第四話:キュリアの憧れ

「……ん?」


 ふっと俺はテーブルに座ったまま目を覚ました。

 朝飯食った後、時間までゆっくりするかと思ってたけど、気づいたら寝てたのか。


 昨日は結局、ミコラと夜まで色々食べ歩き、街をぶらぶら楽しんで一日目を終えた。

 まあ屋台の出店にもちょっとしたゲームみたいのがあって、またミコラが荷物を増やしたのには少し参ったけど。あいつが楽しそうだったし良しだったと思おう。


 今日は二日目。

 キュリアの番なんだけど。今日の待ち合わせ場所は、彼女の希望で俺の部屋になった。


 え? 出掛けるんじゃないのかって?

 まあ、一日行動を共にしてほしいってのはあいつらの願いだったからな。別に一日部屋で話そうが、ごろりと昼寝しようが好きでいいと思ってる。

 とはいえ、俺は勿論今日何するかをキュリアと話してないし、待ち合わせ場所をここにして欲しいと聞いただけ。


 窓からの陽射しは強いけれど、部屋には風術石と氷術石を組み合わせた室温調整機もあるから、結構快適で心地良くって。それでうたた寝してたって訳。


 しかし……。

 俺はちらっと時計を見る。

 実は既に待ち合わせから一ディン。約一時間は過ぎてるんだけど、一向にキュリアは現れない。


 うーん……。

 俺、合流する時間を間違ってたっけか?

 それとも待ち合わせ場所が違うんだろうか?

 いやでも、昨日寝る前にあいつが言ってきたんだよな。


 少し待ち疲れて欠伸が出る。

 これだけ時間あるなら、待ち時間に私服でも買ってくりゃ良かったかな……。


 ミコラは気にしてなかったけど。

 昨日あいつは着飾って来たのに、俺は道着に袴のまんまだっただろ? それでちょっと申し訳ない気分になったんだよ。


 実は今日も同じ感じじゃないだろうかと不安になりつつも、結局俺は冒険や行動基準の服しか持ってなくってさ。

 だから今も道着か以前買った聖術師の服位しか部屋になくって、今日はもう諦めた。


 まあ、キュリアは普段からどんな時でもローブ着てる印象だし、きっと大丈夫だと思うんだけど。

 とはいえ今後の為に、今晩にでも屋敷周辺の店でも回るとするか。


 そんなこんな考えながらぼんやりしている内に、更に一ディンが過ぎた。


 ……うーん。

 やっぱりキュリアを部屋に迎えに行った方がいいのか?

 でもあいつらは仲がいいから、皆で同じ誰かの部屋にいる事が多いんだよな。となると、誰の部屋にいるかも怪しいし。何より誰かと逢う日って決めてるのに、他のメンバーがいるかもしれない部屋に行くってのも、流石にちょっと気が引けるよな……。


 困った俺が頭を悩まさせていると。


「カズト。開けて」


 と、ノックもせずキュリアが扉の向こうから声を掛けてきた。


 お。やっと来たか。

 忘れられてたらどうしようって思ってたからホッとした。でも何でノックもしないんだ?


「カズト! 早く!」


 ん? 声が切羽詰まったような気がする。

 何か嫌な予感がするけど。まあ急ぐか。


「ああ。ちょっと待ってろ」


 そう言って俺は立ち上がって扉を開けたんだけど。そこに立っていたのは普段のローブ姿にエプロンを付けたキュリアが、彼女の上半身ほどある寸胴鍋を手にしている姿だった。


 思った以上に重いのか。顔を真っ赤にして手を震わせてるけど。こりゃ一体……。


「カズト! 重い!」

「あ、ああ。悪い悪い」


 一応鍋掴みをしてる所を見ると熱いのか。

 俺は急いで道着の袖を鍋掴み代わりに、彼女からその鍋を受け取った。


 お!? 結構重いなこれ。

 非力なキュリアがよくこんなの持ってきたってのもあるけど……これ、何入ってるんだ?

 中身の揺れ方的には液体っぽい気がするけど。


「とりあえず、中に入りな」


 俺に鍋を預かってもらい、ほっと一息いているキュリアに声をかけると、部屋の備え付けのキッチンに向かい、その鍋を炎術石のコンロの上に置いた。


「しっかし、これ何だ?」

「スープ」

「スープ? お前が作ったのか?」

「うん」


 振り返った俺の後ろに立っていたキュリアは、少し自慢げに胸を張る。

 だけど俺は、どうしてもその態度を素直に受け止められなかった。


 いや、そりゃそうだろ。

 一ヶ月前、俺は見てるんだからな。キュリアとフィリーネの料理作りを。


「開けてみてもいいか?」

「うん」


 彼女の許可を貰い、俺は鍋を蓋を開けてみた。


「お?」


 最初に俺が口にした言葉はそれだった。

 何故ならそれは、この間より少しは野菜スープの程を成していたから。

 キャベツや玉ねぎっぽい葉野菜に、芋や人参っぽい根菜。それらがちゃんと入っている。


 やっぱり丸ごとだけど。


 まあ、スープの出汁取るって話ならこれでも良いんだけど、具材も食べるとなると、流石にこれじゃ味気ない。

 あと、結構根菜の皮がアクが強かったりするんだよな。葉野菜のほんのりした甘味とぶつかっちゃうから、下処理位しておいた方がいいんだよ。


 ちなみに結構しっかりと……っていうか、かなり湯気が出てる。相当煮込んだっぽいな。


「味見してもいいか?」

「う、うん……」


 何時の間にか隣に立ったキュリアが、早くも俺の顔色を伺っている。さっきのドヤ顔は何処へやら。少し心配そうな顔を見せてるけど……。

 まったく。さっきのは空元気かよ。


 とりあえず壁に掛かったおたまを手にすると、俺は軽く葉野菜や芋をおたまの先で触れてみる。


 ……この柔らかさ。結構煮込んだっていうか、やっぱりちょっと煮込み過ぎか。ちょっと触っただけで崩れ掛けてる。芋は皮ごとだったから、中身は意外に煮込めてるけど崩れなそうか?


 さて、あとは味だけど……。

 俺はおたまにスープを少しだけよそうと、ふぅふぅと少し冷ました後、口に運んだ。


「……どう?」


 不安そうな問いかけに、俺はすぐには答えない。


 ……うーん。

 どう返すべきか。


 そんな事を少しだけ考えるけど。

 ……きっと彼女なりに頑張ろうとした。それが分かったからこそ。


「……かなり、しょっぱい」


 俺は正直に感想を述べた。


「美味しく、なかった?」

「残念ながらな」


 哀しげな表情に変わった彼女に、俺は心を鬼にしてそう告げた。


「キュリア。これ味見したか?」

「ううん」

「じゃ、今してみな」

「うん……」


 少ししょんぼりしながら、俺からおたまを預かった彼女は俺に習うように味見をすると、すぐに表情を歪め。


「うえ……」


 何とも酷い声をあげた。

 まあ、残念ながらそうなるよな。俺がコップに水を入れて手渡すと、彼女は慌てて勢いよく水を飲み干していく。


「どうだ?」

「……不味かった」


 はっきりと落胆するキュリア。

 こんな姿もこの間位から見れるようになったばかりで何処か新鮮だけど。ずっとこんな顔にしとくのも可哀想だな。


「ちなみに、今日は何でスープ作ろうって思ったんだ?」


 俺は理由を聞くべく、こう質問したんだけど。彼女の答えを聞いた時、少しだけ驚いてしまった。


「……カズトに、憧れたから」

「憧れた?」

「うん。昔から、カズトの料理、美味しかった。この間も、私達の失敗、美味しくしたでしょ?」

「美味しかったかはお前達次第だけど。そう思ってくれたのか?」

「うん。美味しかった。だから、憧れたの。私も、カズトみたいに、お料理で、美味しいって、言ってもらいたくて」


 ……まったく。

 そんなん見習わなくてもいいと思うけど。

 でも昔のキュリアだったらここまでしようと思わなかったのかもな。料理を作りたいとか言い出した記憶なんてなかったし。


「なあ、キュリア」

「何?」

「料理、作ってみるか?」

「でも、また、失敗しちゃう……」

「だったら一緒に作ろうぜ」

「え?」


 ふっと顔を上げるキュリアの目尻に浮かぶ涙。

 ってお前、さっきのがショックで泣きそうになってたのかよ。

 少し涙目になっていた彼女の頭を撫でると、俺はにこりと笑う。


「誰だって最初は失敗もする。お前だって、万霊術師を目指す時、めちゃめちゃ苦労しただろ?」

「うん」

「それと同じで、何事も経験なんだよ。だから失敗はあまり気にするな。その分、どうやったら美味しくなるか覚えるんだ。お前がもし料理を上手になりたいってなら、少し教えてやるよ。勿論専門家じゃないから我流だけど。それでもよければ」

「……うん。教えて」


 問いかけた言葉に少しの間を置き、涙を零した彼女がそれを拭うと嬉しそうに笑い、俺もふっと笑い返してやる。


 本当はちょっとだけ苦言を呈したかったけど、少しはやる気は出たみたいだし、今日は大目にみてやるよ。

 頭を撫でていた俺の腕を取って、袖で涙を拭いたのは。


 さて。

 じゃあ今日はシェフ・カズトとして、一緒に料理作りと参りますか。

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