」


 俺の問いかけに微笑んだルッテは、再び窓の外に視線をやった。


「……我等、亜神族は長寿の種族。母上など、いにしえの時よりずっと遺跡に篭り宝神具アーティファクトを護っておったらしく、あの場を離れる事もままならんかった。じゃからこそ我もずっと共にあったが……幼心おさなごころには遺跡の中という場所は退屈しかなかったんじゃ」

「全く外に出なかったのか?」

「禁じられておったからの。じゃが、たまに聞く母上の昔語りや知識に聞く外の世界は、それはそれは魅力的でな。そして我は我慢できなくなり、遺跡の外を護るディネルに頼み、外の世界に旅立ったのじゃ」

「あいつはOKしたのか?」

彼奴あやつは我に甘かったからのう。勿論散々説得されたが、我の覚悟を変えられぬと知ると、止むなく力を貸してくれおった」

「それで旅に出たのか」

「うむ。母上に連れ戻されぬよう、ディネルの背に乗りマルージュの側まで赴き、気ままに一人旅を始めたのじゃが。まあ我も無知じゃったからの。金もなければ街での生活などままならず、森で獣を狩り食い繋ぎながら、何とか旅を続けておった。が、大した知識もなく野宿し生きるのは難しくてのう。やがて身体を壊し、森の中で倒れ、情けないが死を覚悟した。そこで助けてくれたのがロミナじゃったんじゃ」


 懐かしさを噛み締めるように目を細めたルッテの優しい表情。

 こんな顔するのを、今までほとんどなかったな。


「我は彼奴あやつに助けられ、暫く共に彼奴あやつの住む村で暮らしたのじゃが。外の世界であそこまで人の優しさに触れたのは初めてでの。今でもあれは運命じゃったと思っておるし、ロミナに感謝しておるんじゃ」

「まあ、結果その相手が聖勇女様になった訳だし。きっと聖勇女を助ける運命だったのかもな」


 俺がそんな事を言うと、ルッテが笑みを浮かべながら俺を見た。


「我が運命を感じたのはその時が一度目。そして、お主との出逢いが二度目じゃ」

「俺に?」

「うむ。ロミナに感じたのは人の優しさ。じゃが、お主に感じたのは人の希望じゃった」

「希望ねぇ……。それこそ聖勇女になったロミナにこそ感じないか? それ」


 面と向かって言われたけどしっくりこなくって俺が首を傾げると、彼女はふっと笑い掛けてくる。


「ロミナは言わば聖女じゃ。優しき心はお主以上。そして絆の女神を信じ続けたからこそ聖勇女となれた。じゃが、彼奴あやつの心は元々勇者ではなく人じゃった。不安。哀しみ。恐怖。ずっとそれを持ち苦しんでおった。じゃが、そこにお主がいたからこそロミナは変わったのじゃ。誰かを護りたい心。諦めない希望。それらをお主から感じ得て、本当の聖勇女となったのじゃ」

「……そんなの、あいつが強かっただけだって」

「お主がどう思おうと構わん。じゃが、我はだからこそお主等に姿を重ねたのじゃ。母上が語りし、いにしえの勇者と聖女の姿をな」

「……はっ? ディアっていにしえの勇者を知ってるのか!?」

「うむ。我は話に聞いただけじゃし、ただの伝承やもしれぬがな」


 俺の言葉に少し戸惑いの顔を見せるルッテだけど、正直そんなの気にできない位には驚いた。

 そりゃ亜神族は長寿だけど。それこそ両親ともし会ってたりしたら、どんだけ生きてるんだよ……。


「まったく。まあその話は良い。今は、そんなお主との運命を信じるべきか。試すとするかの」


 唖然とする俺に肩をすくめ呆れたルッテは、ローブのポケットから、こつりとテーブルに置いた。

 それは、ダールと呼ばれる小さな正六面体。

 俺たちの世界でいうサイコロだ。


「カズトよ。それを振れ」

「ん? 何でだ?」

「良いから振れ」

「あ、ああ。分かった」


 さっぱり意味の分からない俺は、言われるがままにダールをテーブルに転がす。

 出た目は一。これに何の意味があるんだ?


 と。それを見た彼女は、何時の間にか手にしていたもう一つのダールを、同じくテーブルに転がした。


 勢い良く転がったダールは、まるで吸い寄せられるようにカチッと音を立て、俺の振ったダールに並び、天に一の目を向ける。


「……ふっ。やはり運命には抗えぬか」


 その出目を見て目を細め、納得するルッテだけど……。


「なあ。これにどんな意味があるんだ?」


 未だ要領を得ない俺が思わず首を傾げると、ルッテは悪戯っぽい笑みを向けてきた。


「運命じゃよ。まったく同じ目が並んで出おったんじゃ。少しは察せ」

「いやいや、察せって何をだよ?」

「ふん。これだからお主は鈍感なんじゃ。気づけぬなら気にするでない」


 すっと彼女はダールを手に取るとローブのポケットに戻し、澄まし顔で紅茶を飲み出したけど……ほんと何なんだ一体?


 ただ、何処かさっきまでと違って穏やかな顔をしたあいつを見て、俺は心の中で、少しだけほっとしたんだ。

 またあいつが、ちゃんと笑ってくれたから。

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