第七話:互いの夢
俺はあの後、フィリーネに半日程みっちりしごかれた。
正直慣れない事ばかり。一体何でこんな事をしてるんだって本気で思ったけど、あいつが夢を叶えたいって口にしたから、不平不満を口にしつつも必死についていった。
一応最後の辺りはあいつが褒めてはくれたから、少しは様になったって思いたいけど。
§ § § § §
……とはいえだ。
夜。俺は彼女に案内された華やかな場所を前に気遅れしていた。
だってそこは、ウィバンの貴族達が毎晩集まる社交場だったんだから。
社交場といっても、どちらかといえばこの場は将来の相手を探す殿方淑女であったり、堅苦しいパーティーとは別に息抜きをする大人達の場所ではある。あるんだけど……。
「フィリーネ、お前本気か?」
「ええ」
「実戦経験なしの付け焼き刃。絶対お前が恥かくぞ?」
「あら? 魔王に挑んだ貴方が随分と物怖じするわね。失敗した所で命を失う訳じゃないでしょう?」
俺の手を取ったまま、ドレス姿の彼女は俺と共に社交場入り口のカーペットを敷かれた階段を上がる。
その態度は
「今日は私に任せたのでしょう? 覚悟なさい」
「……何も教えなかった癖に」
そう愚痴ってみるものの、流石にそこまで言われちゃ何も言い返せない。
「ふふっ。それは貴方がこうやって戸惑う様を楽しみたかったからよ。それじゃ行きましょう」
彼女は俺の手を取ったまま、社交場の中に入っていく。
ったく。どうなったって知らないからな。
§ § § § §
社交場に入って一時間ほど。
やや息のあがった俺は、ホールの隅の壁に寄り掛かっていた。
ダンスホールで練習もしたけど、正直社交ダンスなんて、バラエティ番組とか題材になった映画でしか見た事なかったからな。
正直かなり不安だったけど、それでも何とか習った事を思い出しつつ、彼女の足を踏んだり、周囲にぶつからない距離感なんかも考えながら踊りきってみせた。
「ふふっ。流石ね。私が見込んだだけの事はあるわ」
なんて言いながら、フィリーネは楽しげに踊ってたけど、俺は付いていくのに相当必死だった。こいつに恥をかかせる訳にいかなかったしさ。
よくこういう時、『夢のような時間を過ごした』なんて言ったりするけど、俺にとってはそんな余裕さっぱりなかったって。
「お疲れ様」
と、人混みを華麗に避けつつやってきたフィリーネが俺の前にグラスに入った飲み物を差し出してきた。
「ありがとう」
俺はそれを手にして軽く口にする。
流石に彼女も気を遣ってくれたのか。中身はお酒じゃなく、それっぽく見える葡萄のジュースだった。
「でも流石に運動神経が良いわね。見事な動きだったわよ」
「そうか? まあ、お前に恥をかかせずに済んで良かったよ」
「あら。そんな事を考えてたの? 素直に楽しめば良かったのに」
「無理だって。前も言ったろ? 俺はこういうのは性に合わないんだって」
困った顔をした俺を見て、ふっと釣られた彼女も笑う。
「……少し、夜風でも浴びましょうか?」
「ああ」
俺はフィリーネに促され、ホールから出てバルコニーに足を運んだ。
夜のウィバンの綺麗な街並みが見えるこの場所も中々に景色が良いし、丁度空気も心地良い涼しさだ。
手すりに寄り掛かり周囲を見ると、雰囲気が良さそうなカップルが何組か。
……何となく場違い感はあるが、まあ他のカップルとの距離はあるし、一人じゃないからな。あまり気に掛けずにおこう。
「……ふぅ」
フィリーネは俺の脇で同じように手摺りに
「フィリーネって酒も
「ええ。一応キュリア以外は皆
「そっか。一年も一緒にいたのに気づかなかったな」
「貴方は飲まないって聞いていたもの。無理強いはさせなかったわよ」
他愛もない想い出話。
だけど彼女はそれを、以前も見せた幸せそうな微笑みと共に語る。
横目にそんな彼女を見て、俺は何処かほっとしていたんだけど。そんな中、ふっと彼女が少し視線を落とし、表情を変えた。
「ねえ、カズト」
「ん?」
「貴方は……旅を止める気はないの?」
何処か真剣な瞳で俺に顔を向けてくる彼女に、俺はふっと笑うと夜景に視線を向けた。
「……今のところ、ないかな」
「何故? 貴方は私達が旅をする事で苦しみ、恐怖するから止めて欲しいと思っていたわ。だけど貴方だって、これまでの旅で沢山苦しんで、傷ついて。それこそ命だって失ったでしょう?」
疑問を口にしながら、フィリーネの瞳が潤み、表情に歯がゆさを見せる。
……思い出して、苦しんでるのか。
「私達はもう旅に固執なんてしてないわ。貴方が望んだように旅を止め、共に暮らす事もできる。別にパーティーを解散せず、皆でずっと一緒に過ごせば、貴方を忘れる事もないし、互いに傷つく事もない。違うかしら?」
「……そうかも、しれないな」
「だったらそうしましょう。そうすればきっと、皆が旅の最中に貴方を傷つけるなんて不安、持たなくて済むわ」
……確かに。それはある意味理想の未来だって思う。
だけど、俺は首を横に振った。
「何故よ? 私達が嫌なの?」
「違う」
「まさか、今でも冒険者以外に暮らしていく術がないと思っているの?」
「それも違う」
「じゃあ何故!?」
強く問い詰めるフィリーネの顔を見る事なく、ひとつため息を
「……最初は生きる為。そしてアーシェの願いを叶える為に冒険者になった。お前達に逢ってからは、ここでお前達の力になりたいなんて思って旅をしたし。お前達に追放され、ロミナを助けた後だって、俺は寂しさを紛らわせる為に旅をした。正直それは、ただの惰性だったかもしれない。でも今はひとつだけ、叶えたい夢があるんだ」
「夢?」
「ああ。勿論叶うかも、そんな可能性があるかもわからないけど。俺は生き返った時、その夢を叶えようって決めたんだ」
「どんな夢なの?」
「……忘れられないようになりたいって夢」
……我ながら情けない夢だと呆れつつ、俺は話し続けた。
「パーティーを組んだまま旅を止めたって、もしかしたらパーティーを解散しなきゃいけない時が来るかもしれないだろ。例えば冒険者ギルドが『活動していないパーティーは解散する事』なんてルールを決めたら解散しなきゃならなくなるだろうし。もし俺が普段の生活の中で大怪我をして冒険に出られない身体になった時、また聖勇女達の力が必要になってお前らが旅に出なきゃいけなくなれば、俺はついていけないし、そうなればパーティーを追放されないといけない。万が一でもそういう可能性はあるし、だからこそ俺は不安を拭えないんだ」
「でも、その夢叶えようとしたら……」
「ああ。呪いを解かなきゃいけないな」
俺の言葉に、彼女は驚いた顔をする。
「そんな事できるの?」
「どうだろうな。正直当てなんてないし、夢物語かもしれない。それに呪いが解けたら俺はただの武芸者に成り下がって、それこそただの足手まといになるかもしれない。だけど、ディアは以前、解放の
ちらっと彼女の顔を見ると、何処か寂しげな顔をしてる。
……きっとさっきの話こそ、お前の夢だったのかもしれないな。
だけど俺は、できればもう、お前達に忘れられたくないんだ。
そうすりゃ無理にパーティー組んでなくたって良いし。それこそ将来、シャリア達のパーティーみたいに、それぞれがそれぞれの生活をしながら、たまに逢って笑顔にもなれるんだから。
……結局、夢見がちな
「おいおい。そこは夢を見過ぎだって笑っておけよ」
俺が冗談混じりに笑顔を向けると、フィリーネははっとして俺を見る。
「俺は、お前達が俺を傷つけるかもって心配してくれて嬉しかった。それだけでも充分だから。お前はこんな夢なんて気にせず、思うがままの答えを出せ。お前に悔いが残らないようにさ」
「……ええ。そうするわ。折角の機会だし、貴方を貴族の世界に引き込もうと思ったのに。うまくいかないものね」
少し硬い笑み。
それでも気丈に笑った彼女が、ぽつりと尋ねる。
「最後に聞かせて」
「何だ?」
「貴方は……私達に傷つけられるんじゃって、怖くはならない?」
「そりゃなるさ。俺だって散々お前達を傷つけ、悲しませたからな。だけど俺は、もう忘れられていて、逢う事もないと思ったお前達が俺を見つけてくれて、こうやってる話せてるだけで嬉しいんだ。だからこそ、恐れだって乗り越こえなきゃって思ってるし、乗り越えてみせるさ」
俺がそう言うと、彼女は目を細めた。
「……貴方は、本当に強いわね」
「全然。じゃなかったら一人が寂しいなんて思わないさ」
「言われてみれば、確かにそうね」
「色々気を遣ってくれて、ありがとな」
「良いわよ。仲間なんでしょう?」
「……ああ。そうだな」
フィリーネがそっと差し出したグラスに俺もグラスを重ね、心地良い音色を奏でた後、ジュースを少し口にすると、互いに星空を見上げた。
「……夢、叶うかしら?」
「……叶うと良いな」
「……そうね。叶うと良いわね」
俺達はそんな短い会話を交わすと、互いに横目で視線を交わし、微笑み合う。
……またこうやって話す日は来るのか。それは分からないけど。
俺はフィリーネの夢を叶えてやれなかった後悔を心の奥底に仕舞い、笑顔だけを向け続けたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます