第六話:翻弄するフィリーネ

 結局、あの後はずっと部屋でキュリアと料理三昧だったんだけど。

 彼女の中で何かたがが外れたのか。今まで以上にあいつはわがままだったな。


 やれ、上手くできたら「頭、なでて」。

 ホットケーキは約束通り「あーん」を要求され食べさせて。

 晩飯も皆とは食べず、「カズトの料理、食べたい」って言うから作ってやったけど。そこでも並んで食事してたら、今度は「あーん、する」って俺に食わせに来て。


 正直翻弄されまくった俺は、恥ずかしすぎで何かと狼狽えまくってたな。


 ……なあフィネット。

 お前の娘、あんなに人懐っこい奴だったか?


 まあ、終始キュリアは笑顔だったけど。本気であの時誰も部屋に入ってこなくって良かったよ。

 あんなの見られたら絶対弄られるだろうしさ。


   § § § § §


 さて、今日は三日目。

 フィリーネの番だ。


 昨日食べ過ぎたから、今朝は早めに起きてランニングして来たんだけど、帰って来た時に廊下で彼女に逢ってさ。


「貴方、私服のひとつも持っているの?」


 って聞かれたから、持ってないって素直に答えたんだけど。そうしたら、


「じゃあいつも通りで良いわ。楽しみにしてるわね」


 なんてさらりと言って、笑顔で去って行った。


 というわけで、俺は今日も快晴の空の下、時計台の下で道着に袴の姿で、予定通り彼女を待っている訳だ。


 しかし、フィリーネと出掛けるっていうと、何処になるんだろうか?


 何となく記憶を追うと、過去に旅に必要な道具とか買いに一緒に出た事はあるし、しっかり荷物持ちをさせられた記憶もある。

 けど、逆にそれ位のイメージしかないんだよな。


 もし何処行くか振られたら、適当に買い物でも良いんだろうか?

 観光がてら外を回ってみてもいいんだけど、そうなると何処に行くか迷うよなぁ。

 あいつは貴族出身。あまり庶民的な店とかだと、怒られたりするのか?


 メンバーの中でもある意味一番こだわりがあるイメージがあって、俺は待ちながら色々と頭を悩ませる。


「あら。早いのね。待った?」


 と、考え事で頭がいっぱいだった俺に、フィリーネが笑顔で声を掛けてきた。


 服装は俺に合わせたかのように魔術師のローブ。何となくそれを見て、俺はほっとする。

 ミコラの時みたいに着飾られて来たら、それこそ迷惑かけそうだしな。


「いや、俺もさっき来た所」

「あら。二十フィン位貴方はずっとここで渋い顔をしてたようだけど」

「は!? お前、そんな前から見てたのか?」

「ええ。あっちの喫茶店からね」


 俺の驚き顔を楽しそうに見ながら、悪戯っぽく笑うフィリーネ。

 ……ったく。


「だったらさっさと声かけてくりゃいいだろ」

「こちらにだって心の準備というものがあるのよ」

「心の準備? そんなのいるのか?」

「そうよ。ま、貴方には分からないでしょうけど」


 軽快に返してくる彼女の言葉は、何となく昔より柔らかい。

 前だったらもっとツンケンして怒られてそうだからな。

 もしかして、俺にそんな風な接し方にならないよう心の準備でもしてたのか? なんて思うけど。そういうのは聞くだけ野暮だよな。


「さて。貴方は何かデートプランはあるの?」

「おいおい。俺はお前達に時間をくれって言われたからそうしてるだけ。デートなんてそんな大それたもんじゃないだろ?」

「貴方。女性と二人きり。冒険のためじゃなく一緒にいるのよ? 少しはそういう気持ちを持たなかったの?」


 ……うーん。

 まあ、正直緊張はあったし、さっきみたいに悩みもしたけど。


「正直そこまでは。大体そんな事考えてたらお前に悪いだろ?」

「何故?」

「だって、彼氏彼女でもないんだしさ」


 俺が素でそう答えると、彼女は肩をすくめ呆れた顔をしたけど……何となく不満げに見えたのは、俺だけか?

 ……うん。多分見間違いだろ。


「まあいいわ。そんな調子じゃ、何処か連れて行ってくれる訳でもないわよね?」

「悪い。変なとこ連れて行く位なら、お前に任せようかなって」

「そうだと思ったわ。じゃ、今日は私に付き合ってもらうわよ」

「ああ、わかった」


 フィリーネの申し出に素直にOKを出したんだけど。

 俺はこの時、それを強く後悔するなんて思っても見なかったんだ。


   § § § § §


 最初に案内されたのは、外観から見て分かるほどの高級ブティック。

 おいおい、こんな格好で入って良いのかよ!? なんて思ってたけど、彼女は気にもせず颯爽と入っていった。

 でもその理由はその後の店員とのやりとりですぐに分かった。


「ご予約いただいたフィリーネ様でございますか?」

「ええ。本日は予定通り貸し切りになっているのかしら?」

「はい。心ゆくまでお楽しみください」


 は!? この店を貸し切り!?

 どう見ても貴族御用達みたいなこの店を!?


 そんな俺の驚きを楽しむかのように、その後にさせられたのは、タキシードの試着。


「これも悪くないけれど、やっぱりこっちかしら?」


 フィリーネが楽しそうに衣装を選んでは、試着室で俺が着替えるというこの展開。


「あの、何で俺こんなの選ばされてるんだ?」


 思わずそう問いかけたけど。


「今日は私に任せたのだから。文句を言わず付き合いなさい」


 と、彼女は謎を秘めた微笑みばかり返してくる。

 まあそう言わたらそれ以上何も言えないし、仕方なく付き合っていると、結果として一着の黒を基調としたタキシードで納得したらしいんだけど。


「じゃ、次に行きましょうか」


 彼女はそれを迷わず買った後、俺を引っ張って何時の間にか呼んでいた馬車に乗り込み、次の場所へと連れて行った。


 次に案内されたのは、商業街の一角にあるダンスホール。

 ここもまた貸し切りにされていたんだけど、


「貴方はこれに着替えて、ここで待っていなさい」


 と、先程買ったタキシードの入った上質な手提げ袋を渡された。


 ……俺、一体何されるんだ?

 あまりの展開に呆然としつつも、言われた通りにここでタキシードに着替えると、部屋にある姿見で自分の姿を見た。


 正直こんなの着たのは人生で初めて。

 あまりに違和感のある服装と堅苦しさ。そして髪だけはぼさっとしたままの俺。

 未だ混乱しているのもあったけど、これは似合ってるんだろうか?

 フィリーネは満足そうにしてたけど……。


 何とも言えずただ頭を掻いていると、コンコンと部屋をノックする音がした。


「カズト。着替え終わった?」

「ああ」


 俺が返事をすると、更衣室のドアが開いたんだけど……そこに立っていたフィリーネに、思わず目を奪われてしまう。


 白い翼を背に、純白のドレスを身に纏ったフィリーネ。

 普段は帽子の下に隠した金髪を片側で束ね、花のコサージュで止めている。

 やや開いた胸元。首に掛かったネックレス。


 ……きっと貴族の社交場にでも行けば、こんな綺麗な女性が沢山いるんだろうし、俺の世界で言うなら、まるで天使のようにも思える。

 そんな気持ちになる程、着飾ったフィリーネはとても綺麗だった。


「あら、私に見惚みとれたのかしら?」

「あ、いや。その、ちょっと……み、見慣れなくって、新鮮だっただけだって」


 心を見透かされたかのような気持ちを誤魔化すように、視線を逸らして頬を掻くと、くすくすとフィリーネが笑いながら、俺に歩み寄ってきた。


「中々似合うけど、折角だし髪の毛も整えましょうか?」

「整えるって、どうやって?」

「ちょっと待ってて」


 彼女は周囲を見渡した後、化粧台の上にあったワックスを手に取り、自身の手に塗ると、俺の前に立ち、前髪をあげるように、掻き上げ整えていく。


「……貴方、髪、少し伸びた?」

「ああ」

「切りはしなかったの?」

「まあ、ちょっと。その内また切るさ」


 そういや、そういうのも避けてたっけな。

 いや。別に刃物が怖いとかじゃないし、伸ばしたのだって後ろ髪が少し長くなった位だけどど。

 なんか、皆の記憶から消えた事に後ろ髪引かれてたのもあったし、シャリア達との再会がうまくいくよう願掛けしてたのもあってさ。


「……うん。これで良いわ。見てご覧なさい」


 何度か俺の髪を弄った彼女が満足そうに頷くのを見て、俺は再び姿見を見る。


「……へぇー」


 髪を上げて整えた自分なんて、風呂上がりですら中々見ないけど、こうすると中々に映えるもんだな。


「……どう?」

「何か別人だな。フィリーネ、お前スタイリストでもしてたのか?」

「これでも幼い頃から貴族の世界を見て来たのよ。こういった服装に合う髪型を選び整える位はお手の物よ」

「ふっ。流石はフィリーネお嬢様、ってとこか」


 手についたワックスを洗面台で流し、タオルで拭き取ったフィリーネに向け笑みを見せると、彼女も満更じゃない自慢げな笑みを返す。

 だったら料理も習っておきゃ良かったのに、なんて思ったりもしたけど、それは流石に内緒にしておこう。


「で、これで何をする気だ?」


 再び俺の前に立ったフィリーネに問いかけると、彼女は俺の脇にすっと回ると、すっと俺の手を取った。


「勿論。これから本番に向け練習するわ」

「れ、練習? っていうか本番って何だよ?」


 突然の手の温もりと、予想外の台詞に俺が狼狽うろたえると。


「決まってるわ。私の夢を叶える為の練習よ」


 何ともフィリーネらしい自信満々の笑みを浮かべてきたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る